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238.死の騎士


 城壁の戦いに一つの決着がつくよりも、時間はわずかに(さかのぼ)る。

 王都から少し離れた荒野にて、地形を変えてしまうような熾烈な戦いが繰り広げられていた。


「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「カアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 竜の唸り声のような、あるいは怪鳥の鳴き声のような覇気の声が荒野に響いていく。

 殺意を載せた気合をぶつけ、激しく剣戟を交わしているのは二人の剣士である。


「呪剣闘法――【蠍突(スコルピオス)】!」


 剣士の一方は、聖剣ダーインスレイヴに選ばれた聖剣保持者であるレイドール。ザイン王国の摂政にして、いまや実質的な国王となった人物である。

 レイドールが聖剣を振るうと、その剣先から夜闇のような漆黒の刃が放たれて、敵めがけて飛んでいく。


屍抄剣法(ししょうけんほう)――【死撫(デス=タッチ)】」


 もう一方の剣士は、魔女オスマンによって見初められた終末の四騎士の一角であるザン=シャ。『死』を司る騎士にして、オスマンの手によって魔剣ゲイボルグを与えられた信頼厚き剣士だった。

 ザン=シャが魔剣を振るうと、その剣先から白骨のような灰白の刃が放たれて、迫りくる斬撃にぶつかって相殺する。


「シャアッ!」


 ザン=シャが返す刀で地面に剣を突き刺した。

 大地から無数の骨の刃が棘のように突き出し、レイドールの身体を串刺しにしようとする。


「ハアッ!」


 しかし、レイドールが裂帛の声と共に聖剣で地面を叩くと、大量にあふれ出した瘴気が巨大は蛇のように姿を変えて骨の刃を飲み込んだ。

 漆黒の大蛇はそのままザン=シャを喰らいつくさんと迫っていくが……ザン=シャが魔剣を横薙ぎに走らせると、上下の顎が裂けるようにして大蛇が消滅する。


「やれやれ……いい加減に面倒になってきたぞ! このイタチごっこの喧嘩にもな!」


 レイドールが苛立ちのままに吠える。

 二人の戦闘が始まってから太陽が目に見えて傾くほどに時間が経過しているが、いまだに両者ともに目立った外傷はない。

 二人の戦いはまさに一進一退。どちらかの優位に持ち越されることもなく、完全な互角の形勢をたもち続けていたのである。


「飽いているのは我も同じこと。やれやれ……先代の使い手よりも優れた剣士を見出したようだな。聖剣ダーインスレイヴよ」


 ザン=シャもまた、鬱屈した表情で溜息をつく。


 二人の戦いが均衡を保っているのにはいくつかの理由がある。

 第一に、彼らの剣技がよく似たものであること。

 レイドールは王族として育てられた幼少時代に身につけたお綺麗な(・・・・)剣技に、冒険者として培った粗野な喧嘩殺法を組み合わせている。

 対するザン=シャはかつて騎士であった頃に修めていた剣術に、不死者となってから冥界で覚えた邪流の剣法を混ぜ合わせている。

 奇しくも、清濁を併せて吞んだ彼らの剣技は似通っていた。そのため、お互いの技が何とはなしに先読みできてしまうため、決定打になりづらい。


「飽きたのなら死んでくれると助かるんだがな! 今さら、冥界に戻るのが怖いわけじゃないだろう!?」


 レイドールが再び瘴気の刃を放つ。


「【死線(デス・ロード)】」


 しかし、ザン=シャが撃った灰白の刃がそれを相殺する。

 やはり、通用しない。予想通りの光景を目にして、レイドールが皮肉そうに唇を釣り上げた。


「『歪曲』と『死』か……決着がつかないわけだよな。やれやれだ」


 レイドールが保持している聖剣ダーインスレイヴは『呪い』を司る聖剣。その本質は『歪曲』である。

 あるべき状態を歪めることによって毒や麻痺などの呪いを与え、最終的には存在そのものを歪めて消滅させる能力を持っていた。

 一方で、ザン=シャは冠する名前の通りに『死』の力を持っている。斬りつけた相手に問答無用で『死』をもたらす能力があり、本来であれば灰白の斬撃を一撃でも喰らってしまえば即死してしまうはずだった。


 だが……そんな両者の力が目の前の相手には通用しない。

 最初から死んでいる相手には『歪曲』は意味をなさず、消滅の力すらもたらす歪んだ存在に『死』の力は効果が薄い。

 まったく効かないというわけではないのだが……普段であれば必殺であるはずの攻撃でかすり傷程度のダメージしか与えられないのだ。

 やりづらいこと、この上ない相手であった。


(だが……だからといって、この難敵を放置などできるものか。放っておいたら、配下の軍勢をまとめて地獄に連れていかれかねない)


 やりづらいことを承知しているが、それでもレイドールが相手をする必要がある。

 ザン=シャは無双の使い手。比類なき剣技を修め、死をまき散らす怪物だ。レイドール以外が戦っていれば甚大な被害を受けるだろう。


「ム……」


 そして、眉をひそめているザン=シャにもまた、レイドールを無視できない理由がある。

 ザン=シャはアンデッド軍の総大将ではない。頂点に君臨しているのはあくまでも魔女オスマンであり、ザン=シャはその剣であり盾なのだ。

 ザン=シャが止めなかった場合、レイドールはアンデッドの兵士を突破してオスマンにまでたどり着いていたことだろう。

 主君を守るという騎士の本懐を果たすためには、たとえ決着がつかずともレイドールの相手をするしかないのである。


「「厄介だ……」」


 二人は同時につぶやいた。非常にやりづらいと。

 ある意味では、これは運命的な戦いだったのかもしれない。

 立場や肩書はまるで違うが、似通った力と技を持った二人がこうして出会い、刃を交わしているのだから。

 類は友を呼ぶ。二人がこうして敵として相まみえたことは、何らかの因果の導きによるものなのかもしれない。


(運命というよりも因縁。あるいは悪縁だな……いい加減、この戦いも終わりにしてしまいたいんだが……)


 厳密にいうのであれば、レイドールは均衡を破る手段を持っている。

 レイドールは切り札を隠しており、それを発動させれば確実に不毛な綱引きは終わりを迎えることだろう。


(だが……使っていいのか? これを、この段階で?)


 ザン=シャは強敵ではあったが、決して最後の敵というわけではない。

 切り札を使ってしまえば、レイドールは消耗して十全に戦えなくなってしまう。

 まだ『戦争』の騎士が残っており、背後に敵の首魁であるオスマンが控えている状態で、軽々しく切り札を使って良いものだろうか。


「ん……?」


 だが……ふとレイドールは感じるものがあり、頭上を仰いだ。

 拮抗しているとはいえ、仮にも戦闘中。ありえないはずの隙だらけの行動である。


「……何だ?」


 しかし、ザン=シャもまたレイドールと同じようにそれ(・・)の気配に気がついたらしく、剣を止めて空を見上げていた。

 空の彼方から、彗星のごとく金色の何かが落ちてくる。

 まるで創造主に逆らった堕天使が地上に追放されるかのように、尾を引く金色の流星が地面に突き刺さる。


「…………!」


 轟音が遠く離れた荒野にまで響いてきた。

 どうやら、流星が落ちてきたのはザイン王国軍とアンデッド軍が戦いを繰り広げているであろう、王都城壁のようである。


「何事か……?」


「ククッ……」


 ザン=シャが怪訝な顔をしている中で、レイドールは喉を鳴らす。

 この力の波動。魔力には覚えがある。落ちてきた流星の正体に気がつき、レイドールは肩を揺らして笑った。


「ククッ……ハハハ、そうかよ。お前もその域に到達したか……セイリア」


「貴殿は……」


「聞くなよ。教える義理はないだろう。それよりも……どうやら、この戦いは俺達の勝利のようだな」


「…………」


 遠く、戦場で強大な魔力が暴れ狂っている。

 彼女の性格を如実に表している派手な戦いっぷり。雷の嗣子が思うがままに敵を屠っているようだ。

 戦いは均衡していた。均衡していたがゆえに、援軍を得た側が勝利するに決まっている。


「わかるよな? もう、お前達が勝利することはないんだよ。こっちの勝ち戦が決定したらしい。同情するぜ……負けが決まった後も戦わなくちゃいけないんだからな!」


「…………笑止」


 神経を逆なでするように言ってやると……ザン=シャは短く答えて腰の鞘を抜いて、そのまま遠くに放り投げた。

 剣を納めるべき鞘を捨てた。すなわち、死力を尽くす決戦の構えである。


「貴殿を殺し、その後で新手を叩く……それでお(しま)い。まだ勝敗は決してはおらぬよ」


「ああ、そうだな。切り札を隠しているのはお互い様だよな」


 レイドールは口元に浮かんだ笑みを消して、冷たく双眸を細める。

 援軍が到着して勝敗が決した以上、もはや出し惜しみは不要。隠していた切り札を繰り出し、長く続いた均衡の戦いに決着をつける時がやってきた。

 ザン=シャもまた出し惜しみをする必要はなくなったようで、魔剣を横一文字にかざして本気の構えをとる。


「聖鎧――【黄昏の戯者(フヴェズルング)】!」


「魔鎧――【死海の導者(タナトス)】」


 レイドールとザン=シャは同時に言い放ち、吹き荒れる嵐のような魔力のオーラを身にまとったのである。


コミカライズ第5話が更新されています。

よろしければ、下のリンクから読んでみてください。

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