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33.将軍の忠義

 レイドールがブレイン要塞に到着したのは、王都を出立した翌日のことだった。

 ブレイン要塞はどうやら何度か攻撃を受けたらしく、生々しい襲撃の傷跡が残っている。


 帝国軍は少し離れた丘の上に陣地をつくっていた。幸いなことに要塞は包囲されてはいないようで、西側の門から堂々と中に入ることができた。


「よくぞお越しくださいました。レイドール王弟殿下」


 要塞に入って真っ先に出迎えてくれたのは、ブレイン要塞を守護している部隊の長であり、ザイン王国の将軍であるバゼル・ガルストであった。


「ああ、久しぶりだな。ガルスト将軍」


「ええ、お久しぶりです。殿下」


「…………」


「…………」


 レイドールには言いたいことが山ほどあった。

 ガルストには言わなければならないことが山ほどあった。


 しかし、二人はそれを口に出すことはなく真っ向から視線をぶつけ合う。

 にらみ合う二人からただならぬ雰囲気を感じ取り、レイドールの背後でネイミリアとダレンの二人が表情を硬くする。

 二人は数十秒ほど睨み合い――


「ふんっ」


「うむ……」


 やがて、どちらともなく目を逸らした。

 レイドールは皮肉そうに冷笑を浮かべて鼻を鳴らし、ガルストは巌のような相貌をわずかに緩める。


「随分と立派になられましたな。見事な戦士の面構えでございます」


「そちらは少し老いたようだな? そろそろ引退を考えたほうがいいんじゃないか」


「ふっ、この戦いが無事に終われば考えましょう。それでは奥へどうぞ」


 追放された王子と、追放にかかわった将軍の再会は辛うじて和やかな空気のままに終えられた。

 ネイミリアが魔法を撃つ準備をしていた右手をそっと下ろして、ダレンもまた安堵の息を吐きながら髪をかき上げる。

 レイドール達一行はガルストの案内で要塞にある一室へと通され、勧められるがままに椅子に腰かけた。


「さて……改めて、はるばる辺境からの応援に心より感謝を申し上げます」


「構わん、報酬は兄からたっぷり搾らせてもらう予定だからな」


「さようでございますか」


 どっかりと椅子に腰かけたレイドールは、当然のようにテーブルの上に両脚を乗せる。

 対面に座っているガルストへと足先が向けられる形になったが、年配の将軍は無礼すぎる態度をさらりと流す。


「それで、戦況はどうなっている?」


「帝国軍は一月前に北方国境であるバルメス要塞を攻め落とし、それから東方の貴族の平定を行っています。ブレイン要塞へと攻め込んできたのは一週間ほど前です」


 将軍の口から語られたのは、事前にダレンから聞いていたのとほぼ同じ内容である。初耳だったのはそこから先の内容だった。


「この一週間の間に帝国は三度、要塞へと攻撃を仕掛けています。今のところは大きな被害もなく持ちこたえることができています」


「たった三回? 随分と悠長に攻めてるじゃないか」


 レイドールは眉を怪訝に吊り上げてぼやいた。

 要塞に到着するまで、レイドールはブレイン要塞が敵に包囲されて日夜激しい攻撃を受けているものだと予想していた。

 しかし、着いてみれば帝国軍は離れた丘の上に陣地を構えており、たったの三回しか攻撃を仕掛けてないとのことだった。

 それは悠長を通り越して愚鈍とすら呼べる侵略速度である。


「お考えはもっともです。ただ、帝国軍には彼らなりの考えがあるようですな」


「ふむ?」


 レイドールは思案げに腕を組みながら、ガルストに先を促す。


「どうやら、帝国軍は兵の消耗を嫌っているようです。短期間で無理に要塞を攻め落とそうとすればそれだけ大きな被害を出してしまいます。それを避けて、あえて長期戦に臨んでいるようですな」


「長期戦ねえ。理屈はわからんでもないが、無駄に戦を長引かせても兵糧を失うだけだろう。それに、このままだと冬になっちまうぜ?」


 過去に何度か帝国はザイン王国に攻め込んできていたが、いつも冬になる前に引き上げていた。

 秋の農繁期にはどうしても人手が必要になってしまうし、冬になれば寒さのせいで軍は身動きが取れなくなってしまうからである。

 ザイン王国はそれほど雪が降る地域ではないものの、帝国は冬になれば必ずと言っていいほど雪化粧となる。兵糧の補給路を雪で断たれれば、軍は飢えて枯れるのを待つばかりとなるだろう。


「殿下のおっしゃりようはごもっとも。しかし、この場合はそうはいかぬのです」


 ガルストは忌々しげに首を横に振った。


「帝国軍はすでにバルメス要塞を抑えて自軍の拠点として扱っています。冬になったところで、拠点があれば寒さをしのぐことも容易いでしょう」


 ガルストはテーブルの上に地図を広げて、その中央にある国境の要塞を人差し指で叩いた。

 そして、次にバルメス要塞からブレイン要塞の間にある王国東部一帯を囲むように指で円を描く。


「さらに、帝国軍はすでに王国東部を占領下においています。支配下に置いた地域から徴収すれば、兵糧を本国から運び込む手間もなくなりましょう。帝国軍は無理に兵を失ってまで短期決戦に臨む理由はないのですよ」


「なるほどな……冬が来たら王国東部は地獄だな」


 レイドールは帝国軍から容赦なく略奪を受ける村々を思い浮かべて、同情するように頭を振った。ガルストも同意するように重々しく頷く。


「そうならないように我々は殿下をお迎えしたのです。レイドール王弟殿下……殿下が我々に対してお怒りなのはもっともと存じます。しかし、我等はもはや貴方のお力に縋るほかに道はないのです。どうかザイン王国を守るためにお力添えくださいませ」


「父上……」


 ガルストはテーブルに頭がつくほど深々と下げた。厳格な父親の神妙な姿に、息子のダレンが目を見開いている。


「…………」


 レイドールは頭を下げ続けている将軍の後頭部を見つめながら、瞳をわずかに細めた。


「……グラナードも初めからそうして神妙な態度をとってくれれば、俺達はまだ兄弟でいられたのかもしれないんだがな。今さら言っても仕方がないか」


「ご主人様……」


 虫の羽ばたき程の小声でつぶやかれた言葉は、傍にいたネイミリアにしか届かなかった。メイド服の少女は気遣わしげに主の服の端をつまむ。


「ん……」


 レイドールは大丈夫だといわんばかりに自分の服をつまんでいる少女の手を叩き、ガルストへと向き直る。


「力を貸すのは構わない……ただ、そうだな。あんたはちゃんと頭を下げて謝罪してくれたからこちらも誠意を見せよう。ガルスト将軍、貴方が一つ条件を受け入れてくれるのならばそちらの願いをかなえよう」


「なんなりと」


 レイドールの言葉にガルストは間髪入れずに応える。頭を下げたままの将軍の律義さに感心しながら、レイドールは要求を突きつける。


「この戦いが終わっても俺の敵にならないで欲しい。それだけだ」


「それは……」


「無論、俺は兄貴との契約があるから将軍が要求を呑まずとも帝国とは戦うつもりだ。しかし、将軍が約束してくれるのならば、一切の手抜かりなく最小限の被害で勝利をもたらすと約束する。この聖剣に誓ってもいい」


「…………」


 ダーインスレイヴの柄を撫でながら言い放ったレイドールを、ガルストは厳しく顔を歪めて見返した。

 もとよりガルストにはレイドールと敵対する意思はない。しかし、あえてそれを念押しするということは、レイドールがガルストを敵に回しかねない何かをしでかすということである。

 その言葉の裏に隠された意味を悟り、ガルストはしばし懊悩する。

 忠義と誠実さ、武人の誇り、帝国への反抗心。様々なものを頭の中で天秤に乗せて葛藤し、やがてガルストは一つの答えを導きだした。


「私は王国に仕える武人です」


「そうか」


 レイドールは皮肉そうに唇を吊り上げる。交渉が失敗したかと視線を逸らす。

 しかし、ガルストの言葉には続きがあった。


「けれど……仕える国が無くなってしまえば忠義もなにもありません。殿下が国を救ってくださるのでしたら、殿下にグラナード陛下と等しい忠義を捧げましょう」


「ほう……」


 王と等しい忠義。

 それは即ち、レイドールがグラナードと争うことになった場合には、どちらにも付くことなく中立を保つという意思表示である。


(王国最強の将が敵に回らないでいてくれるなら、それだけでかなりやりやすくなる。十分な成果だな)


「いいだろう。このレイドール・ザイン、誓って王国軍に勝利をもたらそう。帝国の聖剣保持者などに、決して後れはとるまい」


 レイドールは椅子から立ち上がり、毅然と勝利を宣言する。

 ガルストは床に膝をつき、深々と頭を下げて英雄となるであろう青年に忠義を捧げた。



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