236.雷霆の威者
本日、コミカライズ3話が更新されました。
どうぞよろしくお願いいたします!
「あれはまさか……セイリア皇女!? 帝国の皇女がどうしてこんなところに……!」
予想外の人物の登場に驚きの声を上げたのは、彼女のことを知っているダレン・ガルストだった。
兵士をまとめ上げてパワーアップしたアンデッド兵に立ち向かっていたダレンは、戦場の真ん中に降り立ったセイリアの姿を驚きの目で見つめる。
セイリア・フォン・アルスライン。
かつて帝国西方侵攻軍を率いてザイン王国東部を占領し、レイドールと激戦を繰り広げた若き雌獅子。
帝国にある三本の聖剣の一つ――『雷』の聖剣クラウソラスに選ばれた聖剣保持者。
色々あった果てにレイドールやネイミリアと友好関係を結び、和睦が結ばれたことがきっかけで帝国に帰ったはずの女性である。
「まさか、援軍に駆けつけてくれたのか……? それに、先ほどの攻撃はいったい……?」
ダレンの見間違いでなければ……否、厳密には肉眼で見ることなどできなかったのだが、セイリアは雷をまとって上空から落ちてきた。
そして、右手に持った武器を一振りしたかと思うと、それだけで無数のアンデッド兵を消し飛ばしてしまったのだ。
「それに、あの装備はいったい……?」
ダレンが困惑混じりにつぶやく。
多くのアンデッドを屠り、悠然と立つセイリアであったが……その姿はダレンが知るものとはかけ離れたものになっていた。
金色の髪。普段は頭の後ろで結っているそれが解放されており、一筋ひとすじに雷光をまとって風もないのに靡いている。
細身の身体を覆っているのは驚くほど露出の大きい衣装。上半身は金銀で編んだ鎖に宝石をあしらっただけのアクセサリーを巻きつけており、腰から足首を覆っているのは半透明の白いヴェール。辛うじて大切な部分は隠れているものの、あまりにも扇情的な衣装はまるで異国の踊り子である。
そして……右手に握られている武器は、彼女の代名詞である雷の聖剣クラウソラスではなかった。
そこにあるのは三十センチほどの長さの金剛杵。金色に輝く柄の両端に四つ又で短くうねる槍がついている。
その姿こそがクラウソラスの聖鎧――【雷霆の威者】
セイリアが幾度かの敗北を経験して、冒険者として己の道を切り拓いた末にたどり着いた聖剣保持者の高みである。
「んー……?」
戦いの神。軍神の域に足を踏み入れたセイリアは周囲を見回し、不思議そうに首を傾げた。
「レイドールお兄さん……それにネイミリアもいないのね。何処で油を売ってるのかな?」
そのつぶやきは場違いにのん気なものである。
一撃で万単位のアンデッド兵を消滅させた人間のものとは思えない。
「うーん、強くなった私を見てもらえないのは残念だけど……ちょっとホッとしたかな?正直、この格好を見られるのも恥ずかしかったし……さっさと片付けちゃおう」
セイリアがスウッと視線を走らせる。
やってきて早々に放った攻撃によって、ザイン王国軍と交戦していたアンデッド兵が大量に消し飛ばされている。
しかし……まだ後方で戦いに参加していなかったアンデッドが残っている。その数は七万ほど。まだまだ戦いは終わってなどいなかった。
「さて、それじゃあ早速……」
「あ、あの! 貴女はいったいどなたですか!?」
「ん……?」
意を決したように、騎士に抱きかかえられたネフェルテがセイリアに声をかける。
一目で彼女が自分と同じ聖剣保持者であると見抜いたネフェルテであったが、同時に自分と相手との間に隔絶した差を感じ取っていた。
どうして、彼女のような存在がこの戦場に現れたのか。同じ聖剣保持者として無視することができなかったのである。
「あれ? どうしてこんなところに子供がいるのかな?」
「ぼ、僕は子供なんかじゃ……!」
「男の子みたいな格好をしているけど……やっぱり女の子だよね? えっと、本当に何で?」
「ッ……!」
何気なくつぶやかれた言葉にネフェルテが言葉を失った。
セイリアは自分が無自覚に地雷を踏みつけたことに気がつくことなく、「ま、いっか」とアンデッド兵に視線を戻す。
「「「「「アアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」
「「「「「カタカタカタカタカタカタカタッ!」」」」」
数千数万のアンデッド兵が消し飛ばされ、開いたスペースに新たなアンデッド兵が流れ込んでくる。
無数のアンデッドが押し寄せる姿はまるで雪崩のよう。地獄が地上に現れたのかと誰もが絶望するような光景であった。
「敵を駆逐するよー!」
しかし、セイリアの顔に恐れは欠片もない。
普段であれば腐った死体、骨の群れに背筋が凍りついていそうなものだが……聖鎧を発動させているおかげか、恐れも緊張もなかった。
胸の奥底から湧き出してくる万能感。自分こそが時代に選ばれた救世主にして、人類の守護者であるという確信が無尽蔵の勇気を与えてくれる。
「負けるわけがないよね……誰にも!」
セイリアはみなぎる自信のままに叫び、右手の金剛杵を掲げた。
「『神よ、在れ』!」
「…………!」
金剛杵の先端にまばゆいばかりの雷光が凝っていく。
膨大な密度の魔力。そこに集約されている力はネフェルテがガルボラスを討つために貯めた魔力に相当する。
セイリアはネフェルテが何時間もかけて練り上げたのと同等の魔力を、ほんの数秒でひねり出していた。
「かーらーのー……【インドラの矢】!」
そして、稲光をまとった金剛杵を投げつけた。
上空に向けて投げられた金剛杵は矢のように飛んでいき、一瞬で押し寄せてくるアンデッド兵の情報に到着する。
「『降れ』!」
そして、アンデッドの軍勢へと雷の雨を降らせた。
金剛杵からあふれ出した雷が土砂降りとなり、アンデッド兵を頭から焼いていく。
こちらに向かってきていたアンデッド兵……その半数にあたる三万強がまたしても消滅する。
「そんな……冗談でしょう?」
抱え込まれていた騎士の腕から降りたネフェルテが茫然と声を漏らす。その言葉はこの場にいる兵士全員を代表している。
ザイン王国軍が何時間もかけて戦っていたアンデッドの軍勢。それがたった二発の攻撃で過半数が消えてしまった。
理不尽なほど圧倒的な強さ。命がけで戦っていた自分達の奮闘が虚しくなってくるようなあっけない展開である。
「やれやれ……何度見ても凄まじい光景ですね」
ネフェルテから少し離れた場所で、ザイン王国軍の指揮官であるジャスティもつぶやく。
ジャスティは聖剣保持者の圧倒的な強さを見るのが初めてではない。レイドールの強さも知っているし、セイリアの父親……皇帝ザーカリウスの力も帝国との戦争で目にしたことがある。
だが……どれだけ聖剣の本当の力を見たとしても、慣れることはないだろう。とんでもない力の差に慄くばかりだった。
「レイドール殿下は私達の力が必要だとおっしゃっていましたが……それがリップサービスに聞こえてしまいますね。これほどの力を見せつけられると」
こんなことを口にするのは騎士としてあるまじきことかもしれないが……聖剣保持者だけで良いんじゃない? そう言いたくなる心境であった。
「あれ?」
しかし、それは間違いだった。
セイリアの身体を覆っていた薄手の衣装が光を失っていき、青の軽鎧とスカートといういで立ちに変わってしまったのだ。
「もう時間切れ? ここに来るまでに力を使いすぎちゃったかな?」
セイリアが困ったようにつぶやいた。
聖剣の奥義である聖鎧は確かに強力な力であったが、それゆえに消耗は激しい。
現在最強の聖剣保持者であるザーカリウスでさえ、長時間は使うことはできない。ザーカリウスよりも若くて未熟なセイリアであれば、なおさらのことである。
「ウウウウウウッ……!」
雷の攻撃をまぬがれたアンデッドのうめき声が響いてくる。
聖鎧の力によってアンデッドの軍勢は半数以上が消し飛ばされていたが、それでもまだ三万は残っていた。
セイリアの聖鎧は解けており、金剛杵に姿を変えていたクラウソラスも元通りの剣の形状に戻っている。
「うーん、これはひょっとしてピンチかな? 魔力も使い切っちゃったし、戦えないかも」
セイリアは困ったようにつぶやいた。その口調はどこかのんきで緊張感のないものであったが。
「「「「「アアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」
「「「「「カタカタカタカタカタカタカタッ!」」」」」
立ちつくしている彼女めがけて、アンデッド兵が殺到してくる。
無数の不死者に飲み込まれようとしているセイリアの姿を見て、離れた場所からダレンが叫ぶ。
「セイリア殿下、お下がりください! いかに聖剣保持者とはいえ、その状態では……!」
「うん、わかってる。だから助けを呼ぶよ」
「へ……?」
「さあ、道はつないだわ。来なさい!」
セイリアがポケットから円盤状の石のようなものを取り出し、頭上に掲げた。
そこから淡い緑色をした光の粒が無数にこぼれ落ち、セイリアの周囲を勢い良く旋回しはじめる。
戦場には似合わない幻想的な光景が広がった。
ダレンもジャスティもネフェルテも……その場にいた多くの人間が光の渦に目を奪われる。アンデッド兵すらも旋回する光に怯んで足を止めた。
光の渦が戦場に広がったのはわずか数秒のこと。渦が消えた後には、予想外の光景が広がっていた。
「アルスライン帝国軍妖精戦団、見参! これより敵を駆逐する!」
光の渦から出てきたのは、小柄な少女を先頭にした五百人ほどの兵隊である。
エメラルド色のおかっぱ頭。上下の白ビキニに極彩色のマントという異色の格好をしているその指揮官は帝国第五皇女――アルクス・ラインマキナ=アマルトゥ・アルスライン。
皇帝とエルフの王女の間に生まれた混血児であり、妖精の力を受け継いでいる異端の皇女であった。




