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32.聖剣使いの出征

 兄王グラナードと謁見をして聖剣を取り戻した翌日、レイドールはさっそく帝国との戦いの舞台であるブレイン要塞へと出発した。


 レイドールのお供についているのは、王都にやって来たときと同じくダレン・ガルスト千騎長とその部下の兵士である。

 グラナードは見送りに出てくることさえなく、城にこもったままだった。


「それは当然でしょう。昨日はあんなことがありましたからな」


「かもしれないが……嘘でも表を取り繕うのも王の責務だと思うけどな」


 レイドールは今日も馬車の中でダレンと顔を合わせて戦場に向かっていた。

 出征するのだから馬車ではなく騎乗していくべきだと思うのだが、どうやらそれはグラナードが反対したようである。

 どうやら、グラナードは名実ともに聖剣保持者となったレイドールが民衆の目にさらされるのを極力避けたがっているようだった。


「そんなに怖がらなくてもいいのにな。アレの怯えようは異常だよな」


「また国王をアレなどと……」


 ダレンはレイドールの暴言に顔をしかめながら、口で何を言っても無駄だと悟ったのか首を振った。


「……陛下は建国王を慕っておられますから。それだけ聖剣の力を重く見ているのでしょう」


「ふんっ……そのために弟を追放したくらいだ。さぞや重く見てるんだろうな」


「……ところで、どうして今日もメイドをお連れなのですか? さすがに危険だと思いますが?」


 話を変えたかったのだろう、ダレンはレイドールの隣に腰かけているネイミリアへと目を向けた。

 戦地に赴くということもあってレイドールは鎖帷子と鎧に身を包んでいるが、ネイミリアは昨日と変わらずメイド服姿である。


「エプロンドレスはメイドの戦闘服です! 戦場に行くなら、これ以上の服などありません!」


「いえ、服装ではなく、そもそもどうして貴女がいらっしゃるのかと聞いているのですが……」


「ネイミリアのことは心配いらない。それよりも戦の話をしようぜ」


 レイドールは無駄な会話を中断して本題を切り出した。


「まずは王国軍の現状から話してくれ。帝国に追い詰められているって聞いているが、具体的にどれくらいの戦力差があるんだ?」


「そうですね……まずは王国軍の戦力ですが、ブレイン要塞に詰めている兵士の総数は一万。その指揮はわが父、バゼル・ガルストがとっています」


「…………」


 バゼル・ガルストという名前にレイドールの片眉がピクリと動く。それはかつて己を追放した人物の一人であった。

 ダレンはそんな王弟の変化に気がついていたが、蛇が潜んでいるとわかっている藪をつつくこともないだろうと話を続ける。


「対する帝国軍の戦力は五万。そのうち二万は東方に領地を持つ貴族の鎮圧に向けられているため、要塞を攻めている兵は三万。兵力差は三倍ということになります」


「なるほど……それは想像以上にやばそうじゃないか」


 援軍の当てもなしに三倍の兵力差の相手に籠城を強いられるなど、要塞にいる兵士にしてみれば悪夢のようなものだろう。

 それだけ戦況が切迫しているのであれば、疎まれて辺境送りになっていたレイドールが連れ戻されるのも無理はないことである。


「しかし、わからないな。そんな首の皮一枚の状態でどうしてグラナードは動かない? なぜ王都にこもったまま戦場に出ようとしないんだよ」


 それはかねてからの疑問であった。

 国王が安全な場所に待機して危険な戦場に出ない。それは当然のように思えるが、国が滅びかけている現状では悪手であった。

 国王が最前線に赴けばそれだけ兵士の士気も上がるだろうし、王の護衛である近衛兵も動員することができるため戦力は格段に上がる。

 どうせブレイン要塞を抜かれれば王都が落とされるのは時間の問題なのだ。下手に戦力を温存などせず、一気に投入するべきではないだろうか?


「それは……」


 レイドールの疑問にダレンが言葉を濁す。逡巡するその表情を見れば、この若き千騎長が同じ考えを持っていたことは明白だった。

 ダレンはしばし迷って黙り込んでいたが、自分に向けられるレイドールとネイミリアの視線に、やがて諦めたように口を開いた。


「……国王陛下は決して臆病者ではありません。しかし、あのお方は聖剣を極端に恐れています」


「はあ?」


「ブレイン要塞が包囲された当初、グラナード陛下は自ら御親征あそばされることを提案されました。しかし、敵に聖剣保持者がいると聞いてからというもの、出征を取りやめて王宮にこもってしまいました」


「私は戦争のことはわかりませんけど、どんな敵であったとしても国のために最善を尽くすのが王様の務めなのではないでしょうか?」


「…………」


 ネイミリアが首を傾げて尋ねると、ダレンは顔を俯けた。


「……あのお方は、聖剣の影に憑かれているのです。己が聖剣に選ばれなかったために、聖剣保持者に対して極端なほどの恐怖と敵愾心をお持ちなのです」


「……迷惑な話だな。聖剣がアレに何をしたっていうんだか」


 レイドールは皮肉そうに唇を歪めて吐き捨てる。

 聖剣を敵視しているがゆえに実の弟を排斥して、恐怖しているがゆえに戦場に出ようとしない。

 聖剣が絡むと、あの兄はとんだ愚王になってしまうようである。


「国を守るためとか言って弟を捨てておいて、その国を守るために死力を尽くせないとか何の冗談だよ。それで玉座につく資格があるとか思ってんのかね?」


「国王陛下は……有能なお方です。少なくとも、政に関しては」


 ダレンが言い訳にもならない擁護をする。

 必死な様子で言い募る騎士にそれ以上の非難をぶつけても仕方がない。レイドールは不機嫌に顔をしかめたまま、馬車の窓から顔を出した。


(聖剣は人の力を超えたもの。それを恐れるのは人として正しい。だけど……)


 レイドールは手を伸ばして、腰にいた漆黒の剣の柄に触れる。

 戦場が近づいてきているのを感じ取っているのか、ダーインスレイヴは火であぶられたように熱を放っていた。


(聖剣に選ばれたから王になるんじゃない。王となるべきものだから聖剣がそれに応えるんだよ。グラナード……もしもお前が真に王の器の持ち主ならば、ダーインスレイヴは最初からお前を選んださ)


 レイドールの手の中で、漆黒の聖剣が小さく脈動して肯定した。



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