57.名声と救済
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
湖に潜んで水を吸い上げていた怪物を討伐したレイドールとセイリアは、近くの村へ依頼達成の報告をした。
最初こそ依頼を出して3ヵ月もたってようやく現れた冒険者に不審な目を向けてきた村人だったが、水を取り戻したアラール湖を見るや涙すら流して頭を下げてきた。
村の大人達は笑顔で甕に水をくみ、子供達は服を脱ぎ捨てて湖に飛び込んでバシャバシャと水をかけ合っている。
「本当にありがとうございます! これで畑も井戸も元通りになるでしょう! 何時間もかけて遠くの川に水を汲みに行かなくても生活できるようになります!」
「いや、構わない。俺は大したことはしていないからな」
「そうだよねー、お兄さんは何もしなかったよねー?」
「セイリア、うるさいぞ」
隣に並ぶ皇女の頭を小突いて、レイドールは何度も頭を下げている村長の肩に手を置いた。
「それよりも依頼達成が遅くなってしまって申し訳なかったな。これはギルドにとっても恥じるべきことだ。一人の冒険者として心より謝罪する」
「い、いえいえ! 冒険者の方に満足していただける報酬を支払うことができない私どもにも責任があるのです! どうぞ気にされないでください!」
「そうか? それならいいんだが……」
レイドールは村長の顔から足元までさっと視線を走らせる。
やせ細って骨が浮いている体つきは村長だけではない。他の村人も、水遊びをしている子供も同様だった。
(よほど貧しい生活をしてきたようだな。厳しい環境なのは開拓都市ばかりではないということか)
「なあ、村長殿。報酬のことなんだが……」
「あ、はい。ギルドに委託してある報酬はもちろん差し上げます。できればもっとお礼がしたいのですが、なにぶん余裕がなくて……」
「ああ、それは良いんだ。それよりも一つ頼みがあるから受けてはもらえないだろうか」
「はあ、私どもにできることならば」
首を傾げて不思議そうな顔つきになる村長にレイドールは人差し指を立てた。
「今回のことを近隣の村々に広めてもらいたい。湖を干上がらせていた強力な魔物を王弟レイドール・ザインが討伐したってな」
「は……? お、王弟……?」
村長はしげしげとレイドールの顔を見つめ……やがてバッと平伏した。
「も、申し訳ございません! なんという無礼を……!」
「いやいや、それはいいんだって。それよりも頼めるか?」
「ははあっ! もちろんでございます!」
「そうか、それじゃあ頼んだ。ああ、もう一つだけ提案だ」
相手が王族だと知って恐縮しきった村長に苦笑しつつ、レイドールは立てた人差し指をついっと下げて湖の上にプカプカと浮かんでいる物体を指さした。
「アレの後始末も任せる。好きなようにしてくれて構わない」
湖の上に浮かんでいるのは蓄えた水分を放出しきり、しぼんで小さくなってしまったダイオウパルマである。
浮島のように水面で揺れる植物モンスターの骸に、村長はぶんぶんと首肯する。
「はっ、もちろんでございます! 村の仇でもある怪物の死骸はこちらで引き上げて焼却処分しておきます!」
「いやいや、それはもったいないぜ? アレは災害級の魔物だからな。見る目を持った人間のところに持って行けばそれなりの値で引き取ってくれるはずだ。魔法薬の材料としては一級品だし、薬師ギルドなら目玉が飛び出るような金を積んでくれるはずだぞ?」
「え……?」
レイドールの説明を受けて村長は目を見開き、顔色をうかがうように上目遣いになった。
「そ、それはまさか……あれを私どもにくださるということですか?」
「ああ、この村も随分と被害を受けたようだから復興費用にあてるといい。これから数年分の貯えにはなるはずだ」
「ああ……!」
村長は地面に膝をつけたまま祈るように両手を組んだ。
感動に打ちひしがれた両目からは滂沱の涙が流れている。
「あなたは噂にたがわぬ英雄であられた! まるで聖人! まさに聖剣に選ばれた勇者に相違ない! 我ら村人一同、このご恩は一生忘れません!」
「そうか、喜んでもらえたのならばなによりだ。ああ、言っておくが被害を受けたのはこの村だけじゃないんだ。近くの村にも分け前をやってくれよ?」
「ははあっ!」
地面に額をつける村長に満足げに頷き、レイドールは一仕事終えたとこの場を去ろうとする。
そんなレイドールの脇腹をセイリアが指先でつつく。
「随分と優しいんだね、お兄さん。そんなキャラだったのかな?」
「別に慈善活動でやってるわけじゃないさ」
見直したような表情をしているセイリアに、レイドールは「ふっ」と鼻を鳴らす。
「これは単なる売名行為だ。俺の名声を広めて、いずれやってくるであろう政権交代を受け入れやすくするためのただの謀略だ」
「ふうん」
セイリアはわかっているのかいないのか、微妙な顔つきで頷いた。
「だけど……困っている人を助けるのは悪い気がしないよね。私もみんなが喜んでくれてちょっとだけ嬉しかった」
「ふん、それは俺だって否定しないけどな」
セイリアを連れ立って歩きながら、レイドールは冒険者ギルドから受け取った依頼状の束を取り出す。
まずは一つ、武勇伝を打ち立てた。
これを繰り返していけば聖剣に選ばれた英雄レイドール・ザインの名声はますます高まり、兄王グラナードにもとどめることができないものに膨れ上がるだろう。
(ただ首を落とすだけなら簡単だ。今日にだってやってのけることができる。だけど、そんな楽に殺してはやらないぜ?)
かつて、レイドールは全ての味方を奪われて己の居場所を追放された。
ならば兄王・グラナードにだって同じ目に遭ってもらわなければ不公平だ。
「居場所を奪われることの孤独と絶望を教えてやる。お前の味方を一つ残らず削ぎ落としたうえで玉座から蹴り落としてやるよ、兄貴」
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