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240.魔女と魔女

「フンフン、フーン♪」


 寂れた建物の廊下をご機嫌そうにステップを踏んで、一人の少女が歩いている。

 建物の中は壁や柱があちこち壊れており、まるで廃墟のような有り様になっていた。


「フンフーン、ご主人様の胃袋を鷲掴み—、下の袋と一緒に鷲掴みー♪」


 奇妙な歌を口ずさみながら、誰もいない廊下を歩いているのはメイド服を着た黒髪の少女……『闇』の魔女にしてレイドールの配下であるネイミリアだった。

 ネイミリアが歩いているのは、アンデッドの大群によって破壊されたアテルナ王国の王城である。


 王都の外では熾烈な戦いが巻き起こっている。

 そんな戦いの間隙を縫って、ネイミリアは一足先に王城へと侵入していた。

 城の内部には警備のためかアンデッドが徘徊しているものの、ネイミリアを見咎めて襲いかかってくる様子はない。

 ご機嫌なステップで歩いているだけのように見えて、ネイミリアは闇の魔法で自らの姿を隠している。

 聖剣保持者や魔女の使徒ならばまだしも、ゾンビやスケルトンにその認識阻害を破ることはできなかった。


「そして夜は—、ご主人様のご主人様をペロペロもぐもぐ―♪」


 誰に止められることもなく、ネイミリアは王城の最奥にある『玉座の間』へとやってきた。

 重い扉を影の使い魔に開けさせて中に入ると、玉座に小柄な影が腰かけている。


「あ、いました。オスマンお姉様―」


「…………」


 気怠そうに玉座に腰かけていたのは、この城の主である『土』の魔女――オスマンである。


「お姉様、お久しぶりですね! 三百年ぶりになりますか?」


「…………」


「あ、黙っちゃって、もしかして怒っているんですか? あの時は裏切って殺しちゃって悪かったと思ってますよ?」


「…………」


「それで……今日はお願いなんですけど、また私に殺されてくれませんか? お姉様の首をご主人様に差し出して、いっぱい褒めてもらうんです! 今夜はたっくさん抱いてもらうのですよ!」


「……………………相変わらずね、ネイミリア」


 場違いなほど明るくしゃべり続けているネイミリアに、呆れ返った様子でオスマンが口を開く。

 瞼を開くことすらも億劫そうで、暗く沈んだ瞳には何の感情も浮かんではいない。

 自分を裏切った妹への怒りもなければ、殺意もなかった。


「……貴女の声は酷く耳に障るわ。お願いだから、口を閉じていて頂戴」


 玉座に座ったまま話すオスマンであったが……普段から話をすることすら面倒臭がっている彼女にしては、珍しく饒舌だった。

 配下の四騎士がこの場にいたのならば、目を剥いて驚くことだろう。


「……恋人のためとは懲りないわね。聞いたわよ、私達を殺した後で裏切られて封印されていたんでしょう? 愛する男に殺されて、まだ人間のために奉仕するのかしら?」


「当たり前じゃないですか。ご主人様は『あの男』とは違いますよー」


 ネイミリアはたわわに実った乳房を『ムンッ!』と張って断言した。


「ご主人様は『あの男』と違って優しいですし、カッコいいです。私が作ったご飯をいっぱい食べてくれますし、膝枕をしてあげると喜んでくれます。そして……エッチがとってもお上手なんですよっ! 最っ高じゃないですか!」


「……私は最っ低な気分よ。頭が痛くなってきたわ」


 オスマンが眉間に寄せたシワを指でなぞりながら、深々と溜息をついた。


「……貴女は本当に人間のように笑って、人間のように誰かを愛するのね。その感情は姉妹である私達には理解できないわ。だからこそ……母は貴女のことを気に入っているのでしょう。あの御方は人間を愛しているから。根絶やしにしてしまいたいほどに愛しているから」


「それって愛情っていうんですか? お母様のようなメンヘラの気持ちはわかりませんわ」


「貴女も十分にサイコパスよ。愛する男に褒めてもらうためだけに、実の姉に死ねと言っているんだから」


 オスマンが右手を挙げると、彼女の周囲に土と泥で象った土偶のような人形が現れる。

 人形は同じく土細工の剣や槍を構えて、切っ先をネイミリアに向けた。


「……いくら貴方が母のお気に入りだからと言って、人類廃絶という私達に与えられた目的を邪魔するのならば容赦はしないわよ。己の罪を数えなさい……(けが)らわしい堕天の徒が」


「お姉様こそ、私の愛を邪魔する罪深さを思い知ってください……気がついてますよね、お姉様はもう私に勝てないということを」


 ネイミリアが両手でメイド服のスカートをつまんで広げると、影の人形が現れて武器を構えた。

 土人形と影人形。二種類の人形が互いの主を守るようにして展開する。


「四人も使徒を生み出して、大地震を起こして、万単位のアンデッドに山脈を動かしたりまでして……これだけのことをやらかしたら、いくらお姉様とはいえ魔力はほとんど残っていない。赤い月が昇ってから大規模な魔法をほとんど行使せず温存していた私に、勝てる理由はないということに」


「…………」


「この戦いは始まる前から決着が決まってます。それでも、お姉様は私と戦うつもりなんですかあ?」


「……愚問ね。つまらないことを聞かないで頂戴」


 妹の勝利宣言に、オスマンが鬱陶しそうに表情を顰めた。


「……姉よりも優れた妹はいないと教えてあげるわ。かかってきなさい」


「怠け者のくせに働いてばかりのお姉様。可哀そうだから、私が寝かしつけてあげますよー」


 土人形と影人形が動き出して、武器をぶつけて戦いを始めた。

『土』と『闇』――二人の戦いは三十分ほど続いて、やがて終わりを迎えた。


「フンフン、フフーン♪」


 勝利を飾った彼女は、ご機嫌な様子で鼻歌を口ずさみながら廃墟の城から出ていったのである。


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挿絵(By みてみん)

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[一言] 「……貴女は本当に人間のように笑って、人間のように誰かを愛するのね。その感情は姉妹である私達には理解できないわ。だからこそ……母は貴女のことを気に入っているのでしょう。あの御方は人間を愛して…
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