47.炎の聖剣
呆れかえったザーカリウスの言葉に部屋の空気が凍りついた。
玉座に座る皇帝を囲む兵士が恐る恐る振り返ってギルバートの顔を見やる。
辛らつな罵倒をぶつけられた皇子は能面のように顔を蒼白にして、唇を震わせている。
ザーカリウスは黙り込んでしまった息子に哀れみの視線を向けて、はあ、と深々と溜息をついた。
「お前が皇帝たる予に反逆をしたのだからさぞや立派な大義を抱えているかと思っていたら……まさかつまらない嫉妬が原因だったとはな。どうやら予はお前のことを過大評価していたようだな。失望したぞ、息子よ」
「嫉妬、だと……」
父の嘲弄に皇子は顔を憤怒に紅潮させ、ようやく言葉を絞り出した。
「私がこれまでどんな思いで、貴方に尽くしてきたと思っているのですか!? それを嫉妬などという言葉で……あんまりではありませんか!」
「ふっ……それが嫉妬でなく何だというのだ。我が息子ながら女々しいことだ」
「っ……!」
ギルバートが腰の剣を握りしめる。
怒りに小刻みに震える手は、今にも刃を抜き放って父親の首をはねようとしている。
ギルバートはしばし荒い息を繰り返していたが、やがて落ち着きを取り戻したのか、再びザーカリウスへ詰問の言葉を叩きつける。
「……これが最後です、父上。私を廃嫡した理由を教えていただきたい」
「ふむ」
息子の眼に宿る狂気の色を見て、ザーカリウスも真面目な顔つきになる。そして、端的にギルバートの疑問に答える。
「簡単なことだ。お前が聖剣に選ばれなかったからだ」
「それはっ……まさかそんなことでっ!」
「そんなこと? 異なことを言う」
表情を歪めるギルバートに、皇帝は退屈そうに鼻を鳴らした。
「帝国は覇王の国。武力をもって大陸をまとめ、世に太平を築くが皇帝たる者の使命。人を喰らう悪鬼、大地を焼く悪竜、そして終末のラッパを吹き鳴らす邪悪な魔女を討ち滅ぼして人類の安寧を守ることこそが覇王たる皇帝が背負うべき宿業よ。ゆえに皇帝となるものは救世の神器である聖剣に選ばれなければならない」
「…………」
「しかし、息子よ。お前は雷のクラウソラスにも、氷のギャラルホルンにも、そして我が佩剣ーー炎のデュランダルにも選ばれることがなかった。ゆえにお前に皇帝の資質がないものとして廃嫡した。どうだ、この回答で満足したか?」
「……父上、貴方は本当に強いかどうかだけで皇帝となる者を判断されるのですか? 知略も、人脈も、人の上に立つために無意味だとおっしゃるのでしょうか!?」
「無論だ」
血を吐くような息子の言葉に、ザーカリウスは端的に答えた。
「どことも知れぬいずこの国であれば、優しいだけで王となることもできよう。小賢しいだけで王となれよう。しかし、ここは帝国。大陸の統治者たる覇王の国ぞ。弱者に王たる資格はない。人望があるだけの弱き王がどれほど人を苦しめるか知らぬわけではあるまいな?」
言い含めるように言葉を重ねるザーカリウスの脳裏には、己の父親の顔が浮かんでいた。
先帝は心優しく、誰よりも人徳に溢れて民に愛されていた偉大な仁王であった。
しかし、柔和な王は対外的にも強い態度をとることはなく、そのせいで周辺の国々で勃発する争いを止めることができず、かえって戦禍を広げてしまっていた。
大陸随一の力を持つ覇権国として、周辺諸国をまとめ上げることができなかった。
人々から愛され、敬われる王。それは素晴らしいことだ。
しかし、愛されているが故になめられて、軽んじられるくらいならば、優しさなどない方がいい。
恐れられ、忌み嫌われている方がよほど皇帝の役割を果たすことができるだろう。
「帝国に弱い王はいらぬ。どう足掻いたところで、お前を次期皇帝にはさせぬよ」
「……それで? 私を廃して、あの奴隷の子を王にするおつもりですか?」
ギルバートは聖剣ギャラルホルンの保持者となった腹違いの弟の顔を思い浮かべ、なおも尋ねる。
「シャンドラのことか? まあ、奴でもいいし、セイリアも候補に入っているな」
「セイリアは女です! 皇帝にふさわしくはない!」
「良いじゃないか。国が長く続けば女の皇帝が出ることもあるだろう」
「父上……貴方は私よりもあの奴隷の血を引く男や、女のセイリアを選ぶのですか!? 第一皇子として貴方と帝国に尽くしてきた私よりも、聖剣に選ばれただけの二人を……!」
ゆらり、とギルバートの身体が左右に揺れる。
幽鬼のようなたたずまい、光を失った瞳には狂気が宿っている。
「ならば……私は聖剣などなくとも十分に強いということを証明してやる! 聖剣保持者の皇帝を殺して、己の力を見せつけてくれる!」
バッとが手をかざす。皇帝の周囲を包囲していた兵士達が、槍の穂先を向けたままジリジリと距離を詰める。
「ほう!? それは面白い! 反抗期とは成長の証。なんと喜ばしき事か!」
「黙れ! 力を振りかざすことしか知らぬ愚帝め! 地獄へ落ちよ!」
ギルバートが剣を抜き放つ。同時に、十数人の兵士達が一斉に槍の穂先を突き出した。
一本の剣と十数本の槍。不可避の死が玉座に腰掛けたままのザーカリウスへと殺到する。
「その野心。その志、誠に見事! しかし……」
ふっ、とザーカリウスは息をついた。
哀れむように、悼むように、ひどく優しい眼差しで剣を振りかぶった息子を見やる。
「惜しむべくは非力。力が伴わぬことか。やはり皇帝の資質は武力と暴力ということか」
ザーカリウスは悲しそうにつぶやいて、玉座に立て掛けてあった一本の剣を手に取った。
柄にルビーをあしらった年代物の大剣ーーそれを鞘から抜くことさえなく、座った姿勢のままで横に薙いだ。
足腰を使うことなく腕の力だけで放たれた斬撃はあまりにも拙く、攻撃とすら呼べないようなものである。
「ぎゃあああああああっ!?」
しかし、その剣先から紅蓮の炎が吹き出して、刃のように襲いかかる兵士達を斬り払う。胴体を焼き切られて上下に両断した死体が謁見の間に崩れ落ち、肉が焼け焦げた臭いが煙とともに部屋の中に充満する。
骸の中には第一皇子のものまである。
ギルバートは自分に何が起きたのかすら気がつくことなかったのだろう、驚愕に両目を見開いた表情のまま絶命していたのだった。




