55.皇女とギルドと塩漬け依頼
クルスとの面会を終えたレイドールがギルドの受付に戻ると、待たせていた連れが目をつり上げて抗議をしてきた。
「お兄さん、遅い」
「早めに済ませてきたつもりなんだけどな。お姫さんはせっかちなことだ」
受付があるホールで待たせていたのは帝国皇女であるセイリア・フォン・アルスラインである。
簡素な赤いドレスの上に灰色の外套をまとったセイリアは、腰に聖剣をぶら下げたまま両腕を胸の前で組んでいる。
そんな彼女の足元には冒険者らしき格好の男が3人ほど昏倒して白目を剥いていた。
「こいつらは?」
「なんか絡んできたから倒しちゃった。こういうのも冒険者のお約束なんだよね?」
「ああ……そういうことか」
可愛らしく小首を傾げるセイリアに、レイドールはなんとなく事情を察した。
セイリアは天真爛漫で口よりも先に手が出るような性格であったが、見た目だけなら金髪の令嬢そのものである。
そんな彼女が腕っぷし自慢のギルドの中にいれば、タチの悪い連中に声をかけられるのは自明の理だった。
「それよりも、用事は済んだの? わざわざこんなところに連れてきて」
「ああ、首尾よくな」
「ふうん」
レイドールは手に持った数枚の紙をパタパタと振った。
セイリアはネコジャラシを振られた猫のように興味深そうにその手を見やり、「えいっ!」とレイドールの手から紙を奪い取った。
「ええっと……これってギルドの依頼書? こんなものを取りに来たの?」
「ただの依頼書じゃあない。ギルドに依頼が来たにも拘らず、誰も達成することができずに何ヵ月も放置されていた塩漬け依頼だ」
「しおづけ?」
胸を張るレイドールに、セイリアが目を白黒させる。
「そんなものをどうして? 何に使うのよ」
「なあ、セイリア。もしもお前がギルドに依頼を出して、いつまでも依頼が達成されなかったらどうする?」
「それは……依頼を取り下げるとか?」
セイリアの答えにレイドールが頷いた。
「そうだな、しかしこれらの依頼は取り下げることなく、何ヵ月も放置されている。それはなぜだ?」
「ええと、うーん……」
セイリアはうんうんと唸りながら頭をひねる。
「えーと……面倒だから取り下げてないとか?」
「ああ、それもあるかもしれないな……だけど一番の理由は依頼人が現在進行形で困り続けているからだよ」
ギルドの依頼を取り下げたからといって、彼らがギルドに依頼することになった原因が消えてなくなるわけではない。
ゆえに、彼らはいつか誰かが依頼を受けてくれるかもしれないと一縷の望みをかけて依頼を出し続けているのだ。
「つまり、お兄さんは人助けのためにこの依頼を受けるってこと? ええと、お兄さんって王様の弟なんだよね?」
「一応、な……とはいえ、アレの弟をしていた時期よりも冒険者をやっていた時期のほうが長いからな」
「…………?」
レイドールの言葉に意味がわからないとセイリアが頭に疑問符を浮かべる。
彼女はレイドールが追放されていたことも、兄のグラナードと険悪な関係にあることも知らないのだ。
「キラーファルコンの討伐、レッドアイスネークの捕獲、ロックマンドラゴラの納品、枯れた湖の原因調査……どれも難しい依頼ではあるけど、聖剣保持者が二人もいればすぐに片付くだろうよ」
「え、私もやるの!? なんでっ!?」
「どうせ帝国との和睦が成立するまではこの国から離れられないんだ。それまで暇だろうから手伝えよ。敵国の人間を助けたくないって言うのなら別にいいけどな」
「むう……そんな言い方ずるい!っ わかったわよ、やればいいんでしょ。やれば!」
セイリアは頬を膨らませて、プリプリと怒りながらもレイドールの提案を呑んでくれた。
レイドールはぷいっと顔を背けた皇女の頭をワシャワシャとかき回した。
「ちょ、触らないでよっ!」
「さーて、それじゃあ依頼達成がてら王国観光といこうか。まずは約束通り、一緒に湖を見に行こうか!」
「うー……何でこんなことに……」
レイドールは納得がいかないと不満そうな顔をしているセイリアの腕を引っ張り、冒険者ギルドから出て行った。
ザイン王族とアルスライン皇族、おまけに聖剣保持者の二人の背中を、ギルドにいた冒険者達は目を白黒とさせて見送った。




