239.決闘の終わり
「【黄昏の戯者】」
レイドールの身体を黒い僧服のような衣装が包み込む。
身体の表面に淡く輝く刺青のような文様が浮かび上がる。身長を超えるサイズに膨れ上がった聖剣ダーインスレイヴからは凶悪極まりない瘴気のオーラが放たれており、火山が噴火するように魔力が噴き上がった。
「【死海の導者】」
ザン=シャの身体を黒い獣毛が包み込む。
エキゾチックな美丈夫であった男の顔が漆黒の犬のそれに変わっており、獰猛な牙が生えそろった口から青白い燐光が零れ落ちる。
手に持っていた魔剣ゲイボルグが形状を変えて両手を包み込み、鋭い四本の鉤爪を備えた手甲へと変わっていく。
「冥府の番犬……名をガルムと言ったかな?」
『名などどうでも良い。貴様を噛み砕く牙と引き裂く爪があれば十分だ』
「然り。それはこっちも同じだな」
レイドールが身長以上の大きさになった漆黒の剣を掲げて、宣言する。
「お互い切り札は見せた……ここから先は斬り結ぶだけだ」
『尋常に勝負』
ザン=シャが先に動いた。
燐光を纏った脚で地面を蹴り、凄まじいスピードでレイドールに肉薄する。
「フン」
それに対して、レイドールは小さく鼻を鳴らす。
大剣を頭上に掲げたままの体勢で動くことはなく、回避も迎撃もしない。
黒犬と化したザン=シャの鉤爪が眼前に迫る。
『ッ……!』
しかし、あと少しで爪の先が届こうかというところでザン=シャが勢いよく後退した。
バックステップで飛びのいたザン=シャの前方、先ほどまでそこにあったはずの空間が消失する。
「流石に鋭いな。こんな誘いには引っかからないか」
レイドールが皮肉そうな笑みを浮かべて肩をすくめた。
【黄昏の戯者】を発動しているときにのみ使用することができる呪剣闘法の奥義――『喰らえ神狼』である。
物体を斬るのでもなく、壊すのでもなく、跡形もなく消滅させることができる不敗の神技。
いかにザン=シャが魔鎧に身を包んでいたとしても、直撃すればただでは済まなかっただろう。
『グルルル……!』
ザン=シャが本物の獣のように唸りながら、両手を地面に付いて四つん這いになる。
鋭い鉤爪を付けた両手が大地に食い込み、大地に大きな亀裂を生じさせる。
『ゴッファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「…………!」
そして……轟く咆哮と一緒に強烈な光線を吐き出した。
骨のような灰白色の光線が裂ける暇を与えることなくレイドールに肉薄する。
「【喰らえ神狼】」
レイドールはあらゆるものを消滅させる魔法剣を発動させ、己を貫かんとする光線を消し去ろうとする。
前方に出現した虚無が狙い通りに灰白色の光線を消し去るが……終わらない。
「これは……!」
消しきれない。
レイドールは咄嗟に『消滅』から『歪曲』へと力のベクトルを変更する。
空間を歪ませることで光線の射線を強引に捻じ曲げて、空の彼方へと誘導した。
「『死』の力か……本当に厄介だな」
レイドールは冷や汗を背中に感じながらつぶやいた。
ザン=シャが撃ち出したのは『死』という概念そのものを凝縮させた破壊光線である。
命無き物にすら終焉を与えるそれは、レイドールが生み出した虚無すらも削って殺そうとしていた。
『【死を忘れる勿れ】……女王オスマンよりそう名付けられた技だ』
「良い技だ……それは俺を殺せるぞ」
『そうだろう。わかっているならば、大いに畏れよ』
ザン=シャは立ち上がり鉤爪を付けた両腕を広げる。
『我こそが『死』の騎士。冥府の女王にして『土』の魔女であるオスマン様に仕えし最後の騎士。この忠節、終わりなき常闇の牙に大いに恐怖せよ!』
「ぬかせ。変身した途端にご機嫌にしゃべりやがって。俺の聖剣は死神だって断じて殺す……震えて眠るのはそっちの方だ」
『【死を忘れる勿れ】!』
「【喰らえ神狼】!」
虚無と死がぶつかり合う。
レイドールとザン=シャはお互いの魔法剣をぶつけながら、地面を蹴って荒野を舞う。
「フッ!」
『ガアッ!』
聖剣と魔剣がぶつかり合う。
全力を出したことで変化した二人の剣であったが、リーチだけならば身の丈を超える大剣となったダーインスレイヴに分がある。
しかし、手数とスピードならば両手の鉤爪となったゲイボルグが有利だった。
どうにかして懐に入ろうとするザン=シャをレイドールが大剣を振るって牽制して、距離を稼ぐ。
「【喰らえ神狼】!」
『【死を忘れる勿れ】!』
そして……お互い、隙あらば必殺技を繰り出す。
斬撃と魔法。
どちらも確実に相手を殺しうる攻撃であり、かすっただけでも即死するであろう威力が込められている。
「ハアアアアアアアアアアアアッ!」
『ゴアアアアアアアアアアアアッ!』
レイドールとザン=シャはそんな互角の応酬をひたすらに続ける。
文字通りに命の削り合い。両者が魂をぶつけ合って、ただただ相手を殺戮せしめようとした。
「ああ、本当にしんどいな……結局、こうなるのかよ!」
レイドールはまたしても膠着状態に陥ってしまった戦いに悪態をつきながら大剣を振るい、ザン=シャを両断しようとする。
『まったくだ……しかし、何故だろうな』
大ぶりの一撃を地面に伏せて回避して、ザン=シャは裂けた口を獰猛に歪めて笑う。
『不思議と……悪くはない。我は今、騎士として戦っている……主のために命を懸けて戦うことができるとは何と心地良きこと哉!』
「マゾヒストか! 気持ちが悪いんだよ!」
再び両者が『虚無』と『死』をぶつけ合う。
この戦いはいつまで続くのだろう。
時間の感覚を忘れて、二人はひたすらに互いの力をぶつけ合う。
そんな繰り返しが数分か数時間か続いた後……唐突に、ザン=シャが脚を止めた。
『……音が止んだ。戦いは終わったか』
いつの間にか、遠く戦場から聞こえてくる戦いの音が消えていた。
どうやら、あちらも決着がついたようである。
「戦いの結果は……確認するまでもないな」
レイドールは確信を込めてつぶやく。
軍の指揮を執っているのはダレン・ガルスト。他にもサーラ・ライフェットやジャスティ・オイギストといった優秀な配下が出そろっている。
ダメ押しとばかりに『彼女』までやってきたのだ。負ける理由がない。
『そうだな……そうか……』
両手を下げて瞳を閉ざすザン=シャであったが……その身体がゆっくりと崩れていく。
手足が端から塵となっていき、消滅していこうとしている。
『……戦いは互角だったが、最後の最後に押し負けてしまったらしい。いったい、何の差だったのだろうか教えてもらえるだろうか?』
「……負けて良いと思いながら闘ってる奴に敗北するほど、俺は弱くはないということだ」
『…………そうか』
レイドールの返答を聞いて、ザン=シャが自嘲気味な笑みを浮かべる。
この戦い、ザン=シャは勝つ気がなかった。
手加減をしていたというわけではなく、『絶対に勝たなければいけない』というモチベーションを持っていなかったのだ。
何故なら、ザン=シャは『騎士』であるということ以外に戦う理由がないから。
生前に愛する妻を奪われ、主君を弑して不死者となったザン=シャには守るべき者もなければ、掴むべき未来もない。
空っぽの心に残っているのは己が『騎士』であるという誇りだけ。
ただ騎士であり続ける……それだけのためにオスマンの配下となって、戦い続けていたのである。
「俺はやることが山積みだ。死人に構っている暇はない……悪いんだが、さっさと消えてくれ」
『未来、か……そんなものとうに忘れていたな』
ザン=シャの身体が崩れていき、いよいよその原型が無くなってしまう。荒野の乾いた風に崩壊した身体が流されていく。
『感謝、する……つきあって……て……』
「構わない……荒野に眠れ、『死』の騎士よ」
『…………』
ザン=シャの残骸が風に舞って消えていく。
鉤爪の魔剣が地面に落ちて、土に還るようにして消滅した。
激戦を制したのは、レイドール・ザイン。
荒野を舞台にした魔女の使徒との戦いは、乾いた風が吹きぬける中で幕を下ろしたのである。




