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37.聖剣は啼く

「へえ、すごいな。倍以上の敵を相手に善戦してるじゃないか!」


 城壁の上に座って両軍の戦いを見物しながら、レイドールは感心したように手を叩いた。

 見下ろした先では王国軍がうまい具合に帝国兵をおびき寄せて、痛烈な反撃を食らわしている。

 数と地の利で押しつぶされるかと思われた王国軍の思わぬ反撃は、上から見ていても痛快なものだった。


「ひょっとしたら俺の出る幕なんてないんじゃないか? さすがは護国の大将。頭が下がりやがるぜ」


「まさか、こんなものは最初のうちだけですよ」


 喝采とともに指揮官のガルストを褒め称えるレイドールであったが、当の将軍は冷静な面持ちで(かぶり)を振る。


「先ほどの攻撃は手の内がバレていないからこそできた奇策です。グラコス・バーゼンであればすぐに立て直して見せますよ」


「随分と敵将を買っているんだな。そんなに帝国の指揮官は優れた人物なのか?」


「老将ながら猛将。聖剣という伝説の武具がこの世になければ、彼のような御仁こそが英雄と呼ばれていたでしょうな」


 ガルストは遠い目をしながらレイドールの問いに答える。


「私があの男に勝っているものと言えば、若さくらいのものでしょう。奴が生まれていなければ、帝国の領土は今の半分だったかもしれません」


「へえ……それはまた」


 レイドールは面白そうに口元に笑みを浮かべて、帝国の陣地がある丘へと目を向けた。

 いくら人よりも視力がすぐれているレイドールでも、そこにいる敵将の姿までは見通すことはできない。

 それでも、そこに尋常ならざる指揮官がいると思うだけで血が騒いでしまう。


「いけないな。初陣だってのに妙にハシャいじまう。戦場で浮かれるなんて、周りの士気を下げちまうよな」


「臣下としては頼もしい限りでございます。戦場で恐れよりも愉悦を抱くとは、やはり貴方は聖剣に選ばれた英雄であらせられるのですな」


「そんな御大層なものじゃない。たんにガキが抜けてないだけだっての」


 レイドールはバシバシと両頬を叩いて緩む顔を引き締め、改めて戦場へと目を向ける。


 痛烈な反撃を食らって第一軍が半壊した帝国軍であったが、すぐに後詰の部隊が前に進み出てきた。

 彼らは第一軍のように坂の勢いに任せて突撃するのではなく、頭上に盾を掲げて矢を防ぎながらゆっくりと戦場に広がっていく。

 要塞からの援護射撃を盾で防ぎながら、徐々に王国軍との距離を狭めてくる。彼らの後方には別の部隊が展開しており、丘の高所から密集陣形をとる王国軍に向けて弓を斉射してくる。


「もう対処法を見つけられたようです。まったく、忌々しい爺め」


 ガルストが珍しく表情を歪めて悪態をつく。

 そんな将軍を一瞥して、レイドールは帝国軍の反撃を厳しい目で見つめる。


 ブレイン要塞からは王国軍を取り囲む帝国兵へと矢が放たれているが、頭上の盾に阻まれて効果は薄い。逆に丘の上からは王国兵へと矢が放たれており、これもまた盾で防いでいる。

 条件は同じ――となれば、やはり数の差が戦況に浮き彫りになってしまう。

 帝国軍はすでに王国軍を包囲しており、前面と左右から攻撃を浴びせている。

 特注の長槍のおかげで守りに長けている王国兵であったが、時間が経つにつれて兵力の差で後方へと押し込まれてしまう。

 王国軍はすでにブレイン要塞の眼前まで押されており、逃げ場を失くした状態となっていた。


「どうやら王弟殿下の出番がやって来たようですな。どうぞ古の伝説のごとく戦いあそばされよ」


「そうさせてもらおう……こいつもいい加減に我慢の限界みたいだからな!」


 レイドールは苦笑をしながら腰の剣を握り締める。

 戦いが始まってからずっと聖剣ダーインスレイヴはカタカタと鞘の中で小刻みに振動を繰り返している。


 早く戦わせろ。早く斬らせろ。

 数百年ぶりに使い手と巡り合った聖剣は、久方ぶりの戦いに牙を打ち合わせて啼いているのだ。


(ここからが本当の始まり。俺の、俺だけの英雄譚がここから始まる……)


 レイドールは冷たい笑みを顔に張り付けたまま、表情とは裏腹に燃え上がる闘志のままに城壁の内側へと飛び降りた。


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