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56.湖に巣くう魔物

 ザイン王国王都より西に行くこと半日。

 街道から外れて北の森林を進んだ場所にアラール湖という湖があった。


 近隣の村から貴重な水源として扱われている湖であったが、3ヵ月ほど前に突如として水が干上がってしまった。

 原因は不明。雨は例年と同じように降っているため日照りが原因というわけではない。

 すでに農作物への影響も出始めていた。

 湖の側の村から王都ギルドに原因究明の依頼が出ていたのだが、貧しい農村の村人には十分な報酬を出すことができず、依頼を受ける冒険者もいないままずっと放置されていた。

 畑は荒れ果て、井戸は枯れ、いくつもの村々が今まさに滅びかけていた。


「帝国式聖剣術【雷電】!」


『ゴオオオオオオオオオオッ!』


 枯れた湖の底。稲光とともにセイリアが聖剣を振り下ろした。

 雷と斬撃を一度に食らって、底に巣くっていた怪物が地中から響くような低い悲鳴を上げる。

 アラール湖の底、枯れた地面の下に潜んで湖の水を際限なく吸い上げていたのは巨大な植物の根のような魔物だった。

 かつて辺境の開拓都市にも出現したそれはレイドールの記憶にも残っていた。


「ダイオウパルマ……魔の森でもめったに見ない魔植物がなんでこんな所にいるんだか」


 呆れた溜息をつきながら、レイドールは少し離れた場所からセイリアと植物モンスターの戦いを見守っていた。

 ダイオウパルマは植物系の魔物の中でも最大を誇るものである。サイズはもちろん、その被害の規模もまた。

 一匹で半径数十キロ圏内の地下水を残らず吸い込んでしまう災害級の怪物だった。

 2年ほど前に開拓都市に出現したものを討伐したことがあったが、マナの薄いこの地域ではまずお目にかかれないはずの魔物である。


 地面から姿を現したダイオウパルマは体長10メートル以上はあり、見上げるほどの巨体だった。

 しかし、そんな巨大な怪物を相手にセイリアは一歩も引くことなく剣を振っていた。


「ヤアアアアアアアアッ!」


『ゴアアアアアアアアアアアッ!』


 セイリアが剣を翻すたびに湖の底に雷光が散る。

 ダイオウパルマも鞭のように根を振って抵抗するものの、素早く動き回る皇女を捕らえることはできず一方的に切り刻まれていった。

 やがて、十数分後にはダイオウパルマはピクピクと痙攣するだけの死に体となっていた。


「さすがは帝国の聖剣保持者。さすがは雷の申し子。災害級の魔物をものともしないか」


「お兄さん、それは嫌みのつもりかな? 『だけど俺には負けたけどな』とか言いたいんでしょ?」


「素直な賞賛だ。勘ぐるなよ」


 ダイオウパルマをほとんど単独で倒したセイリアがレイドールを振り返り、不満そうに頬を膨らませる。

 そんな皇女に肩をすくめて返し、レイドールは地面に横たわる魔物の巨体を見上げた。


「いや、本当にお世辞抜きでスゲエと思ってるぜ。俺もこいつと戦ったことはあるけど、もっと苦戦したからな。雷の聖剣クラウソラス、威力と貫通力だけならダーインスレイヴをはるかに凌駕しているな」


 腰に差した聖剣が小刻みに振動して抗議してくるのを無視して、レイドールはしみじみと頷いた。


「そうね……今ならお兄さんだって倒せるかもよ? リターンマッチ、やってみようかな?」


「やめとけよ、また聖剣の加護を失いたいのか?」


「むう……やっぱりずるい」


 現在は一時的に封印を解かれているセイリアだったが、もしもここでレイドールに剣を向けるようなことをすれば再び力を封印されてしまうだろう。

 不満そうに頬を膨らませながら、カチリとクラウソラスを鞘に収める。


「さて……これで解決。湖の水もじきに戻るだろう」


「雨期でもないのに簡単に水が戻るかな? それまできっとみんな困るよね……」


「いや、問題ない。この魔物は……」


 レイドールが最後まで言い切るよりも先に、ダイオウパルマの身体がピシリと裂けた。

 巨大な植物の根の切れ目から滂沱の水があふれてくる。


「わっ! 水がっ……!」


「そらきた! 逃げるぞ!」


「え? ええっ!? お兄さんッ!?」


 慌てて叫ぶセイリアを無視して、レイドールは自分だけ湖の底から脱出した。

 セイリアがその背中に続くよりもわずかに早く、ダイオウパルマの身体から巨大な水柱がほとばしる。


「きゃああああああああああっ!?」


「あれを殺るとこうなるんだよ。さっさと湖から上がれ!」


「ちょ、早く言ってよおおおおおおおっ!」


 洪水のようにあふれてくる水に飲み込まれそうになりながらも、セイリアは辛うじて湖の外へと這い上がろうとする。

 先に脱出していたレイドールがセイリアの腕をつかみ、力任せに引き上げた。


「ダイオウパルマを倒すと、奴が吸い込んで体内に蓄積していた水分を一気に吐き出すんだ。俺も一度、流されてえらい目に遭わされた」


「うー……だからそれは倒す前に言っておいてよう……恨むからね、お兄さん」


 セイリアが地面にへたり込み、全身をビショビショにさせながら恨めしそうにレイドールを見上げる。

 可愛らしい皇女が着ている服はずぶ濡れになっており、細すぎる身体のラインが浮き彫りになっていた。


「……君はもう少し、肉を食べたほうがいいみたいだな。それから牛とヤギの乳も」


「……お兄さん、急に何を言い出すのかな? 返答次第ではぶっ殺すからね」



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