6.ギルドマスター
「やれやれ……帰りが遅いから肝を冷やしたぜ!」
「悪かったな。遅くなって」
カタストロ・オルグを撃退したレイドールは冒険者ギルドでザフィスと向かい合わせに座っていた。テーブルには二人分の紅茶と茶菓子が置かれている。
この場にいるのはレイドールとザフィスの二人だけである。他の冒険者はカタストロ・オルグの亡骸の回収と、町の外壁にある柵と罠の補修に取り組んでいた。
カタストロ・オルグは災害級の魔物であり、今回のように群れで出没すれば町の一つや二つ、軽々と滅亡させられることもある。
それゆえにその素材は非常に希少であり、全身のすべての部位が高値で取引されている。
皮は防具の材料として、骨は溶かして鉄に混ぜるとより硬く鋭い合金へと仕上がる。内臓は薬の材料となるし、肉は人間の食用にはならないものの家畜の飼料に混ぜることで牛や羊がより大きく逞しく育つといわれている。
数十匹のカタストロ・オルグの骸はもはや宝の山といってもよく、冒険者は報酬を目当てに嬉々として後処理に励んでいた。
「仕方がないじゃねえか。アイドラスの奴がずいぶんと粘りやがってきてな。これだから臓腑までメッキで塗った金喰い貴族は嫌いなんだ」
レイドールは忌々しそうに吐き捨てて、憮然とした様子で紅茶を口に流し込む。
カタストロ・オルグの襲撃があった当初、レイドールが開拓都市を留守にしていたのは隣の町の領主であるアイドラス伯爵を訪ねていたからである。
お互いの領地の境界線上で見つかった銀鉱脈の所有権をめぐる話し合いのためにアイドラスの町に滞在していたのだが、強欲な貴族が執拗に自分の権利を主張し続けた結果、予定よりも帰りが遅くなってしまったのだ。
カタストロ・オルグの襲撃を聞いて慌てて町に戻ったせいで話し合いもおざなりとなってしまい、鉱脈の利権についてずいぶんと譲歩することになってしまった。
「そいつは大変だったな。しかし、まあ。戻ってきてくれて助かったぜ」
一息に紅茶を飲み干したレイドールに、ねぎらいを込めてザフィスがティーポットを手に取った。お代わりの一杯を注ぎながら、「それにしても」と話題を切り替える。
「さっきの戦いぶりは見事だったぜ。帝国のギルド本部にだってあれほど戦える奴はいねえ。魔剣士としてはもう敵無しだろうよ」
「へえ、剣士としてはまだまだ……そう言ってるように聞こえるぜ?」
「ふんっ、剣術で勝負をしたら俺にはまだ敵わねえけどな。伊達で辺境のギルドマスターはしちゃあいない。舐めるなよ、若造め!」
カラカラと笑うザフィスに、レイドールは苦笑しながら肩をすくめた。
剣の師であり、開拓都市における後見人でもあるザフィスに対して、レイドールはいまだに頭が上がらない。
立場からすれば王族で領主でもあるレイドールのほうが上であるが、兄と国から捨てられた自分を拾ってくれた親代わりの相手なのだから当然だろう。
「しかし、鉱脈は惜しかったなあ。アレはどちらかというとこちら寄りにあったんだろう?」
「そうらしいな。アイドラスは頑なに認めなかったけどな」
アイドラス伯爵領との境界で見つかった銀鉱であったが、結局8:2で権利を譲ることになってしまった。その損害は決して小さいものではないだろう。
「是非もないさ。それくらい譲らなければ、おとなしく帰してはくれなかったからな」
カタストロ・オルグの襲撃に誰よりも喜んだのはアイドラス伯爵に違いない。
いかにレイドールが王族であるとはいえ、領地の規模を考えるとザイン王国南方における影響力はアイドラスに軍配が上がる。緊急時といえど、やすやす話し合いを切り上げて席を立つことなど許されない。
話し合いを打ち切るために利権を譲歩することは、やむを得ないことであった。
「すまねえな。俺達だけで守り切ることができればよかったんだが……」
「構わないさ。ここは俺の領地。俺の故郷だ。なにを置いたって守りに駆けつけるのは当然じゃねえか」
申し訳なさそうに眉尻を下げるザフィスに、レイドールはティーカップを掲げながら応えた。紅茶を一口含んで、少年のように悪戯っぽく笑う。
「それに……すぐにアイドラスは泣きついてくると思うぜ?」
「ふん? どういう意味だ?」
「あの場所も辺境の一部。安全な場所じゃあないってことさ」
「ああ……そういうことか」
レイドールの返答を聞いて、ザフィスは同情するような表情になる。彼の頭に、予想外の痛撃を受けて崩れ落ちる強欲な伯爵の姿が浮かんだ。
新しく発見された銀の鉱脈。その地域もまた、多くの魔物が出現する危険地帯である。
定期的に開拓都市の冒険者が魔物の間引きを行っているため今のところ大きな問題とはなっていないが、そこを切り拓いて採掘を行うのはアイドラスが予想している以上に至難を極めるはずだ。
「しばらく、あの辺りから冒険者を引き上げよう。それで問題ないな」
「そうしてくれ。さてさて……いつまでもつことやら」
レイドールはくつくつと肩を揺らして笑った。
二人の予想通り、すぐに銀鉱の開発を始めたアイドラス伯爵は度重なる魔物の襲撃によって多くの鉱山夫と護衛の兵士を失って莫大な損害を受けることになった。
アイドラスが銀鉱の権利を大幅に譲渡することを条件に魔物の討伐を依頼してきたのは、それから一月後のことであった。
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