63.少さな賢人
裏切り者の貴族を征伐するために東へと向かうレイドールであったが、その途上で事前に降伏の使者として先行していたサーラ・ライフェットが合流した。
時間はすでに夕刻に差しかかっており、野営のために張った天幕の中へとやってきた女騎士の傍らには十二、三歳ほどの少年の姿があった。
「ただいま戻りました。レイドール殿下、ダレン隊長。ええっと、この子なんですけど……」
「お初にお目にかかります。レイドール王弟殿下。ロナルド・アーベイルが三男。スヴェン・アーベイルと申します」
サーラの紹介を待つことなく、少年が丁寧に頭を下げて名乗った。
「貴方はまさかアーベイル伯爵のご子息? よくぞ生き残って……」
ダレンが目を見張って少年の顔を見る。
レイドールは名前しか聞いたことはなかったが、ロナルド・アーベイル伯爵は帝国に国境を破られた際に真っ先に兵を出して帝国を迎え撃った愛国の貴族である。
もしもアーベイル伯爵の奮戦がなかったら、迎撃の準備が間に合わず、レイドールが援軍に来る暇もなくブレイン要塞を落とされていたかもしれなかった。
「はい、父と二人の兄が僕だけ逃がしてくれたおかげで生き残ることができました。アーベイル伯爵領を逃れた後は、叔母の嫁ぎ先であるウルファート子爵家へと身を寄せておりました」
「そうですか……アーベイル伯爵は全ての王国貴族が手本とするべき誠に見事な御仁であられました。我が父バゼルも伯爵殿の奮戦に敬意を表していましたよ」
「ありがとうございます。護国の大将であられるガルスト将軍に認められたとなれば、父も喜んでいるでしょう」
いかにも利発そうな少年はダレンの称賛に嬉しそうに双眸を緩める。しっかりしているように見えるが、その表情は年相応に幼く見えた。
「それで? アーベイル伯爵の息子が俺達に何の用だ?」
レイドールが二人の会話に割って入る。
父を褒められて喜んでいる少年に水を差すのは申し訳なかったが、どうしてウルファート子爵家に保護されていたスヴェンがここにやってきたのか気になって仕方がなかったのだ。
「ああ、説明が遅くなって申し訳ございません。僕がここに来たのは、アーベイル伯爵家……まあ、僕と数人の家臣しか生き残ってはいないのですが、我らはウルファート子爵家の離反に賛同するつもりはないとの意思を示すために参りました。今よりこの身はレイドール殿下に投降させていただきます」
「ほう?」
レイドールはちらりと隣の千騎長を一瞥した。ダレンも首肯を返す。
「いかに逆賊であるウルファート子爵家に保護されていたとはいえ、アーベイル伯爵家の忠義は誰の疑いもないところです。自分から投降してきたことも加味すれば、アーベイル伯爵家に処分が下ることはまずないでしょう」
「そうか、それならよかった」
レイドールも満足げに頷いた。
全くの無関係とはいえ、命懸けで戦って滅ぼされたアーベイル伯爵家に処分が下るのはさすがに面白くない。
レイドールは少年の肩を軽く叩いてねぎらいの言葉をかけた。
「そういうことらしい。君の身柄はこちらで保護しよう。戦いが終わるまで適当に寛いでくれて構わない」
「温かなお言葉、心より感謝いたします。レイドール殿下……しかし、ウルファート子爵家への征伐、できれば僕も助力させていただきたい」
「ん? どういう意味だ?」
自分の腰ほどの背丈しかない小柄な少年の言葉に、レイドールは首を傾げた。
「僕はウルファート子爵家の町の構造、人間関係、内情を知り尽くしています。子爵家を落とすのにお力添えができるかと」
「へえ、面白いこと言うじゃないか。それで、お前は見返りに何を望んでいるんだよ?」
こんな少年が積極的に戦争に、それも自分と親戚関係のある家との戦いに力を貸そうとしているのだ。何か目的があると考えるのが自然だろう。
「…………」
レイドールの問いにスヴェンはスウッと息を吸って、意を決したように口を開いた。
「僕を新たな当主としてアーベイル伯爵家の復権を認めていただきたく存じます。そして、できるのならレイドール殿下に僕の後見人になっていただきたい」
「はあ、後見人ねえ」
レイドールはスヴェンの言葉を頭の中で反芻させる。
復権については伯爵家の生き残りであるスヴェンの望みとしては妥当だろう。
しかし、自分を後見人として求めるのはいかなる理由だろうか?
「後ろ盾が欲しいのならもっとふさわしい貴族がいると思うけどな。俺は……まあ、自分で言うのもどうかと思うが、かなりの貧乏くじだと思うぜ?」
なにせ国の最高権力者である国王に疎まれて排斥を望まれているのだ。
レイドールを後ろ盾につけるということは、その政争の渦中に身を投じることにもなりかねない。
「殿下がグラナード陛下と対立しているということをおっしゃっているのならば覚悟の上です」
「……事情が分かっていないわけじゃなさそうだな。俺がグラナードとやり合っていることを知って、どうして俺に付くんだよ?」
「殿下は帝国軍を打ち破った英雄。僕にとっては、父と兄の仇を討ってくれた恩人です。それに……失礼ながら、殿下にはまだお味方が少ないように見受けられました」
「そりゃそうだが……」
スヴェンが口にした通り、ザイン王国内においてレイドールの味方は少ない。
現時点においてレイドールの陣営にいるのはメイドのネイミリアと冒険者ギルドの一部、そしてダレンとその配下の兵士くらいのものである。
勢力としてはまだまだ新興であり、とてもではないが国王に対抗できるほどの人材は揃っていない。
レイドールが不利であることを知っていながら、どうしてスヴェンはわざわざその幕下に加わろうというのだろうか?
そんなレイドールの疑問に、少年はまっすぐな視線で答えた。
「勝ち馬に乗るのであれば早いに越したことはありません。貴方を勝たせることができれば、アーベイル伯爵家を復興することはもちろん、国の中枢に強い影響力を持つ大貴族にすることもできるでしょうから」
「ぶっ!」
スヴェンの回答にレイドールは思わず噴き出した。
どうやら目の前の少年は相当のギャンブラーのようである。
家を無くし、肉親を亡くし、そんな状況で自分の命をチップにしてアーベイル伯爵家の飛躍を望んでいるのだから。
「ははっ、仮にも王族である俺のことを馬呼ばわりかよ。見た目によらず活きのいいクソガキだな。お前は」
「聞き分けの良い子供よりも、そちらの方が殿下の好みかと思いましたので。間違っていましたか?」
「いやあ、正解だけどな」
レイドールは肩を震わせながら笑う。
スヴェン・アーベイルという少年はタダの子供ではない。相当に頭の切れる策士だ。
この少年を味方にしておけば、いずれは確実にグラナードに突き立てる牙の一本となるに違いない。
(たまには遠出もするものだな。思わぬ拾い物をした)
「それで、小さな軍師殿はいったいどうやってウルファート子爵家を落とすつもりだ? 腹案があるのなら聞かせてくれよ」
「はい、もちろんです。我が君」
スヴェンは少年らしい無邪気な笑顔とともに、一度は身を寄せていたはずの貴族家を滅亡に追いやるための策略を口にした。




