5.開拓都市の若き領主
今を遡ること五年前。
ザイン王国第二王子であったレイドール・ザインは王都より追放され、王国南方の開拓都市へと送り込まれた。
名目上は「領主」という地位を与えられたレイドールであったが、彼に向けられる開拓都市の人々からの視線はあまり好ましいものではなかった。
十三歳の王子に向けられた視線の半分は、過酷な辺境に住むことになった幼い王子への同情の目。もう半分は、明らかに敵愾心を孕んだ侮蔑の視線である。
そもそも、当時名もなき開拓都市であったその町は、ザイン王国の援助によって建てられたものではない。
魔物との戦いを生業とする冒険者ギルドが、有志を募って自発的に建設した町だった。
そんな開拓都市に今さら王国から領主が送り込まれてくるなど、苦労して磨き上げた宝石を横から掻っ攫われるようなものである。とてもではないが受け入れられるものではなかった。
もしも領主となったのが十三歳の少年でなかったのならば、暗殺などの暴力的な手段をもって領主の排除を目論んだかもしれない。
開拓都市を築き上げた冒険者達は領主となったレイドールへの悪意を隠すことはなく、幼い王子は針の筵のような生活を送ることになってしまったのである。
兄王子であるグラナードから疎まれて、信頼していた臣下や婚約者からは見捨てられて、おまけに追放されて流れ着いた辺境では同情と悪意の視線にさらされ続ける。
そんな地獄に引きずり込まれるような転落を経たレイドールは地べたを這い、泥水をすするような屈辱を味わった。涙が枯れるまで泣き続け、爪がはがれるまで地面を掻きむしった。
しかし――幼い王子はそこでは終わらなかった。人生のどん底を経験しながらも、レイドールは苦しみながらも地獄の底から這いあがることを選択した。
「ギルドマスター、俺に魔物との戦い方を教えてくれ!」
悲しみと絶望を胸にしながらレイドールは猛然と立ち上がり、その二本の足でギルドマスターであったバルトロメオ・ザフィスのもとを訪れて弟子入りを志願した。
「へえ……名ばかりの領主かと思いきや、なかなかの度胸じゃねえか。おもしれえ」
ザフィスは幼い領主の行動に驚きながらも、快く了承してレイドールに冒険者としての戦い方を叩き込んだ。
もともと、ザフィスは領主となった幼い王子の扱いに難慮している部分があった。
兄に疎まれて辺境送りにされてしまった境遇には同情しているが、王宮が開拓都市に必要以上に干渉してくるのは好ましくはない。
だからといって、他の冒険者が十三歳の王子に悪感情を向けているのも放ってはおけない。
そういった意味でも、レイドールの弟子入りは渡りに船と言ってよかった。
ザフィスはあえてレイドールをギルドの訓練場に連れて行き、他の冒険者の目に映るところで幼い領主を叩きのめし、芯から鍛えなおすように戦い方を教え込んだ。
もともと王族の嗜みとして剣術の基礎を身に着けていたレイドールであったが、聖剣の所有者に選ばれるだけあってその才能は突出していた。
聖剣はグラナードに取り上げられていたものの、レイドールの身の内には聖剣の加護が確かに宿っており、その力も徐々に使いこなせるようになっていた。
過酷な訓練に堪えてメキメキと力をつけていくレイドールの成長ぶりに、周囲の冒険者の見る目も変わっていく。
歳月が経って十八歳になる頃にはレイドールは『呪剣闘法』という独自の魔法剣を編み出しており、開拓都市でも一番の剣士となっていた。
魔物の襲撃などの有事の際には常に最前線に立って戦う青年に、町の人々もまた敬意と信頼の眼差しを向けるようになっていったのである。
開拓都市『レイド』
後になって付けられたその町の名前は、開拓都市を守るために命懸けで戦っている若き領主への尊敬と親しみの証なのであった。