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46.皇帝の憂鬱

 一方、その頃。王国よりはるかに東にあるアルスライン帝国。その帝都アルベスでは一つの政変が勃発していた。


 アルスライン王宮の奥深く。皇帝が臣下や他国からの使者と面会するための謁見の間に、武装した兵士達がなだれ込む。

 兵士達はよどみのない機敏な動きで大理石の床を駆けていき、突入からわずか十数秒で玉座を取り囲んだ。


 一様に緊張した顔をしている兵士達が持つ槍の穂先は一人の男に向けられている。

 すなわち、玉座に腰かけるこの城の主――皇帝ザーカリウス・ヴァン・アルスラインに。


「ほう、これはなんの騒ぎだ?」


 ザーカリウスが肘掛けに頬杖をついて、鬱陶しそうに尋ねた。

 獅子のように勇猛そうな皇帝の顔には恐怖の色はない。ただ状況がわからずに困惑に目を瞬かせている。


 不思議なことに謁見の間には皇帝を守るための兵士は一人もいない。

 事前の根回しによって人払いがされていたのか、それともたんに警備が杜撰なだけなのか、皇帝は見事に孤立無援を絵に描いたような状況に追い込まれていた。


 やがて、皇帝を取り囲む兵士達が二つに割れて、一人の男性がザーカリウスの前へと進み出てきた。


「……お久しぶりでございます。父上」


「ギルバートか……ふむ、新年の宴以来になるな。たしかに久しい」


 皇帝の前に現れたのは第一皇子であるギルバート・ヴァン・アルスラインである。

 皇帝の百人以上もいる子の長子であり、同時に正妻の子でもある。


「それで、息子よ。これはどんな趣向の遊びだ? そこの兵士どもは訊いても何も答えぬのだが」


「……戯れを。わかっておいでになるでしょうに」


「……帝位が欲しくなったか。まさかお前が動くとは思わなんだ」


 恨めしそうに睨んでくるギルバートに、ザーカリウスは惚けたように肩をすくめた。


 ザーカリウスはかつて父である先帝を討ち、帝位を力づくで奪い取った経験を有している。

 そのため、いつかは自分も同じように子や孫から命を狙われるのではないかと思っていたのだが……


「それでもお前が()を殺そうとするとは本当に予想外だぞ? そんなに恨まれるようなことをした覚えはないのだがな」


 人の恨みとは知らぬうちに買っているもの。

 ザーカリウスは気づかないうちに息子に殺されるほど憎まれていたのかと、謀反の理由を考える。しかし、いくら頭をひねってもそれらしい動機が見当たらなかった。


「よければ答え合わせをしてもらえぬか? このままでは今夜は眠れなくなりそうだ」


「…………」


 状況がわかっていないのではないかと思うほど緊張感などない父の態度に、ギルバートは奥歯を音が鳴るほどに噛みしめた。


 ギルバートは父親のこういうふざけた態度がずっと嫌いで、同時に好ましく思っていた。

 息子に裏切られた今でさもその態度を崩さないザーカリウスに、苛立ちが込み上げてくる。


「……父上、私は貴方のことを尊敬しておりました」


 ギルバートは沈痛な顔つきのまま、ぽつぽつと話し出した。


「貴方の強さに憧れていました。貴方のような皇帝になりたいと、ずっと目標にしておりました」


「うむ、そうか。照れるな」


「……今のように道化のように羽目を外す貴方を苦々しく思っていましたが、同時にそこに親しみを感じていました。女好きの貴方に呆れていました。それでも母や他の女性達を平等に愛する懐の深さに、感心しておりました」


「ふむふむ」


「貴方を…………父として愛しておりました」


「そうか……予もお前のことを愛しているぞ。愛しい息子。ギルバートよ」


「ならば何故!」


 ザーカリウスの応答にギルバートは噛みつくように声を荒げる。


「何故、私を皇太子から廃嫡なさるのですか!? 正妻である母上の子であり、長子でもある私がなぜ臣籍に降らねばならぬのですか!?」


 今から1月ほど前、ギルバートは軍を率いて帝国南方にある小国シャイターン王国の占領に成功した。

 戦勝を皇帝へと報告して、きっとお褒めの言葉をいただけるだろうと胸を弾ませて返答を待っていたのだが……王宮から戻ってきた使者が持っていた書状に描かれていたのは、『皇籍から外れて公爵となり、シャイターン王国領を領地として治めよ』という事実上の廃嫡宣言であった。


 あまりのことにギルバートはしばし呆然と立ち尽くした。

 自分が最も皇帝の椅子に近い場所に立っていると思っていたのに、まさかそこから一方的に遠ざけられるなどとは夢にも思っていなかった。

 ギルバートは嘆き、涙を流し…………そして、やがて理不尽を受けた怒りのままに剣を振り上げた。

 皇帝であるザーカリウスを討ち取り、力づくで帝位を簒奪することを決意したのだった。


「父上! どうか、どうかお答えください! なぜ私を廃嫡したのですか!?」


 ギルバートはかつて誰よりも尊敬していた父へと、血の涙を流さんばかりに問い詰めた。

 そのあまりに悲痛な姿に、ザーカリウスに槍を突きつけている兵士達も涙を誘われてギュッと唇を噛みしめる。

 しかし――


「ああ、なんだ。そんなことか」


 ギルバートの魂からの叫びは父親に全く届かなかった。

 ザーカリウスは拍子抜けしたとばかりに両手を広げて、嘆かわしげに首を振った。


「そんなつまらん理由で謀反を起こすとは思わなかったぞ。このうつけめが」


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