62.逆臣と少年
「ダメだ、絶対に降伏などするものかっ!」
ザイン王国東方地域。その一角に領地を構える地方貴族、ボバルト・ウルファート子爵は目の前に立っている騎士を怒鳴りつけた。
でっぷりと太った腹を揺らしてわめいているウルファートの前には、鎧を着た若い女性騎士がうんざりとした顔をして立っている。
ザイン王国軍所属、サーラ・ライフェット。
ダレンの副官でもある女騎士は、ツバを撒き散らしながら叫ぶウルファートを冷たい目で睨みつけた。
「お言葉ですが子爵殿。いずれここに貴方を征伐するために軍が送り込まれるでしょう。そうなる前に降伏して領地を明け渡したほうが、国王陛下の心証も良くなると思われますが?」
サーラがダレンやレイドールに先んじてこの町を訪れた目的は、帝国に寝返った逆臣であるウルファート子爵に降伏を勧告するためである。
しかし、最後通牒にも近い勧告にウルファート子爵は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「黙れ黙れ! あんな若造になにができるというのだ! そもそも、あの王が帝国の侵入を許さなければ私も裏切るつもりなどなかったのだ! それなのに私がどうして罰されなければならない!? どうしても降伏して欲しければ、今回の一件をすべて不問にするという王の書状を持ってまいれ!」
「……話になりませんね」
あまりにも勝手な言い分にサーラは顔をしかめた。
たしかに国境要塞であるバルメス要塞を落とされたのは王国軍の失態。国王グラナードのミスと言えなくもない。
だが、そもそもウルファート子爵をはじめとした国境貴族がこの地に領地を与えられているのは、敵国からの侵略を受けた際にそれを迎え撃つためである。
始祖伝来より与えられた役割を放棄して、それどころか戦うべき敵国に寝返った者達が何を偉そうに口舌を述べているというのだろうか。
「……すでに王都より貴方を討ち取るべくガルスト千騎長、そして帝国を破った英雄であらせられるレイドール王弟殿下が向かっています。この町が落とされるのも時間の問題。それでも降伏はされないおつもりでしょうか?」
「レイドール? ふんっ、あんな追放王子に何ができるというのだ!」
サーラの言葉に、ウルファート子爵は嘲るように鼻を鳴らす。
ブレイン要塞での戦いの顛末、レイドールの噂はすでに子爵の耳にも届いていた。
しかし、そのあまりの強さ、神話のごとく戦いぶりが真実であるとは少しも信じていなかった。
「この町は難攻不落ぞっ! ぶ厚い城壁、潤沢な兵糧、いかに聖剣保持者といえども破れるものか!」
(それに……この町は元々王国の一部。民を盾に取れば無茶はできまい!)
ウルファートはふふんと胸を張って女騎士を見下した。
敵国であるアルスライン帝国は容赦なく町を焼き払うかもしれないが、あくまでも王国側であるレイドールであればそこまで激しい攻めはできないはず。
そんな打算からウルファートは強気に打って出ていた。
「……どうしてその剛毅を帝国に攻められたときに出せなかったのやら」
サーラは目の前の男の説得をあきらめて深々と溜息をついた。
交渉は決裂。この己の地位にしか興味のない傲慢な男は決して説得に応じはしないだろう。
おそらく、この男は最後の最後まで己の間違いを認めはしないに違いない。自分の首が斬り落とされる瞬間まで自分は間違っていないと叫び続けることだろう。
「次に会う時は戦場となりましょう。どうぞお覚悟ください」
「領地と財産、それに私の命を保障してくれるのならばまた王国に仕えてもいい! この私が王国貴族に戻ってやる! そのことをきちんと伝えるのだぞ!」
「……失礼いたします」
もはや話すことなどない。
傲然に顔を歪めている子爵を放置して、サーラは屋敷を後にした。
(説得は失敗してしまいました。これでこの町は戦場となってしまいますね……)
サーラは憂い込めてウルファート子爵が治める町を眺める。
王国軍の兵士でもある彼女は敵国と戦う覚悟であればとうにできている。
しかし、どうして味方だった者達と戦わなければならないというのだろうか?
(それに、この町のどこかにグラナード陛下によって放たれた火付けが潜んでいる。彼らはレイドール殿下が町を攻め次第、すぐに火を放つでしょう? この町の人々を救う手段はないのかしら?)
「ダレン様になんと報告すればよいのでしょう……それに殿下の期待に応えることができずに申し訳ない……」
「もしもし、お嬢さん。少しよろしいでしょうか?」
「え?」
愛馬に乗って町を去ろうとしていたサーラであったが、背中にかけられた声に振り返る。
馬にまたがった姿勢のまま警戒を込めて背後を睨みつけ……しかし、後ろには誰もいなかった。
(まさか……幽霊?)
「いえ、もっと下です」
「は……ああ?」
サーラがさらに視線を下げると、そこにちんまりと小柄な少年の姿があった。
少年は簡素ながらも貴族らしく質の良い服を着ている。ひょっとしたら、ウルファート子爵家のゆかりの者だろうか?
「えっと、あなたは……」
サーラは警戒に固くしていた表情を緩めて少年に尋ねた。
すると、少年は胸に手をあてて丁寧な所作で頭を下げてくる。
「申し遅れました。僕の名前はスヴェン・アーベイル。アーベイル伯爵家当主であるロナルド・アーベイルの三男にあたります」
「へ……アーベイル?」
少年の名前を聞いてサーラは目を見開く。
帝国に滅ぼされたアーベイル伯爵家の家名に、女騎士は困惑に目を白黒させて言葉を失った。
「よろしければレイドール王弟殿下にお目通り願いたい。この町の行く未についてお話がありますので」




