60.再び東へ
兄王グラナードからの勅命を受けて数日後。
レイドールは再び王都を出立してアルスライン帝国との国境がある東へと向かった。
今日は先日のように馬車に乗るのではなく、己の姿を人々に見せつけるように自分で馬を駆って進軍する。
レイドールの後方を続くのは千の騎兵。ザイン王国軍千騎長ダレン・ガルストによって率いられた部隊である。
「またお会いすることができて光栄です。レイドール王弟殿下」
馬に乗ったダレンがレイドールの隣に並び、馬上で頭を下げた。
「思った以上に早い再会だったな、ダレン。わざわざ迎えに来てくれて手間をかけたな」
「もったいない言葉でございます。殿下」
将軍バゼル・ガルストの息子であるダレンは帝国との戦い以後も父とともにブレイン要塞に詰めており、帝国とのにらみ合いを続けていた。
レイドールの出兵を聞いて駆けつけてくれた顔なじみの将兵に、レイドールは労いの言葉をかける。
「それにしても、お前と千騎の騎兵をつけてくれるとはガルスト将軍も思い切ったことをしてくれる。まだ帝国との戦いは終わったわけでもあるまいに」
「和睦がまとまるにせよ、こじれるにせよ、今しばらくの時を要しますので。しばらくは戦いは起こりそうもありません」
「へえ、交渉は平行線ってことか?」
「交渉がうまくいっていないというよりも、帝国側に交渉の準備が整っていないように見受けられます。どうも西方侵攻軍のバーゼン将軍が行方不明になっているようでして、責任者が不在のようですね」
ダレンの説明に思わず吹き出しそうになってしまい、レイドールは慌てて口元を抑えた。
どうやらレイドールがグラコス・バーゼンを捕らえたことで帝国との交渉が停滞しているようである。
(結果的に時を稼げたと思えば良いことなのか? グラナードに対抗する準備を整えることができるからな)
「どうかされましたか、殿下?」
「いや、なんでもない……それよりもバーゼン将軍がいない今だったら、帝国軍を王国から完全に撃退することもできるんじゃないか?」
「それも検討はしましたが……難しいでしょうな。蛇を撃退して竜の逆鱗に触れるのは避けたいので」
仮にザイン王国内に侵入した西方侵攻軍を完全に殲滅してしまえば、帝国から報復の軍勢が送り込まれてくる恐れがある。
セイリア・フォン・アルスラインと聖剣クラウソラスという交渉のカードがあるのならば、無理に戦いを継続するのは望ましくないということだろう。
「現在の帝国軍の指揮はバーゼン将軍の副官がとっています。帝都から交渉役の人間が来るまでしばし待って欲しい、と」
「なるほどな、帝国が身動きを取れなくなっているうちに裏切り者を粛清して、奪われた領地を取り戻しておこうという狙いか。宰相も意地の悪いことを考えやがる」
「…………」
レイドールの悪態にダレンは口を閉ざした。
口に出すのも忌々しいとばかりに黙っていたダレンであったが、やがてポツリと口を開いた。
「……レイドール殿下。私の口からは言いづらいことなのですが、どうやら今回の粛清の出兵は殿下を陥れるための謀略のようです」
「ん……? どういう意味だ?」
レイドールが訝しげに問うと、ダレンは声を潜めて言葉を重ねる。
「今回、レイドール殿下は国王陛下より東方国境周辺に領地を持っている裏切り者の貴族の粛清を命じられています。その背後には王宮の諜報部が動いており、殿下の名声を下げるために暗躍しているようです」
「…………」
「ザイン王国東方には『東部八家』という8つの貴族がおりますが、そのうちアーベイル伯爵家とイルカス子爵家は帝国に屈することなく最後まで戦って滅亡しています」
「……残る6つの貴族家が粛清の対象ということだな?」
「はっ……そして、それらの家はいずれも我が身可愛さに戦わずして帝国に首を垂れた者達。投降を命じても決して頷きはしないでしょう。間違いなく激しい戦いになるはずです」
もちろん、それはレイドールとて承知の上だ。
しかし、それがレイドールの名声を下げることとどう繋がるのだろうか?
「わからないな。戦場に出ればかえって名声は高まるんじゃないか?」
「もしも戦う相手が敵国の兵士であるならばその通り。しかし、今回の敵はあくまでも自国の裏切り者。戦う兵士も自国の人間なのですよ」
「ふむ……」
ようやく話が見えてきた。
つまり自国民と戦わせることで、レイドールの存在を脅威として他の民にも認知させようというのか。
「それだけではありません。どうやらグラナード陛下は、我々が敵の町を攻めるタイミングで密偵に火をかけさせるつもりです。それを殿下がやったように情報操作を行い、殿下が民を虐殺したように仕立て上げようとしているようで……」
「馬鹿か! 裏切ったとはいえ自国の町だぞ!?」
レイドールは思わず声を荒げた。
いくら領主が裏切ったとはいえ、領民までもがザイン王国に離反したわけではない。
それを自分の弟を貶めるためだけに焼き払うなど狂気の沙汰である。
「……陛下はそれだけ殿下のことを恐れ、手段を選ばぬほどに排斥を望んでいるということでございます。たとえ自国民を損なうことになろうと、殿下の名声を落とす材料となるのならば安いものだと」
「っ…………!」
レイドールは奥歯を噛みしめて黙り込んだ。
兄王グラナードのことは嫌っていた。このままレイドールが飛躍するのを指を咥えてみているとは思っていなかった。
しかし、まさか無辜の民を巻き込むようなことをしでかすとは考えてもいなかった。
(そこまで堕ちたのか、兄貴……!)
「……それで? ダレン、お前はどうしてそれを俺に教えたんだよ」
内心で荒れ狂う激情を必死に抑えながら、レイドールは静かな口調で目の前の将に問いかけた。
ダレンはグラナードの配下。敵側の人間だ。
それがどうして、兄王のたくらみを漏らすような真似をするのだろうか?
「それは……」
ダレンはしばし迷うように視線をさまよわせていたが、やがて意を決したように口を開いた。
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