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36.開戦の一撃

 要塞を背にして布陣したザイン王国軍。

 丘に横並びになって布陣したアルスライン帝国西部方面軍。


 二つの軍隊はまるで図ったように同じタイミングで陣形を組み終え、高低差での睨み合いとなった。

 挑みかかるように丘の上の帝国軍を見上げる王国軍の兵士。

 対して、見下すように敵を睥睨する帝国軍の兵士。

 両軍は互いに指揮官の指示を今か今かと待ちながら、汗のにじむ手でグッと武器を握り締める。


「ふむ、王国軍は動かぬか」


 眼下に居並ぶ敵を見据えて、グラコス・バーゼンは鼻を鳴らした。

 先に動いたためにてっきりこちらに奇襲でも仕掛けるつもりかと疑っていたのだが、王国軍はわざわざ帝国軍が陣形を組むまで待っているようだった。

 仕掛けて来い。かかって来い。

 敵将であるバゼル・ガルストが誘う声が、バーゼンの耳にははっきりと聞こえていた。


「いいじゃろう、そちらの誘いに乗ってやろうではないか! この大軍をどういなすつもりか見せてもらおう!」


「第一軍、突撃!」


 バーゼンの指示を受けて、副官のサファリスが声を張り上げる。


『オオオオオオオオっ!』


 丘の上に陣取っていた帝国軍の一部が動き出す。横一面に並んだ帝国兵が丘の傾斜によって勢いをつけ津波のように押し寄せていく。


「高きは低きを制する。これは戦の基本である!」


 ザイン王国軍はブレイン要塞を背後にして、全軍が方形に密集した陣形をとっている。

 そんな王国軍に対して数で勝る帝国兵は横並びとなり、固まった王国軍を包み込むように広がっていく。

 坂道を勢いよく下った帝国兵が勢いのままに猛然と王国軍に襲いかかる。


「槍兵、前へ!」


「むっ!?」


 しかし、王国軍も黙ってやられてはいない。

 盾を構えていた前方の兵士が素早く後ろに下がり、その背後に隠れていた別の兵士が前方に出る。

 彼らが手に構えているのは4メートルもある長槍で、帝国兵が使用しているランスよりも倍近くの長さがあった。


「ぐうううううううううっ!?」


「と、止まれ! ぐああああああっ!?」


 下り坂の勢いのままに突撃していった帝国兵は、突如として出現した長槍に成すすべもなく串刺しにされてしまう。

 慌てて勢いを殺して停止しようとした兵士も後続の兵士によって押し出されてしまい、先に突撃した者と同じ運命をたどっていく。


「なるほどのう、そのための密集陣形か!」


 バーゼンが顔をしかめて唸る。

 密集して長槍を構えた王国軍には入り込む隙間がまるでなく、槍の壁となって立ちふさがっている。

 帝国兵が使用しているランスでは王国兵まで攻撃が届かず、騎兵など馬ごと串刺しになってしまった。


「高低差を逆手に取られるとはやられたわい! じゃが、すでに側面に兵士が回り込んでおるぞ!」


 正面から突撃した帝国兵は長槍の餌食となっているが、側面に回り込んだ部隊はいまだ健在である。方形に密集した王国軍を左右から挟み撃ちにする。


「弓兵、撃てえええええええっ!」


 しかし、そんな帝国兵へと雨あられと弓矢が降り注ぐ。

 王国軍を守るように放たれた矢の出所は、王国軍が背にしているブレイン要塞からであった。

 城壁の上に横並びになった兵士達が、要塞を守るように布陣している王国軍に援護射撃を放ったのである。


「クソッ! 王国兵め!」


「ぐっ、ぎゃああああああっ!」


「かかれ! 帝国兵を討ち取れ!」


 援護射撃によってひるんだ帝国兵へと、王国兵が槍を突き出す。

 兵士の数も練度も帝国兵が上だったが、上方からの矢に警戒しなければいけない状態で王国の密集陣形を崩すことなどできるわけがない。

 次々と帝国兵は数を減らしていき、残った者達は這う這うの体で後方へ引いていく。


「なるほどのう、籠城とは違う方法で要塞を使うとは……王国の将もやりおるわい!」


「おじいちゃん、私が出ようか?」


 思わぬ反撃を食らった帝国軍を見かねて、セイリアが不安そうにバーゼンへと声をかけた。

 先ほどまでは軍服を着ていた帝国皇女であったが、今は青銀色の鎧へと着替えていた。

 最高級のミスリルで鍛造された鎧は皇族のみが身に着けることを許されるもので、いかなる攻撃も通さない鉄壁の鎧であった。


「ほっほ、焦りなさるな。まだまだ戦は始まったばかりじゃよ!」


 バーゼンは溺愛する皇女を安心させるように好々爺と笑い、ゆったりとした手つきで顎髭を撫でつける。


「敵は予想以上に強固。痛手には違いないが、それも戦の醍醐味じゃよ。姫殿下はどっしりと構えていてくだされ」


「そう? だったら見てるけど……」


 バーゼンの言葉に頷くセイリアであったが、その顔にはどこか納得していない色が浮かんでいた。

 彼女の視線は王国軍の周囲に倒れている兵士の亡骸へと向けられている。

 形の良い唇はキュッと結ばれており、どうやら味方の兵士の死を必要な犠牲として受け入れ切れていないようであった。


(優しいお方だ。できることならこんな戦場に立つべきお立場ではないのじゃが……)


 セイリア・フォン・アルスラインという皇女は天真爛漫で誰からも好かれる人物である。聖剣に選ばれることがなければ、彼女はこんな血なまぐさい場所に立つことなく花を愛でて暮らす生活をしていたはずである。


(そしてゆくゆくは有力貴族の男に嫁いで……いかんのう、目に汗が)


 バーゼンは状況も忘れてそんな感傷に浸ってしまい、目頭を押さえながら咳払いをした。


「第一軍を後方へと下げよ! 第二軍は焦らずゆるりと敵を包囲、第三軍は丘に広がって弓を斉射せよ!」


 己の中に生じたわずかな迷いを振り払い、歴戦の老将は猛然と指示を飛ばす。


 空に燦然と輝く太陽はまだ天頂を通り過ぎたところ。

 戦いは始まったばかりであった。


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