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30.帝国の皇女

 アルスライン帝国。

 200年前に『破滅の六魔女』の一人によって引き起こされた大戦災の後、いち早く復興を進めて周辺諸国を併合し、大陸中央の覇者となった大国。


 かの国が大陸制覇という見果てぬ野望を抱くことになったのは、ほんの数年前のことである。

 大国ではあったものの、それ以前の帝国はどちらかと言えば保守的な体制をしており、武力で周辺国を侵略するよりも、すでに持っている富を失わないように尽力していた。

 ただでさえ、大国となったことで多くの敵を作ってしまったのだ。

 大陸南方の亜人国や東方のギルド連合国をはじめとして、帝国を脅かす勢力は少なからず存在している。

北方にある神皇国とは同盟関係にあるものの、国家間の同盟などいつ破棄されるかわからないもので信用できるか定かではない。

 迂闊に戦争を引き起こしてしまえば、彼らに付け入る隙を与えて四方に敵をつくることになりかねないのだ。


 そんなアルスライン帝国を大陸制覇に駆り立てたきっかけは、帝国が所有する三本の聖剣である。


 炎の聖剣『デュランダル』

 氷の聖剣『ギャラルホルン』

 雷の聖剣『クラウソラス』


 その三つの聖剣の加護を受ける保持者がほぼ同時期に現れたのだ。

 聖剣の保持者は数十年に一度現れるかどうかというもので、これまでもそれぞれの聖剣に保持者が出現することはたびたびあった。


 しかし、三本の聖剣に同時に保持者が選ばれることは、帝国建国以来、初めてのことである。

 時の皇帝であるザーカリウス・ヴァン・アルスラインはこれを帝国の始祖神からの思し召しであると判断して大陸統一に踏み切ったのである。


 ザーカリウスの命を受けて、帝国軍は東方のギルド連合国、北方の亜人国、そして西方のザイン王国へと同時侵攻を開始した。

 聖剣という強力な兵器の力を借りた侵略は順調に進んでおり、西方のザイン王国にいたっては、すでに王都を守る最後の要塞にまで帝国軍が押し寄せていたのだった。




「さすがに固いな。敵も粘ってくれるではないか」


「ここはザイン王国の最後の砦ですからね。王国の奴らも必死なのでしょう」


 ザイン王国の王都手前にある『ブレイン要塞』を遠くに見据えて、二人の男が固い顔つきで言葉を交わしている。

 白髪の混じった老人と、それよりはいくらか若い壮年の男性である。


「うむ、しかし陥落も時間の問題。もはや一月は持つまい」


 重々しく口を開く老人の名前はグラコス・バーゼン中将。

 アルスライン帝国軍西方侵攻軍の最高責任者であり、50年近くも帝国のために戦い続けている老将である。


「はい、ここを落としてしまえば王国は丸裸も同然。焦らずじっくり攻めましょう」


 そして、老将の言に応える男の名はダラス・サファリス大佐。

 同じくアルスライン帝国軍西方侵攻軍に所属している将で、バーゼンにとっては信頼できる副官であった。


 帝国軍の陣地であるその場所には多くの兵士が行き来している。

大陸一の練度を誇る帝国の兵士はいずれもきびきびとした無駄のない動きで戦いの準備を進めている。


 今から1月前、アルスライン帝国軍は西方のザイン王国へと侵攻を開始した。

 王国とは過去に幾度か小競り合い程度の戦いをしているものの、本格的な侵略はこれが初めてのことである。

 ザイン王国は国の規模こそ帝国の十分の一ほどしかないものの、弱国かと聞かれれば決してそうではない。

 山地の多い地形をうまく使った守りの戦にはかねてより定評があり、今回の侵攻にもかなり時間がかかるものと見積もっていた。


 しかし、実際に戦いが始まってしまえば、攻め込んだ帝国のほうが驚いてしまうほどに侵略は順調に進んでいた。

 国境の要所であるバルセオ要塞をわずか2週間で陥落させ、さらに2週間で王国北方に領地を持つ貴族のほとんどを服属させた。


 そして、いよいよ王都を守る最後の守りであるブレイン要塞へと帝国は攻め込み、実質的な王手を決めていた。


「まさかこれほど早く事が運ぶとは思いませんでした。長年の敵である王国がこれほど容易く……」


 サファリスがどこか呆れたように溜息をついた。

 十年ほど前にも一度、帝国はザイン王国に侵攻をしたことがあるが、そのときは国境の砦を落とすことすら叶わなかった。

 若かりし頃のサファリスもまた過去の侵攻に参加しており、苦々しい敗戦の記憶として残っていた。


「ふむ……恐るべしは聖剣ということか。たった一人の人間が戦況を決定的に変えてしまうとは、まさに英雄よ」


「そうですね……まさに英雄……」


 誇らしげなバーゼンに対して、サファリスの顔はどこか渋い。

 自分達が散々苦労をして落とせなかった要塞を、これほど簡単に攻略してしまった聖剣保持者に対して複雑な感情を抱いているのだ。

 そんな副官の態度に、バーゼンは気安げに肩を叩く。


「そう気を落とすな。お前も知っているだろうが、殿下は快活で裏表のない御仁だ。鬱屈した感情を向ける相手としては向かぬぞ?」


「それは……もちろん存じ上げておりますが……うっ!?」


 上官の慰めに眉尻を下げるサファリスであったが、遠くからこちらに走ってくる人物の姿に表情を引きつらせる。

 その人物は飛ぶような速さで帝国軍の陣地を駆け抜け、シュタッと音を立てて二人の前に着地する。


「もうっ、二人ともこんなところにいたんだ! 探しちゃったじゃない!」


「おお、これは姫殿下。どうされましたかな?」


「…………」


 新たな闖入者の登場にバーゼンが双眸を優しそうに緩め、サファリスは頬を引きつらせた。


 現れたのは17、8歳ほどの年齢に見える女性である。

 帝国の男性士官用の軍服を身に着けた彼女は、二人の前で落ち着きのない子供じみた動きで身体を跳ねさせた。

 背中で金髪がバサバサと羽のように踊るが、それすらも気にしていないようであった。


「戦の話をするのなら私も呼んでって言ったじゃない! また私をのけ者にして、意地悪なんだから!」


 少女は「怒ってるぞ!」とばかりに頬を膨らませ両手を振り回した。そんな子供っぽい仕草を見せる彼女の腰には一本の剣が差されている。


 彼女の名前はセイリア・フォン・アルスライン。

 帝国第三皇女であり、雷を司る聖剣『クラウソラス』に選ばれた聖剣保持者であった。


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