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61.謀略の国境

「我が父、バゼル・ガルストは王国の将軍。王家の剣であり盾でもある人間です。ゆえに、父は王家に牙を剥くようなことはできない。レイドール殿下に味方をしてグラナード陛下に背く真似はできない、そうおっしゃっていました」


「……まあ、そうだろうな。あの男はそういう男だ」


 レイドールは頷いた。

 それでこそバゼル・ガルストは護国の大将と呼ばれているのだ。


「しかし、そんな父が私に言いました。『これよりレイドール殿下個人にお仕えせよ』と」


「あのガルスト将軍がそんなことを?」


「はい。殿下には国を救っていただいた恩がある。されど自分は王国の将として国王に背くわけにはいかない。ゆえに息子である私を自分の代わりに使って欲しいとのことです」


「…………」


 いかにも清廉を絵に描いたような言葉にレイドールは押し黙った。

 将軍バゼル・ガルストもまたレイドールを辺境に追いやった人間の一人であるが、ここまで潔いところを見せられると鬱屈した感情を持つことはできなくなってしまう。

 むしろ、同じく戦いの中で生きる人間として敬意すら湧いてしまうぐらいだ。


「それに……父の命を抜きにしても、己の政敵を排除するために自国の町に火をかけようとするグラナード陛下の思惑は受け入れるわけにはまいりません。これより私はレイドール殿下にお仕えして力を尽くす所存です」


「そうか……お前の忠義は受け取った。それじゃあグラナードの思惑を外す方法を考えないとな」


 父と同じく清らかな性根のダレンに感心しながら、レイドールは今後の方針について話を始める。

 グラナードの目的はレイドールの名声を貶めること。そして、その手段として町に火を放ってレイドールの仕業に見せかけようとしている。

 これを回避するためにどのような手段を取ればいいだろうか?


「一番良いのは戦わずして相手に降伏させることですね。戦闘にならなければ戦いに乗じて火を放つことはできませんから」


「ふむ……敵の領主に恩赦を持ち出して説得するというのはどうだ?」


「それは殿下の一存では出来かねることですね。敵国へ裏切った者を無条件で許すなど前代未聞ですので、かえってこちらが騙そうとしていると疑われるだけでしょうな」


「む……」


 完膚ない反論にレイドールは押し黙った。

 中隊を率いて街道を進む彼らの耳に、しばし馬が地面を蹴る音だけが響き続ける。


(ネイミリアを置いてきたのは失敗だったか……あいつがいれば隠れた火付けを見つけ出して捕らえることもできたんだが)


 レイドールのメイドであるネイミリアは他の仕事を任せるために王都に置いてきている。

 魔女である彼女であれば町中に隠れたグラナードの配下を見つけ出すこと、あるいは天候を操作して雨を降らせ火が燃え広がらないようにすることだってできるかもしれない。


(今から王都に戻って連れてくるか? いや、あいつをこちらに連れてくれば今後の計画に支障が出る。魔女の力ばかりに頼ってはいられないか)


「……俺はグラナードとの誓約で捕虜にした人間の生殺与奪を自由にすることができる。それを利用して命を助けることを条件にしたらどうだろうか」


「悪くはありませんが……難しいでしょうな」


 ダレンが眉間にシワを寄せて答える。


「たしかにその方法ならば命を助けることはできるでしょう。しかし、貴族としての地位や領地までも守ることはできません。貴族としての身分を失うことを受け入れることができる人間ならば、初めから領地を捨てて王都に逃げ出しているはずです」


「ダメか……いい考えだと思ったんだが」


「極限まで追い詰められてそれしかないという状況となれば、あるいは恩赦を受け入れるかもしれません。しかし、戦闘となってしまえば火付けを許すことになりますし、わずか一千騎では示威としては戦力が足りません。いっそ、雨乞いでもして我らが敵地にたどり着くタイミングで雨が降ることを祈るほうが確実かもしれませんな」


「……運頼みかよ。泣きたくなるな」


 レイドールは空を仰いで首を振った。

 抜けるような大空には今日にかぎって雲一つ浮かんではいない。

 こちらに都合よく雨が降ってくれることなど、とても期待はできなかった。


「まあ……あるいは裏切り貴族どもがあっさり降伏してくれるかもしれないからな。それを期待するとしようか」


 レイドールは手綱を引いて馬の脚を速めた。

 黒毛の馬が高々と鳴いて、澄んだ空にいななきが響いた。



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