241.戦後処理
かくして、レイドール率いるザイン王国軍と魔女オスマン率いるアンデッド軍との戦いは幕を下ろした。
結果はザイン王国軍の大勝利。
『土』の魔女であるオスマンは討たれ、配下である『終末の四騎士』は残らず斃された。
アンデッドの兵士は多くが討伐されたものの、倒しきれなかった一部がオスマンの支配から解き放たれてどこかに消えてしまった。
アテルナ王国の王都を占領したザイン王国軍は、討伐隊を結成してアンデッド狩りを行っている最中。王都とその周辺を彷徨っていたアンデッドは一掃されて、今は地方の村や町を順番に回っている最中である。
「魔女も四騎士もいなくなったが……『国破れて山河在り』か。酷い有様だな」
廃墟と化した王城の一室から都の街並みを見下ろし、レイドールは神妙な溜息をついた。
窓の下にはゴーストタウン……比喩ではなく、文字通りに死者の町となっていた王都が広がっている。
王都に住んでいた人間は散り散りになって逃げだしたか、あるいはアンデッドに変えられてしまったかのどちらか。
レイドールが都を取り戻して、隠れていたごく一部が戻ってきたが……いまだに人口は五百人かそこら。
一国の首都としては、あまりにも頼りない状態と成り果てていた。
「幸いなのは、地方の村々は被害が軽微なことですね。山や谷などに隠れていた者達が生き延びていたことも」
城から町を見下ろすレイドールに、配下筆頭であるダレン・ガルストが口を開く。
「それでも、人口は二割ほどまで減少。他国に亡命していた人間が戻ってきたとしても、四割は超えないでしょう」
「復興には途方もない時間がかかるだろうな……先が思いやられるぜ」
正直、アテルナ王国にこれ以上レイドールが関わる義務はない。
レイドールがこの国に軍を率いて乗り込んだのは、自国の脅威になる魔女オスマンとアンデッドの群れを討伐するためである。
決して、滅ぼされたアテルナ王国を復興するためではない。
「とはいえ……ここでこの国を放置するのも旨味がないよな」
アテルナ王国は丸ごと権力の空白地帯となっている。
今ならば抵抗されることなく占領することができ、ザイン王国の版図を広げることができるだろう。
反対に、放置してしまえば他国が空白地帯に流れ込んでくる可能性もあった。
アテルナ王国は東側にザイン王国が、西側にスルディン王国がそれぞれ存在している。
スルディン王国も一応はアテルナ王国の友好国であったが、この情勢ではどうなるかわからない。オスマンが消えたのを見計らい、領地を奪いにくる可能性があった。
この地が戦火に見舞われてしまえば、隣国であるザイン王国も対岸の火事では済まなくなる。
魔女オスマンがフェルニゲシュ山脈を動かしたせいで、ザイン王国と旧・アテルナ王国は地続きになってしまっており、隣国での戦いがそのままザイン王国にまで飛び火する可能性は十分にあった。
「アテルナ王国はザイン王国の属領として、このまま兵士を駐屯させて統治する。復興のために時間と金はかかるだろうが……国家百年の計だ。次の世代、そのまた次の世代には利益が取り戻せるように尽力しよう」
「……そうですね」
レイドールの言葉にダレンが同意する。
幸い、王都はあちこち破壊されて城も廃墟に近い有様となっているが、宝物庫には財宝がそのまま残っていた。
オスマンを含めて、アンデッド軍は金目の物に興味を示さなかったようだ。
現在、各地に送り出した兵士に命じて、領主や代官の屋敷から金目の物を回収させている。復興費用はいくらか確保することができるはず。
「そういうことで……問題ないだろうか、ネフェルテ王女殿下?」
「…………はい、仕方がないですね」
同意したのは、この部屋にいる三番目の人間。
アテルナ王国の王族唯一の生き残りにして、聖剣ミストルティンに選ばれた聖剣保持者――ネフェルテ・アテルナその人である。
ネフェルテは菫色のドレスを身に纏っており、所在なさげにチョコンと椅子に座っていた。
(まったく……まさか、王子ではなく王女だったとはな)
不慣れな様子でドレスを身につけているネフェルテに、レイドールは内心で溜息をついた。
ネフェルテは男性ではなく女性だった。これまで性別を隠してレイドールらと接していたのである。
「私にはアテルナ王国を復興させるだけの力はありませんから。王族としては情けない限りですが……王弟殿下の慈悲に国の命運を任せるほかに選択肢はございません」
ネフェルテが椅子に座ったまま、深々と頭を下げる。
「どうか、民が健やかに暮らすことができるようにご配慮をお願いします。そのためならば、この身はどうなっても構いません。ですから、どうか……!」
「最初からそのつもりだ。属領にするとは言ったが、別に圧制を敷くつもりはない」
必死な様子で頭を下げるネフェルテに、レイドールはどこかうんざりした様子で肩をすくめた。
「ただでさえアンデッドに支配されて混乱していたんだ。治安維持のために一時的に武力を行使することになるだろうが、無辜の民を虐げることはしないと約束しよう。その代わり……お前のことは存分にこき使ってやるから覚悟しろよ」
レイドールが指を突きつけ、宣言する。
「聖剣保持者は戦力としても申し分ないし、穏便にこの国を治めるうえで王族の生き残りという身分は必要だ。落ち着いてから『公爵』、あるいは『大公』の身分を与えるから、領主としてこの国を治めてくれ」
「わかった……いえ、わかりました。王弟殿下」
肩を震わせるネフェルテであったが……内心で何を思っているのだろう?
アテルナ王国が滅んで他国に併合されることへの悔恨か。それとも、滅びかけた国の跡地を治めていかなければいけないことへの重責か。
どちらにせよ、十年と少ししか生きていない少女には重すぎる荷だった。
「もちろん、しばらくは俺もこっちに留まらせてもらう。治安が回復して隣国に動きがないようなら、兵士の一部を置いて王都に戻るつもりだ」
「……はい」
「ただ……こちらにサポートとして補佐官を置いていく。せいぜい、上手く使ってくれ」
「補佐官……ですか?」
「ああ……入れ」
「失礼いたします!」
部屋の扉が開いて、大柄な男性が入ってきた。
メガネをかけた理知的な顔立ちをしているものの、身体は筋肉質で大柄。
鎧を身に纏って直立するその男の名前はジャスティ・オイギスト。レイドール配下の千騎長であった。
「主君に隠し事をする不出来な騎士だが、腕っぷしだけはそこそこ強い。護衛くらいにはなるだろう」
「ジャスティ殿……」
「ネフェルテ殿下、改めてお願い致す!」
「ああ……こちらこそよろしく……!」
ネフェルテが安堵に表情を緩ませて、ジャスティも頼もしい笑みを浮かべる。
いつの間にこんな信頼関係を築いたのか、レイドールには知りようがないが……仲が悪いよりは良いだろう。
(何たって、ネフェルテが女だってことを知って隠していたからな……本当に不出来な騎士だよ。まったく)
ジャスティはネフェルテの秘密を知りながら、レイドールに報告しなかった。
ネフェルテの性別などどうでも良いので責めるつもりはないが……それでも、ペナルティは与える必要がある。
千騎長として将来を嘱望された男が出世ルートから外れて、属領の領主補佐に収まるのだ。罰としては十分だろう。
「上手くやれよ……色々とな」
和やかな空気を醸し出す二人に向けて、レイドールは揶揄うようにそんな言葉をかけるのであった。




