3.開拓都市
そして――レイドールが王都を追放されて、五年の歳月が流れた。
「撃てえええええええええええっ!」
ザイン王国南方にある開拓都市レイドにて、怒号と轟音が鳴り響いて空気を震わせる。
城壁に立った男が野太い声を張り上げて命じる。放たれた弓矢が雨のように敵の頭上に降り注いだ。
「ゴアアアアアアアアアアアアッ!」
全身に矢が突き刺さり、二本足の猪が断末魔の悲鳴を上げる。
開拓都市の南側には、魔物の襲撃を防ぐためにレンガと木材で建てられた重厚な防壁が築かれている。その防壁を乗り越えんと迫ってきているのは人身猪面の魔物であった。
大陸全域に広く生息する獣人系の魔物であるオーク。その変異種の『カタストロ・オルグ』である。
赤黒い体毛を持つカタストロ・オルグは通常のオークよりも一回り以上は身体が大きく、腕力に至っては数倍にも達している。
それが数十匹も防壁へと押し寄せているのだ。小さな町であれば一晩で壊滅してしまう規模の災厄であった。
「チッ……まだ迫ってきやがるか!」
防壁の上で指揮を執っていた中年の男が舌打ちをした。
男の名前はザフィス・バルトロメオ。開拓都市を守る戦力である『冒険者』の中心人物であり、開拓都市を守り続けてきた歴戦の勇士である。
大量の矢を打ち込んだにもかかわらず、依然としてカタストロ・オルグは勢いを落とすことなく防壁の外に張り巡らせた木の柵を壊している。
「撃て! 撃ち続けろ! 手を休めるんじゃねえぞ!」
『おうっ!』
ザフィスが声を張り上げると、弓を構えている冒険者達が次々と矢を放っていく。
ただの弓矢では分厚い筋肉を持つカタストロ・オルグには致命打とはなりえない。しかし、弓矢には一本一本に魔物の毒が塗られており、強靭な生命力を持つオークの変異種にも有効なはずである。
カタストロ・オルグの出現からすでに丸一日、ひたすらに矢を打ち込んでいるにも拘らず、依然としてカタストロ・オルグの勢いは弱まらない。
このままでは柵を破壊して防壁までたどり着いてしまう。
防壁の外には空堀が掘られているが、カタストロ・オルグの身体能力であれば容易く乗り越えて防壁を突き破るに違いない。
「このままじゃジリ貧だな……どうするか」
ザフィスが奥歯を噛みしめて苦々しく唸った。
ザフィス・バルトロメオという男はもともと大陸中央にある帝国で冒険者として活動しており、仲間とパーティーを組んでドラゴンを討ち取ったことすらある豪傑である。
しかし、そんなザフィスをもってしても、目の前に迫りくる災厄の群れは冒険者生涯で指折りの危機であった。
「連中が防壁にたどり着く前に女子供を外に逃がすぞ。退避の準備をしておけ!」
「ぎ、ギルドマスター。それは……」
開拓都市を捨てるという事実上の敗北宣言を受けて、冒険者の一人が悔しそうに表情を歪める。
開拓都市レイドに集まっている冒険者は、何らかの理由で故郷に居場所を失くしてしまった流れ者ばかりである。
彼らにとってこの町は最後の居場所であり、第二の故郷といってもよい場所だった。そこを捨てるという宣言は容易く受け入れられるものではない。
そんな冒険者の内心を汲んで取り、ザフィスはニカッと気の良い笑みを浮かべる。
「もちろん、俺は最後までここに踏みとどまる! ここが俺の墓場だ!」
「へい、俺もお供しやすぜ! 親分!」
「親分じゃねえ。ギルドマスターと呼べよ!」
ザフィスは投げ槍を手に取って全力で投擲する。砲弾のように打ち放たれた投げ槍はカタストロ・オルグの一匹の腹部を貫き、膝をつかせることに成功した。
「さあ、野郎ども! ここが地獄。ここが修羅場だ! 血の一滴まで振り絞って、最後までここで……」
「ギルドマスター!」
「踏みとどま……なんだよ、こんな時に!」
ザフィスの口上を途中で断ち切ったのは、避難する住民の誘導をしていた若い冒険者である。
いざとなったら女子供を連れて逃げるように命じていた若者の登場に、ザフィスの眉間にシワが寄る。
「ジャン! テメエ、なんで戻ってきやがった! 逃げろといって……!」
「領主様がお戻りになりました! 今、こちらに向かっています!」
「おお、マジか!」
『領主』という言葉を聞いて、ザフィスが目を輝かせる。
周りの冒険者達も口々に喜びの声を上げて、先ほどまでの死を決意した神妙な空気が吹き飛ばされる。
「ははっ、遅いお帰りじゃあねえか! さすがは王族様は違いやがるぜ! 随分ともったいぶってくれるじゃねえか!」
「悪かったな。ノロマで偉そうな王族でよ!」
「おおっ!?」
悪態をつくザフィスの横を疾風のような影が走り抜けた。
熟練の冒険者であるザフィスでさえ目で追うのがやっとの速度。思わず目を剥いて背後を振り返る。
振り返った先には、城壁に積まれた石を足場にして黒衣を身に着けた銀髪赤眼の青年が立っていた。
「待たせたな! よくここまで保たせてくれた!」
青年が腰に差した剣を抜き放ち、天へと向ける。
そのあまりにも威風堂々たる存在感に、弓を構えていた冒険者はもちろん、防壁へと迫っていたカタストロ・オルグでさえ立ちすくむ。
「領主様……!」
「ああ……来てくれたのか!」
「俺達の領主様! 我らが大親分!」
「来るに決まってるじゃねえか。この町の領主であるこの俺が、町の危機に現れないわけがないだろうが!」
剣を天に掲げた青年は己に集まった希望の称賛に応えて、好戦的に唇を吊り上げて笑う。
そして――剣を振り下ろして防壁の外へと切っ先を向ける。
「このレイドール・ザインが治める町を攻めておいてタダで帰れると思うなよ! 一匹残らず切り刻んで、皮も肉も剥ぎ取って財布の肥やしにしてやる!」
傲然と言い放ち、銀髪赤眼の青年レイドール・ザインは大きく跳躍して防壁から飛び降りた。
その雄々しくたくましい姿からは、五年前に王都を追放された時の弱弱しさは微塵も見られない。
我こそが英雄――そう言わんばかりに敵に躍りかかった。
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