24.嘲弄と抵抗
「申し訳ありませんが、それは断らせていただきます」
「なんだと……?」
冷然と放たれた拒絶の言葉にグラナードがピクリと眉を上げる。
自分の言葉が拒絶されるとは思っていなかったのだろう。その瞳には怪訝の色が浮かんでいる。
「私は帝国と戦うことはできませんな。兄上」
「……自分が何を言っているか理解しているのか? これは王命なのだぞ?」
いくらレイドールが王弟であるからといって、国王の命令を拒絶することなど許されることではない。王族は王と血がつながっているだけで、しょせん臣下であることに違いはないのだから。
己の命令を拒絶されたグラナードの目が見る見るうちに険しくなっていき、怒りのあまり小刻みに指先が震えている。
今にも怒鳴りそうになる国王を見かねて、代わりにロックウッドが口を開いた。
「レイドール殿下! 国王陛下に対して不敬ですぞ!」
「そうは申しますが、宰相殿。私には開拓都市レイドの領主として、密林の魔物の侵入を防ぐという職務がございます。その職務を放棄して自分が治める領地と正反対の国境まで赴き、ろくに準備する時間も与えられずに戦えというのはいささか乱暴ではないでしょうか。いかに王命といえども物事には道理があるのではないですか?」
「国が滅びようという時に道理も何もないでしょう! 優先順位というものがわからないのですか!?」
普段の冷静さをかなぐり捨てて叫ぶロックウッドに、レイドールは冷めきった嘲笑を返す。
「相手が帝国か魔物かという違いはあれど、国境守護という任務の重要性は変わらないと思いますが。それとも、私以外にも王国南方から北方まで援軍に駆けつけている領主がいるのですかな? 私の記憶では、帝国に立ち向かっているのは軍と騎士団、それに北方の領地の領軍であると聞いておりますが」
「それは……」
ロックウッドがわずかに言葉に詰まる。その隙を見て、レイドールはさらなる言葉の刃で斬りつける。
「この場には多くの領地持ちの貴族がおられるようですが、皆様は兵力をどれくらい出しておられるのですかな? まさかとは思いますが、冒険者以外に戦力を持たない私だけを従軍させて、彼らは兵を出していないということはないでしょうな」
「っ……!」
レイドールの言葉に周囲の貴族がざわめきだした。
この場にはグラナードに仕える貴族が大勢集まっているが、彼らの中には『治安維持』を名目に兵を出していない者も多かった。
貴族が従軍を拒んでいるというのに王族のレイドールが拒めないというのはたしかに道理が通らないことである。
謁見の間を動揺と困惑のざわめきが覆いつくしていく。
この場にいる貴族の中にはレイドールの言葉をもっともだと頷く者もいれば、王への不敬だと騒いでいる者もいる。
そもそも、辺境に追放されて冷遇されていた王子を突然呼び戻し、一方的に出兵を命じる王命自体に無理があるのだ。
レイドールの言い分は『敵国の侵略』という国難を無視していることを除けば、間違いなく正しいものであった。
意見が分かれている他の貴族の姿にロックウッドは渋い表情となり、それでもなんとかレイドールを説得しようと再度口を開く。
しかし、宰相が言葉を発するよりも先にグラナードが口火を切った。
「それで? お前はどうすれば帝国と戦うというのだ?」
怒りに肩を震わせながら憮然と問い詰めるグラナードの声に、騒いでいた貴族も静まり返る。
静寂に包まれた謁見の場の空気を切り裂いてグラナードが言葉を続けていく。
「どうしても戦に行きたくないというのであれば、最初から王都に来なければ済むだけのことだ。何か条件があるのだろう……金か? 地位か? 欲しいものがあるなら言ってみろ」
忌々しげに言ってくるグラナードの顔には、先ほどまでのとり繕った笑みは浮かんでいない。代わりにその表情を支配しているのは、小癪な弟を舐めきった軽蔑の感情であった。
とてもではないが肉親に向けるものでない顔で睨みつけられて、レイドールは皮肉そうに唇を吊り上げた。
「さすがは国王陛下だ。話が早くて助かりますな。王となるお方はやはり人心を読むことに長けていなければ務まらないということですかね?」
「……要求を言え。そう言ったが? 貴様の世辞など聞くつもりはない」
「承知いたしました。それでは私の希望を聞いていただきましょうか」
レイドールは懐に手を突っ込み、上着の内ポケットから丸めた羊皮紙を取り出した。
「こちらの誓文に書かれている条件を兄上が飲んでくださるというのであれば、私は喜んで帝国と戦いましょう。王となられた兄上が、生まれ故郷を追いやられた哀れな弟の頼みを聞くつもりがあるのでしたら……ですけどね」
「…………」
レイドールが道化のようにおどけて言うと、グラナードは無言のまま非難がましい目を向けて言外に「さっさと読め」と促してくる。
兄王に睨まれたレイドールは肩をすくめて、丸まった羊皮紙を広げた。
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