59.貸し借りと売国
「なるほどな、誓約の呪いを逆手に取ってきたわけだ」
ザイン王国王都にあるレイドールの屋敷。
王宮から届けられた書状に目を通して、レイドールは感心したように頷いた。
国璽が押された書状は国王からの正式な命令状であり、アルスライン帝国に寝返った王国貴族を征伐するように記されている。
彼らはすでに帝国側になっているため、帝国と戦うように誓約しているレイドールは、その命令を拒むことはできない。
さらに言うと裏切り者である彼らは帝国からの信頼も薄く、たとえ王国側が彼らを粛清したとしても帝国は強く口出しをしてこないだろう。
「どうされますか、ご主人様。呪いを解けばその命令も拒めますけど?」
首を傾げて訊いてきたのはメイドのネイミリアである。
ティーポットを手にした彼女はカップに紅茶を淹れながら、小首を傾げて主の顔色をうかがう。
どうやら自分が編んだ呪いがレイドールを不利にしていることを気に病んでいるようだった。
「まさか、俺にかけられた呪いを解除したらグラナードのも連動して解除されちまうからな。現時点で呪いを解除するのはデメリットの方が大きいだろ」
レイドールは目の前に置かれたティーカップを手に取りながら答えた。
国王にかけた呪いと自分にかけた呪いは二つで一つ。どちらかを解除されればもう一つも自然と消滅してしまうものである。
そして、誓約を破ればレイドールにもまた大きな災いが降りかかることになる。
己の命をベットしているがゆえに、宮廷魔術師でも容易に解除できないほどの強力な呪いと成りえているのだから。
「ふうん、じゃあ冒険者としてのお仕事はしばらくお休み? やっと楽しくなってきたのに」
会話に割って入ってきたのはこの部屋にいる最後の人物。セイリア・フォン・アルスラインである。
簡素な部屋着を着た彼女は、テーブルに置かれたクッキーを噛み砕きながら会話に割って入ってきた。
「いや、ここで活動を止めてしまうとせっかく作った流れが滞ることになるからな。できれば冒険者として動き続けたい」
すでにレイドールが冒険者として人々を救っていることは民衆の語り草になっている。
王族でありながら人々の目線に立って戦っている王弟は人々の称賛の的となっており、レイドールの狙い通りに国王をしのぐ人気となりつつあるのだ。
できれば、この流れを止めたくはなかった。
「だったらどうするの? お兄さんの身体は一つしかないじゃない?」
「俺の身体は一つだ。だけど聖剣保持者は2人いて、聖剣は2本ある。俺はグラナードの命令に従って行動する。セイリア、君はこのまま冒険者としての活動を続けて欲しい」
「えー、私一人で働くのー?」
不満そうな顔をしていたセイリアだったが、また一口クッキーをほおばると途端に幸せそうに表情を緩めた。
行列ができる人気の菓子店の一品は、どうやら帝国皇女の口にも合ったようである。
「どうせ他にすることなんてないんだろ? 頼むよ」
「むう、私はお兄さんのために働いてあげる義理なんてないんだからね? そのあたり、わかってるのかな?」
「わかってる、わかってる」
ぞんざいに手を振るレイドールにセイリアは唇を尖らせた。
不服ですよー、とばかりの少女の顔つきにレイドールは苦笑をして補足をする。
「なあ、皇女殿下殿。俺と君はそれなりに親しくなったよな?」
「え? なにかな急に?」
目を白黒させるセイリアに、レイドールはにいっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺がもしも兄を押しのけて国王になった場合、帝国皇女である君と親しい人間がザイン王国の頂点に立つわけだ。そうなれば帝国と王国との関係だって新しい展開を見せるんじゃあないか?」
ザイン王国はとアルスライン帝国は長年の敵国として戦ってきたが、もしも親・帝国の国王が誕生したとなれば戦争とは別の手段で戦いを終わらせることができるかもしれない。
交渉次第では、戦わずに勝利して属国として従える可能性だってあるのだ。
「勝っても負けても戦争となれば血が流れる。君だってそれを見たはずだ。戦わずに勝利できるのならばそれに越したことはないと思わないか?」
「……お兄さんはこの国を帝国に売るつもりなの? それって売国奴っていうんじゃないのかな?」
「条件次第ではそれもありだってことだよ。俺は名より実を取るタイプだからな。属国となることで戦争を回避できるのならそれでもいいって話だよ」
レイドールは辺境に追放されていた時間が長いせいか、自身が王族であることへのプライドなどは有していない。
ザイン王国の独立を維持することよりも、冒険者らしく利害を優先させることのほうが重要ではないかと考えていたのだ。
「そもそも、俺は魔物という人類の脅威を放置して人間同士で戦っていることのほうがおかしいと思ってるんだよ。まあ、これも冒険者としての生活が長いからかもしれないけどな」
今も辺境の開拓都市では、魔の森から押し寄せてくる魔物と冒険者達が戦っているかもしれない。
そんな状況を放置して東の国境では王国軍と帝国軍が睨み合いをしている。
正気の沙汰ではないとレイドールは思った。
「俺に恩を売る機会をやる。俺の代わりに冒険者として活動をして、この国の人々を救ってくれ。俺の名声を高めてくれよ」
「……わかった。ただしこれは貸しだから忘れないでよね!」
「私はどこまでもご主人様についていきますよー? ゆりかごから墓場まで。赤ちゃんプレイから死姦までです!」
「……何を言ってるんだ、お前は」
仕方がなさそうに頷くセイリアと、ナチュラルに逆セクハラを繰り出してくるネイミリア。
二人の美少女に溜息をつきながら、レイドールは次の行動を決めたのだった。




