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38.戦局の狭間

「さすがに厳しくなってきましたね……」


 帝国軍とぶつかり合う王国軍。その渦中でダレン・ガルストが荒い息を吐いた。

 城壁の上から総指揮を執っている父親に対して、千騎長であるダレンは戦場に立って槍を振るいながら兵士に檄を飛ばしている。

 息子であるはずのダレンを最前線に置いているのはバゼルの命令であり、同時に身内であっても特別扱いはしないというバゼル・ガルストの人間性を如実に示す采配であった。


「ダレン様、ご無事ですか!?」


「ええ、問題ありませんよ。サーラ、貴女も息災そうでなによりです」


 部下であるサーラ・ライフェットが息を切らして、ダレンの下へと駆けてきた。

 細身の女騎士の鎧にはあちこちに傷がついているものの、彼女自身は目立ったケガは負っていないようである。

 嫁入り前の女性騎士の身体に傷がついていないことを確認して、ダレンはそっと安堵の息を吐いた。


「右翼の指揮を執っていたアーラード千騎長がお討ち死にいたしました! もはや戦線を維持するのは不可能です!」


「そうですか……アーラードが逝きましたか」


 戦友の死を聞いてダレンは秀麗な表情を歪める。

 父親であるバゼル・ガルストはいかつい岩のような顔つきをしているが、息子のダレンはそんな父親に似ることなく貴公子を絵に描いたような容貌をしている。

 その整った顔立ちは憂いに染まってもなお美しく、普段から見慣れているはずのサーラでさえも思わず見惚れてしまうほどである。


「このまま戦いを継続しても敗北は必至。されど、父上はまだ撤退の指示を出していません。今しばらくはこのまま踏みとどまって時間稼ぎを…………サーラ?」


「へ、あ……はいっ!」


「どうかしたのですか? 疲れているようなら貴女だけでも後方に……」


「だ、大丈夫です! ちょっと考え事をしていただけですのでっ!」


 まさか貴方の顔に見惚れてましたとは言えず、サーラはあわあわと両手を振ってごまかした。

 ダレンは訝しげな表情になるものの、顔を真っ赤にする部下にそれ以上は追及することができず、再び槍を握り締める。


「我々が壊滅すれば、もはや王国にブレイン要塞を守り切るだけの余力はありません。ここが正念場。もう少しだけ踏みとどまって……」


 ダレンが最後まで言い切る前に、戦場に高いラッパの音が響き渡った。

 空気を切り裂くような甲高い音はブレイン要塞から放たれている。


「……どうやらここまでのようですね。命拾いをしました」


「助かった……のでしょうか?」


 不安そうに瞳を揺らして尋ねてくるサーラに、ダレンは困ったような曖昧な笑みを返した。


「それはレイドール殿下次第です…………さて、撤退しますよ」


「はっ!」


 ダレンは周囲の兵士に指示を飛ばし、後方へと撤退を開始した。

 背後のブレイン要塞ではいつの間にか正面の城門が開け放たれており、水が穴に流れ込むように王国兵を吸い込んでいた。


 天頂に上った太陽は徐々に西に傾いていき、戦場は新たな局面を迎えた。


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