35.決戦直前、要塞サイド
一方、ブレイン要塞では城壁の上でレイドールとガルストが並んで立っていた。
二人の眼下では王国軍の兵士達が陣形を組んでおり、帝国軍との野戦の準備を整えている。
「しかし驚いたな。よくもまあ外で戦う気になったものだ」
意外そうな口調でレイドールが言う。
戦争において数が多いほうが有利。そんなものはあえて説明するまでもなく、子供でもわかるような常識である。
これまで要塞に籠って守りの一手を打ち続けていた王国軍が、どうして今になって野戦に踏み出したというのだろうか。
「我々がこれまで籠城をしていたのは、それ以外に手段がなかったからですよ。王弟殿下」
相変わらず巌のように顔を引き締めながら、ガルストが答えた。
「野戦で戦ったとしても勝利の目はない。数は相手が上ですし、敵には聖剣保持者までいる。しかし、今は王弟殿下がおられます」
「随分と信用をしてくれるじゃないか。俺は人間相手の戦は初陣だぜ? 聖剣を使うのも今回が初めてだし、そんなに頼りにされるのはプレッシャーなんだけどな」
肩をすくめておどけた仕草をとっているレイドールを、ガルストはちらりと横目で一瞥する。
そして、わずかに声を潜めて説明を続ける。
「それでも、我等は殿下にかけるしか他にないのです。このまま籠城をしていても、いずれは王国は内側から腐り落ちますので」
「内側から……? 裏切り者でもいるのかよ」
「数えられないほどに。そして、これから先も増えていくでしょうな」
ガルストは表情を変えることなく言ってのける。
「宮廷内部に帝国と内通する者がいるのは確実。そして、帝国は王国各地の有力者に密偵を送り込んで調略を図っているようです。現時点でどれだけの裏切り者がいるかは判然としませんが、戦が長引くほどに帝国に寝返る者は増えるでしょう」
「なるほどな。それで帝国は本気で攻め込んでこなかったわけだ。わざと戦いを長引かせて、被害を出すことなくザイン王国を落とそうとしていたわけだ」
「然り。奴らがああして要塞の前に陣を張っているのは、あくまでも我らを引き付けておいて王宮を手薄にするためでしょう」
「へえ、まあ仕方がないことだな。貴族どもも生き残らなければいけないからな」
裏切りというのは忌むべき行為である。しかし、それを責めるつもりはレイドールにはなかった。
そもそも、王政というのは国王が領地と国民を守るがゆえに、特権をもって人々を支配する権利を許されているのだ。
国を守れなくなった時点で、それは敬うべき王としての価値はなくなってしまう。
貴族達にしてみてもそれは同様。彼らが大事なのは自分の家と領地であって、その安全を保障することができない王家のために命を賭けてまで仕える義理などないのだ。
「調略が進めばたとえ要塞を守り抜いたとしてもザイン王国は滅亡する。それを避けるためには、短期決戦で勝負をつけるしかありませぬ」
「ん、承知した。それで俺は何をすればいい?」
レイドールは冒険者としても王国随一といってもいい剣腕の持ち主である。それは剣の師であるザフィスが保証している。
しかし、戦においては初陣の新米兵士と変わらない。軍を指揮して動かすことなど、到底できる気がしなかった。
「殿下には息子――ダレンをつけまする。敵の聖剣保持者が出てきたらお願いいたします」
「聖剣保持者……たしか雷の聖剣を使うとか言っていたな?」
「は……雷を司る聖剣『クラウソラス』。その使い手は、帝国第三皇女であるセイリア・フォン・アルスラインです」
「皇女……女なのか!?」
初耳の情報にレイドールが目を見開く。
勝手な想像でガルストのような屈強な戦士が聖剣を振るっている姿を想像していたのだが、どうやら大きく異なっていたようである。
「女とて油断なされるな。あの娘のせいでバルメス要塞は陥落して、王国軍はここまで押し込まれているのです」
ガルストの巌の顔がわずかに動く。悔しそうに、無念そうに唇を歪める。
「どれほど策を張っても、どれほど用心を巡らせても、まるで蜘蛛の糸を枝で払いのけるように容易く打ち破ってしまう……忌々しい限りですが、あれぞまさに英雄でしょう」
「へえ……さすがは聖剣保持者。やってくれるじゃねえか」
レイドールが面白そうに口の端を吊り上げる。
辺境の開拓都市では幾度も強力な魔物に遭遇して、時に命の危機さえ迎えたことがあった。しかし、これから相まみえるであろう帝国の英雄は、間違いなくこれまでで最強の敵に違いない。
「だけど、ここには俺がいる。英雄は一人じゃないってことを帝国の連中に教えてやるさ」
それでもレイドールには恐怖も緊張もまるでなかった。
どれほどの強敵が立ちふさがったとしても、今の自分ならば決して負けることなどありえない。
油断や慢心としか思えない傲然たる態度に、隣に立つガルストは頼もしさと危機感を同時に覚えた。
(負けるはずがない。今の俺にはこいつがいるんだからな)
レイドールは腰の聖剣を手で撫でる。
5年の歳月を経て再会した主の呼び声を受けて、漆黒の剣が小さく脈動をした。
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