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45.国王の憂鬱

 ブレイン要塞をめぐる戦いの数日後。ザイン王宮にて。


「……そうか、レイドールは勝利したか」


「はい! 王弟殿下の戦いぶりはまさに神話のごとく! 聖剣保持者として恥じない見事な奮戦ぶりでした!」


 ザイン王国国王グラナード・ザインは要塞から送られてきた報告の使者の話を聞いて、右手で顔を覆う。

 隠された顔にはあからさまに面白くなさそうな表情が浮かんでおり、戦勝の知らせを聞いているとは思えないような仏頂面である。

 そんな王の陰鬱とした変化に気がつくこともなく、使者の兵士は興奮した様子で戦争の様子を詳細に語る。


「敵の聖剣保持者が放った雷を殿下は漆黒の斬撃で受け止め、さらに返す刀で反撃の一撃を……本来であれば我等も助太刀せねばならない状況だったのですが、あまりの鬼気迫る二人に誰も手出しができず……」


「……もうよい」


「は?」


「もうよいと言っている。下がっていいぞ」


 グラナードは犬でも追い払うようにしっしと手を振り、兵士に退出を命じる。

 兵士は不思議そうな表情を浮かべながらも君主の命令であれば従うほかなく、最後まで英雄譚を語り切れなかった不満に唇を尖らせて玉座の間から出て行った。

 兵士がいなくなったのを見計らい、王の隣で報告を聞いていたロックウッドが口を開いた。


「これでひとまず帝国の脅威は退けられましたな。グラナード陛下」


「うむ、真に目出度いことだ」


 短く答えた王の顔は、言葉とは裏腹に不満そうに歪んでいる。

 その複雑そうな顔からは王国軍が勝利したことへの喜びと、疎んでいた弟が活躍をしたことへの劣等感がありありと刻まれている。


「欲を言うのであれば、あの愚弟が敵と相討ちにでもなってくれれば言うことはなかったのだがな」


 グラナードは胸の前で両手を組み、ポツリと本音の言葉を漏らした。そのあまりの内容にロックウッドが唇を引きつらせる。


「陛下、それはいくらなんでも……」


「間違ったことは言っておらぬ。帝国の危機が去った以上、アレは危険分子でしかあるまい」


「それは否定できませんが……」


 もはや取り繕うこともない王の言葉に、ロックウッドは苦々しく顔をしかめた。


(これは……もはや和解は不可能か)


 ロックウッドは叶うことならば、グラナードとレイドールの二人の兄弟に和解をしてもらい、戦禍にさらされた王国をともに再建して欲しいと願っていた。

 グラナードが政、レイドールが武をそれぞれ司り、お互いを補い合っていくことができたのであれば、間違いなくザイン王国はさらなる発展を遂げたことだろう。

 そのためにはグラナードが形だけでも弟に頭を下げて許しを請うことが不可欠なのだが……今のグラナードの態度を見る限りその可能性は皆無である。


(レイドール殿下はたしかに憎悪を抱いているようだったが、同時に理性的でもあった。決して復讐に囚われて支配されている様子はない。陛下が非公式であっても平身低頭、ないがしろにしたことを謝罪すればあるいはと思ったのだが……)


 グラナードはもはやレイドールのことを弟とは思っていない。己の玉座を狙う政敵にしか見えていないのだろう。

 かつての睦まじい兄弟の姿を知るロックウッドとしては、なんともやるせない気持ちになってしまう。

 そんな宰相の内心を察してか、玉座に腰かけるグラナードが鋭くロックウッドを睨みつける。


「宰相よ。この国の王は私だ。余計なことは考えるな」


「……無論、心得ております」


「アレは私に呪いまでかけたのだ。国を脅かす反逆者であると思え」


「はっ……」


 グラナードの胸には今も呪いの刻印が刻まれている。

 宮廷魔術師が総動員になって解呪を試みているのだが、レイドールが使用している術式は一般に奴隷や犯罪者に使われている契約の呪いとはまるで違う術式を使用しており、解析すらも困難なものだった。

 筆頭宮廷魔術師であるババロア老でさえ、白いヒゲを蓄えた顔を困り顔にして匙を投げていた。


『おそらくは二百年以上は昔の術式ですじゃ。魔女の厄災によって当時の文献は大部分が失われておりますし、解呪には少なくとも半年はかかるかやもしれませぬ。いやはや、王弟殿下はどこでこのような術式を入手したのやら』


 ババロア老はそれでも寝る間も惜しんで解析を続けてくれている。こうなると、老の体力がもつかどうかも不安になってくる。


「呪いが解け次第、レイドールを逆賊として討ち取る。今のうちに準備をしておけ」


「……お言葉でございますが、まだ帝国の出方がわかりません。さらに軍勢を送り込んで攻めてくる可能性もありますゆえ、王弟殿下を処分されるのは時期尚早かと」


 グラナードの容赦のない指示にロックウッドは沈痛に首を振った。


「帝国の聖剣保持者は捕らえたのだろう? ならばその身柄を人質に和平を結べばよい。戦を避けることさえできればアレに利用価値などない」


「…………」


 そううまくいくだろうか?

 ロックウッドは心中で自問する。


 たしかに帝国皇女であり、聖剣保持者でもあるセイリア・フォン・アルスラインを生け捕りにできたことは重大な交渉のカードとなるだろう。

 弟のことさえ絡まなければすこぶる有能なグラナードの交渉術であれば、和平を勝ち取ることは難しくない。


(だが……それは先帝の時代であればの話だ)


 数年前に皇帝となったザーカリウス・ヴァン・アルスラインという男は、戦に飢えているともっぱらの噂であった。

 平和主義者の先帝を殺めて帝位を簒奪し、大陸制覇のために各地で戦争を起こしているような男に、はたしてまっとうな交渉が通用するだろうか?


(やはり最悪の場合に備えてレイドール殿下を殺すわけにはいかない……帝国の聖剣はまだ2本もあるのだ)


 いっそのこと呪いが解けなければいいものを。

 ロックウッドはそんな臣下としてあるまじきことを考えながら、主君を宥めるための言葉を探して頭を抱えた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この王子馬鹿すぎな。戦争で得たものは全て弟のものって言ってただろうが
[一言] 宰相さんってブラックリストの上から二番目にある名前じゃないの?娘の次で三番目かもしれないけど。めっちゃ他人事じゃん。
[気になる点] 宰相さんオマエ、自分も憎悪の対象だって忘れてるだろw [一言] 国祖も兄殺しってこの国の王族は無能な兄が生まれる呪いでもかかってるのかな
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