4.呪毒の剣技
「ブフオッ?」
防壁から突如として飛び降りてきたレイドールを目にして、カタストロ・オルグは目を丸くさせた。
どうしてわざわざ自分から降りてきたのだ。この人間は殺されに来たのだろうか? 猪の顔にはくっきりとそんな困惑が浮かんでいる。
棒立ちになった魔物の顔を下から見上げて、レイドールは嘲弄して鼻を鳴らす。
「はっ! 呆けてんじゃねえ!」
「ブヒイッ!?」
レイドールがぐっと腰を落としたまま横薙ぎに剣を振った。
真一文字に放たれた斬撃がカタストロ・オルグの分厚い筋肉をやすやすと斬り裂き、でっぷりとした腹部から血と内臓が噴き出した。
「フギイイイイイイイイイッ!」
どさりと倒れて臓物を撒き散らせる仲間を見て、周囲のカタストロ・オルグが激昂する。武器代わりの丸太を大きく振りかぶって目の前の人間の頭へと叩きつけようとした。
「フッ!」
岩を砕くような轟音を上げて丸太が地面を殴打する。カタストロ・オルグの豪腕によって地面が揺さぶられる。
「ブホオ?」
しかし――すでにそこにレイドールの姿はない。
まるで蝋燭の灯が吹き消されるように、黒衣をまとった人影が忽然と消えてしまった。
「遅いんだよ。欠伸が出やがるぜ」
「ギッ……!?」
一瞬で背後に回り込んだレイドールが猪獣人の首へと剣を突き刺した。延髄を正確に貫いた切っ先によって、巨体の怪物はあっけなく絶命する。
「まだまだ斬り足りないぜ? どんどんかかってきやがれよ!」
「ボハアアアアアアアアアアアッ!!」
わざとらしく指先を曲げて手招きをするレイドールへと、残っているカタストロ・オルグが殺到する。
まるで巨体で押しつぶさんばかりに詰め寄ってくる猪獣人の群れに、若き剣士は好戦的に牙を剥いた。
「呪剣闘法【毒竜の尾】!」
レイドールが手にしていた鋼の剣に闇夜を練り固めたような黒い霧が凝っていく。
触れただけで身体の芯まで汚染してしまうのではないかと思わせる黒い瘴気を纏い、レイドールは渾身の斬撃を放った。
「ギアアアアアアアアアッ!?」
剣から放たれた瘴気が黒い旋風となり、密集しつつあったカタストロ・オルグを吹き飛ばす。推定二百キロはあるであろう巨体が冗談のように宙へと舞う。
「ア……グ……ガアッ……!」
しかし、さすがは辺境の地にあって災害級と称される魔物。斬撃の旋風を受けて身体のあちこちから血を流しているものの、彼らの大半がまだ息があるようだった。
カタストロ・オルグは地面に倒れたまま憎々しげにレイドールを見上げて、緩慢な動きで身体を起こそうとしている。彼らの目からはいまだに闘志が衰えておらず、レイドールは称賛するように口笛を吹いた。
「ヒュウ、なかなか丈夫じゃねえか。感心した」
「グ、グウウウッ……!」
「だけど……立ち上がれるかね?」
「グ……ッ!?」
手足から血を噴きながらも巨体を持ち上げようとしていたカタストロ・オルグが、ガクリと崩れ落ちる。
愕然と見開かれた瞳に映し出されるのは、同じように地面に倒れて、小刻みに身体を震わせて泡を吹いている同胞の姿である。
「俺の呪剣は斬って終わりじゃない。これからが本領だ」
「ブ……ヒ…………ッ?」
黒い斬撃を浴びせられたカタストロ・オルグの赤黒い肌が、見る見るうちに紫色に染められていく。まるでペンキでも塗られたような毒々しい真紫となった猪獣人の口からゴポリと血の泡が噴出された。
それは斬撃に込められた呪いの毒による効力だった。
もともとオークという種族は魔法抵抗はそれほど強くない。変異種であるカタストロ・オルグも例外ではなく、レイドールの呪いの剣技の前では格好の餌食である。
「さて……残りはどうするかな?」
レイドールは皮肉そうに唇を吊り上げ、斬撃を免れたカタストロ・オルグを睥睨する。
辛くも呪毒から逃れたのはほんの数匹であったが、彼らの目には先ほどとは打って変わった怯えの色が浮かんでいる。
目の前で仲間を切り刻まれ、さらにその仲間が正体不明の毒によって悶え苦しんでいるのだから当然だろう。
残されたカタストロ・オルグはジリジリと後ずさりをして、レイドールから逃げ出す機を伺っていた。
「今だ! 打って出るぞおおおっ!」
『オオオオオオオオオッ!』
しかし、彼らが逃げ出すことは叶わなかった。開拓都市レイドの門扉が開け放たれ、籠城していた冒険者達が飛び出してきたのだ。
その先頭に立っているのはギルドマスターのザフィスである。髪もヒゲも白髪が混じっている壮年の戦士は、身の丈ほどの大きさの剣を軽々と振るってカタストロ・オルグへと叩きつける。
年齢に似合わぬ奮戦ぶりを見せるザフィスに、レイドールは呆れかえって肩をすくめた。
「おいおい、ギルマスも無理しやがるぜ。テメエの年を考えろっての」
「ブピイイイイイイイッ!?」
敵の援軍を見て、カタストロ・オルグが背中を向けて慌てて逃走を始める。
本来であれば殻にこもった獲物が自分から出てきてくれたことを喜ぶ場面なのだが、すでに仲間の大半が呪いの斬撃によって倒れている。
彼らの勢いは底辺にまで落ち込んでおり、この期に及んで踏みとどまって戦うものなどいるわけがなかった。
彼らにとってこの戦いは開拓都市を襲い、一方的に略奪をするためのものである。
自分の故郷と居場所を守るために戦っている冒険者とは、士気という点で雲泥の差があった。
逃げ惑うカタストロ・オルグへと次々に冒険者が武器を突き立てていく。断末魔の悲鳴が立て続けに辺境の森へとこだました。
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