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48.皇帝の牙は西へ向く

「我が命を狙うとは……親子というのは似て欲しくない所ばかり似るものよな」


「心中、お察しいたします。皇帝陛下」


 息子の遺体を見下ろしているザーカリウスの背中に、しわがれた老人の声がかけられた。

 柱の陰から灰色のローブをかぶった老人が現れて、玉座のそばへと歩み寄る。


「なんだ、爺。いたのか?」


「ええ、助太刀をせずに申し訳ございませぬ。かえって邪魔になるかと思いまして」


「ああ、よいよい。親子の最後の語らいに横やりなど無粋なだけだ」


 ザーカリウスが鷹揚に手を振って応える。

 その老人の名はサヴェイ・ラザ。王宮に仕えている魔術師であり、『賢人』の位階を与えられている大魔法使いである。

 ザーカリウスにとっては己の養育係を務めていた「じいや」でもあった。


「ギルバートは良い息子であった。しかし……少々、真面目が過ぎたな」


 ギルバート・ヴァン・アルスラインは紛れもなく、名君の資質を有した皇族だった。少々、血筋や地位に凝り固まった保守的な部分はあるものの、彼が皇帝となればきっと人々に親しまれる英邁な君主となっただろう。

 ザーカリウスもまた聡明な息子のことを愛していたが……だからといって、殺されてやるわけにはいかない。

『帝国の金獅子』と呼ばれる皇帝の覇道はまだ始まったばかりなのだから。


「さようでございます……こんな時に申し訳ありませんが、陛下。ご報告したいことがございます」


「む? 構わん、言うてみよ」


「はっ」


 皇帝が続きを促すと、サヴェイは恭しく頭を下げて口を開いた。


「西方方面軍……バーゼン中将が率いる軍が壊滅いたしました。バーゼン中将は行方不明、現在は副官のサファリス大佐が指揮を執っているようです」


「ほう? 西方方面軍が戦っているのはザイン王国だったな。セイリアはどうした?」


 ザーカリウスの娘である皇女セイリア・フォン・アルスラインは名目上、西方方面軍の大将として従軍していた。

 実質的な指揮官はグラコス・バーゼンであったため、お飾りに近い大将なのだが。


「セイリア様は敵将と一騎打ちをした末、敗北して捕虜となりました」


「ほう! セイリアを倒せる戦士がザイン王国にいたのか!」


 ザーカリウスはバシリと膝を叩いて声を上げる。

 セイリアは軍を率いる将としては素人に毛が生えたレベルだったが、聖剣クラウソラスに選ばれた聖剣保持者だ。その剣腕は単騎をもって一軍を打ち破るほどである。

 そんなセイリアをいったい、誰が打ち破ったというのか。

 ザーカリウスは好奇心に目を輝かせた。


「そうか、そうだな! あの国にも聖剣があったな! 敵にも聖剣保持者がいたのだな!?」


「ご推察の通りでございます。呪いの聖剣ダーインスレイヴ……かつて闇の魔女ネイミリアを打ち倒したとされる聖剣ですじゃ」


「ほお!」


 ザーカリウスは口の端を吊り上げて愉快そうに笑みを浮かべる。

 好戦的な皇帝はたとえ敵であったとしても、強者を公平に好んでいた。娘が捕虜となったという状況も忘れて、まだ見ぬ強者に関心を引かれていた。


「ダーインスレイヴの保持者についてはいまだ調査中でございます。バーゼン中将とセイリア殿下を失った西方方面軍は国境のバルメス要塞まで引き上げて、軍の立て直しを図っておりますじゃ」


「ふむ……調査を急がせよ。場合によっては帝国に取り込まねばならぬな」


 ザーカリウスの頭からはすでに殺めた息子のことは抜け落ちていた。それ以上に、新たな聖剣保持者の存在に心を奪われていた。


「陛下……お楽しみも結構ですが、このままでは西方侵攻に差し障りますぞ?」


「む、そうだな……いかんいかん。つい血が沸いてしまった」


 サヴェイの諫言にザーカリウスは頭を掻いた。

 帝国に5つある大軍の一つである西方方面軍が壊滅して、さらに聖剣保持者の一人を失うことがあれば、帝国の戦力は大きく目減りしてしまうだろう。

 そうなれば大陸制覇という野望にも修正を入れなければいけなくなってしまう。

 皇帝は今後の対策について真面目に思案する。


「そうだな……セイリアのことは何としてでも取り返さねばならぬ。場合によっては奪った領地を放棄しても構わん」


「よろしいのですかな? このまま攻め続ければザイン王国は帝国の手に落ちますが?」


「よい。クラウソラスも奪われているのだろう? 聖剣の力を奪われるわけにはゆかぬ。敵にも聖剣保持者がいるとなれば本腰を入れねばならぬからな」


 ザーカリウスはニッと野生的に笑い、デュランダルの柄を撫でる。


「場合によっては予も出るぞ。聖剣ダーインスレイヴの力を見極めてくれようぞ!」



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