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43.奇襲と老将、メイドと触手

「馬鹿なっ! 敵の奇襲だと!?」


 怒号と混乱の坩堝となった帝国軍の陣地にて、ダラス・サファリスが悲痛な叫びを上げる。


 丘の上に作られた帝国軍の陣地に、突如として王国軍が押し寄せてきたのだ。陣地に突撃してきた兵士はわずか五百ほど。数だけを見れば、万に届く兵を有する帝国軍にとって恐れるべき相手ではない。

 しかし、まるで予想もしていないタイミングでの奇襲に帝国軍の兵士はまともに応戦することができず、一方的に攻撃を浴びせられている。


「なぜだっ! どうして誰も気がつかなかった!? 見張りは何をしていたというのだ!?」


 サファリスの口から放たれたのは魂の叫び。心の底からの疑問であった。


 王国軍が帝国の陣地を奇襲する――それ自体は別に不思議なことではない。

 敵の本陣を叩くのは戦において常道ともいえる戦法であり、当然ながらサファリスもそれは承知している。

 わからないのは、どうやって奇襲を成功させたのかである。


「敵に奇襲を受けないように見晴らしの良い丘に陣地を作ったのだぞ!? それなのに、どうして誰も気がつかなかった!? どうして我らが一方的にやられているというのだ!?」


「やめよ、サファリス」


「ば、バーゼン将軍……」


 信じられないとばかりに声を荒げる副官の肩に手を置き、グラコス・バーゼンが厳しい口調で言う。


「何故、などと口に出す意味はない。あるのは目の前の結果のみ。目の前の結果を受け入れて、次の行動に移すぞ」


「っ……は、申し訳ありません!」


 上官の言葉にサファリスはハッと両目を見開き、すぐに混乱する帝国軍の兵士をまとめ上げようとする。

 指示を飛ばしながら陣地を走る部下の背中を見送り、バーゼンは強く拳を握り締めて敵の要塞を睨みつける。


「やりおったな…………バゼル・ガルスト!」


 要塞から遠く離れた丘の上からでは、当然ながら、そこにいるであろう敵軍の将軍の姿を見ることはできない。

 しかし、バーゼンには策略を成功させたガルストが武骨な顔に会心の笑みを浮かべている姿がはっきりと思い浮かべることができた。


 本来であれば、見通しのいい丘の上に作られた陣地が敵から奇襲を受けることなどまずありえない。

 夜ならばまだわからなくもないが、いまだ太陽は天頂に輝いている。こんな空の下で敵影を見逃す味方など、敵に討たれる前にバーゼンが斬り殺しているだろう。

 それを可能としたのは、今まさにバーゼンの主であるセイリアと剣を交えている青年が原因である。


「まさか……虎の子の聖剣保持者を陽動に使うとは……!」


 帝国軍がこうも見事に奇襲に引っかかってしまったのは、陣地にいる全ての帝国兵が眼下で繰り広げられているレイドールとセイリアの戦いに目を奪われていたからである。

 呪いの風を撒き散らすレイドールと、天の怒りのごとく雷を放っているセイリア。二人の聖剣保持者の戦いはまるで神話のワンシーンを切り取ったようであり、この場にいる誰もが息を飲んでその戦いを見守っていた。

 そのため、戦場とは真逆の方角から迫っている王国軍の伏兵に気がつくのが遅れてしまったのである。


「聖剣保持者は一軍にも匹敵する切り札……それをまさかこちらの目を引き付けるためだけに使うとは……!」


 バーゼンはヒゲを生やした顔を悔しそうに歪めた。

 否、単なる陽動や囮ではない。釣り上げられたのはバーゼンたちの視線だけではなく、セイリアもだ。

 聖剣保持者であるセイリアが陣地にいたままではどうやっても奇襲は成功しない。レイドールが竜巻を巻き起こして派手に暴れたのは、同じ聖剣保持者であるセイリアを誘い出して陣地から切り離す目的もあったのだろう。


「ぐぬう、おのれ若造めが……いや、反省は後じゃな」


 バーゼンは青筋の浮かんだ額をペシリと叩いて、意識を切り替える。

 敵の襲撃を受けた帝国軍の陣地はいまだに混乱に包まれており、帝国兵は完全にまとまりを失っている。

 サファリスが声を張り飛ばして立て直しを図っているものの、バーゼンの元まで敵がたどり着くのは時間の問題だろう。


 アルスライン帝国西方侵攻軍の総大将は、名目上は王族であるセイリア・アルスラインということになっている。

 しかし、実質的な指揮を執っているのはバーゼンであり、もしもこの老将が討たれることがあれば、西方侵攻軍は瓦解してしまうだろう。


「さすがにここは敗北を認めるしかなさそうじゃのう。一度引いて、態勢を立て直すとしようかのう」


「申し訳ないですけど、それはちょっと困りますねー」


「誰だっ!?」


 背後からかけられた声に、バーゼンは慌てて振り返る。

 いくつもの戦を潜り抜けてきたはずの自分が、まさかこうも容易く後ろをとられたのか――そんな驚愕に動揺するバーゼンの目に移ったのは、戦場には似合わない格好をした少女であった。


「メイド……じゃと?」


「はあい、メイドさんですよー。ふりふりー」


 いったい、何の冗談なのだろうか?

 バーゼンの背後に立っていたのは女の使用人が着るような服を身にまとった少女である。

 セイリアよりも2つか3つ年下であろう銀髪の少女は、何がおかしいのか、スカートの裾を両手でつかんでフリフリと楽しそうに振っている。


「何故、おぬしのような子供が戦場に……? まさか王国軍の……」


「ああん、申し訳ないですけど時間がないのでこちらの用件を済まさせていただきますね…………『影縛』」


「ぐぬうっ……!?」


 少女の足元から黒い影が伸びて、触手のようにバーゼンの身体に巻き付いた。

 長年、帝国軍を支えてきた老将が瞬く間に手足を拘束されて、地べたを舐めるように這いつくばってしまう。


「ぬ、ぐ……貴様はいったい……!」


「うーん、やっぱりお年寄りを縛ってもつまらないですねー。まあ、王国軍よりも先に貴方を捕まえれば、ご主人様がご褒美をくれるそうですから、いいとしましょうか?」


「ご、ご主人……? お主は王国兵では……」


「ああ、そういうのはいいですよー。帝国の人達が来ちゃいますから、さっさと引き上げましょうねー」


「がっ……!」


 メイド服の少女がパシリと手の平を合わせる。瞬間、バーゼンの目の前が真っ暗な闇に包まれる。


(姫殿下……どうかお逃げを……!)


 薄れゆく意識の中でバーゼンが叫ぶ。最後に案じるのは、やはり孫のように可愛がっている皇女のことである。

 しかし、その言葉は口から出ることはなく、バーゼンの意識とともに闇の中へと消えていった。


「バーゼン将軍、撤退の準備が…………え?」


 副官のサファリスがバーゼンの下へと戻ってきたときには、尊敬する上官の姿は跡形もなく消えていたのであった。


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