242.自称嫁・降臨
アテルナ王国の戦後処理について話し合いを終えたレイドールは、その足で王都内部にある広場へとやってきた。
そこには数百人ほどの兵士が天幕を張って駐屯しており、飯時が近いため、あちこちで煮炊きをしている。
彼らが着こんでいる鎧はザイン王国のものではない。ザイン王国の東にある隣国……アルスライン帝国の国章が刻まれていた。
「セイリアはいるか?」
「これはレイドール殿下!」
兵士の一人に声をかけると、若い男の兵士が慌てた様子で立ち上がる。
「セイリア殿下でしたら、今は外出しております!」
「外出? どこにだ?」
「場所はわかりませんが……ええっと、黒い髪のメイドが……」
「いや、もういい」
困った顔をしている兵士の説明をレイドールは手で遮った。
「……ウチのメイドがそっちの指揮官を連れ出して悪いな。迷惑をかける」
セイリアは一時的に捕虜としてザイン王国に滞在しており、その際にメイドのネイミリアと親しい関係になっていた。
二人の間には男のレイドールには踏み入れない絆のようなものがあって、再会してからもたびたびあっているようだった。
「いえ、別に謝っていただく必要はありません。それに……我が軍の指揮官はセイリア殿下ではありませんから」
「ん? そうなのか?」
てっきり、セイリアが指揮官だとばかり思っていたのだが……戦後処理が忙しくて帝国軍とも挨拶を交わす程度しかできておらず、その辺りの説明が不十分になっていた。
同盟国が駆けつけてくれたのだからもっと礼を尽くすべきなのだろうが……アルスライン帝国軍は事前に断りもなくザイン王国の国境をまたいで、この国まで駆けつけている。
助けてもらった感謝はあるものの、事前に通すべき礼儀を通していないのは帝国も同じ。どう対処して良いかレイドールにとっても悩ましいところだった。
「だったら、本当の指揮官に挨拶させてもらおうか。今はいるのか?」
「はい、あの御方でしたら……」
「私ならばここにいるぞ!」
「は……?」
高々とした返事が、まさに高い場所から降ってきた。
上からかけられた声にレイドールが顔を上げると、広場の近くにあった時計台の屋根の上に人影がある。
「私こそがアルスライン帝国軍が妖精兵団の長、アルクス・ラインマキナ=アマルトゥ・アルスラインである!」
「…………」
レイドールは屋根の上に立っている女……どう見ても、年端のゆかない子供にしか見えない少女を見上げ、傍にいる兵士へと問いかけた。
「…………あれは」
「えっと……あの御方が指揮官です」
兵士が申し訳なさそうに表情を曇らせる。
どうやら、こちらも苦労をしているようだった。
「『アルスライン』ということは帝国の皇族なのか? それに『アマルトゥ』って……?」
レイドールの記憶が確かならば、大陸南部にある亜人連合国の一つであり、エルフが治めている国の名前だったはず。
亜人差別が激しい帝国とは敵対関係にあるはずなのだが……。
「とう!」
「あ!」
レイドールが考え込んでいると、アルクスと名乗った少女が時計台の屋根を蹴った。
クルクルと回転しながら落下してきたアルクスは、フワリと重力を感じさせない動きで地面に着地した。
見るべきものが見れば、アルクスが風の魔法によって落下速度を緩めて、衝撃を消したことがわかるだろう。
レイドールの前に降り立ったのは、奇妙な風体の少女である。
エメラルドのような澄んだ緑色の髪をおかっぱにしており、肌はスベスベな真珠のよう。蒼穹のような青い瞳はまるで空の色を反射しているようだ。
そして、何よりも目を引いてくるのは左右の耳。尖った耳は亜人種族であるエルフによくみられる特徴だった。
「そなたが我の夫か! レイドール・ザイン殿!」
「夫……?」
「そうとも! 我が父……帝国皇帝ザーカリウスから、貴殿に嫁ぐようにと命令を受けている! これからよろしく頼むぞ、我が夫よ!」
「…………」
レイドールは眉をひそめた。
そんなことは欠片も聞いていない。いくら帝国が今のザイン王国から見て宗主国にあたるとはいえ、事前の話し合いも無しに一方的に結婚相手を決めるなどと乱暴ではないか。
「……本当に帝国皇帝がそれを命じたのか?」
「ウム! 我が父は『婚約の話は折をを見て話し合って進めるので、それまで自由にしているように』との命を受けている! ゆえに、自由に婚約者に会いに馳せ参じた!」
「……それは絶対に命令を履き違えているだろう」
破天荒な口ぶりと行動力は帝国皇帝であるザーカリウスにも通じるものがある。
外見は全く似通っている部分はないが、性格的にはセイリアよりもよっぽど血のつながりを感じさせた。
「婚姻のことはともかくとして……今回の援軍には感謝しよう。おかげで被害を軽微に抑えてアンデッド軍を討滅することができた」
「ウム、アルスライン帝国とザイン王国は盟を誓った中である。気に召されるな!」
レイドールが礼を言うと、アルクスはカラカラと快活な笑いをこぼす。
「こちらの方こそ、何の報告もなく勝手に来てしまって申し訳なかったな! 許してくれ!」
「許すも許さないもないが……そもそも、どうやってザイン王国の国境を突破してきたんだ? いくら宗主国とはいえ、無条件で素通りできる物じゃないだろ?」
「国境は通ってはいない。『妖精郷』を通って来たのでな!」
「妖精郷って……」
妖精郷……『アヴァロン』というのは、人ならざる妖精が棲むとされている世界であり、おとぎ話などでたびたび登場するものだった。
あくまでも伝説上の存在であり、実際にあるものだとは認識していなかったのだが。
「妖精郷に入ることができるのはエルフをはじめとした妖精を友とする種族。あるいは、我らのような混血だけだからな。実在を疑う者が多いのも仕方があるまい」
「やはり混血児だったのか……耳や髪の色からそうだとは思っていたが」
「我だけではない。此度の援軍に駆けつけた軍勢……『妖精戦団』はいずれもエルフの血を引いた混血ばかり。帝国に於いては『汚れた血』などと侮蔑されている者達だな」
「そうなのか?」
レイドールが近くにいる兵士を確認すると、若い男性の兵士が兜を外す。
そこに隠れていた耳はアルクスほど顕著ではないが尖っており、エルフの血族であることがわかった。
「帝国は長年、亜人と争いを続けている。捕虜として連れて帰ったエルフが人間と交わり、産み落とされた子供達……『妖精戦団』は我が父の許可を得て、差別されている彼らを集めて生み出した部隊だ」
愛情の有無を別として……捕虜として連れさらわれた女性が辱めを受け、子を孕んでしまうことは珍しくもない。
捕虜が産んだ子供はただでさえ差別されるもの。それが亜人の血を引いているとなればなおさらなのだろう。
「混血の立場向上のためか……」
「ウム……そのつもりで作ったのだが、やはり帝国国内では分が悪くてな。手柄を挙げられるような戦場には従軍が許されず、戦地に赴くことができたとしても肉壁として使われそうになっている。そこで……我は一つの妙案を思いついた」
「……言ってみろ」
レイドールが促すと、アルクスは「フフンッ!」と得意げに無い胸を張った。
「エルフに限らず、混血が安息して暮らせる楽園を手に入れること。例えば、住民が魔物やアンデッドに皆殺しにされて土地が空いている場所などだな!」
「……なるほど、それで恩を売りに来たわけか」
レイドールはアルクスの意図を理解した。
どうして、妖精郷を通ってまで、頼んでもいない援軍にやってきたのかも。
「お前達の目的はザイン王国軍とアンデッド軍との戦いに割って入り、武功を立てること。その恩義をもってして、自分達に土地を寄こせというつもりだろう?」
レイドールの言葉にアルクスは満面の笑みを浮かべたのだった。




