234.戦争の騎士
コミカライズ第2話が更新されています。
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「進め、進め、進め、進めええええええええええっ!」
ザイン王国軍とアンデッド軍。
両軍の主戦場となった王都外壁部分では熾烈な戦いが繰り広げられていた。
敵陣に向かって騎馬を駆っているのは千騎長ジャスティ・オイギスト。レイドールの側近にして、槍の使い手としても『土』の魔法の使い手としても、優れた力を発揮している猛将である。
「【地走】!」
ジャスティが馬を止めることなく魔法を発動させると、前方で地面が爆発する。
大地の破片が無数の石礫となって前方のアンデッドをまとめて蹴散らし、敵陣が真っ二つに割れる。
「このまま敵将を討ち取るぞ! 私の後に続け!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!」」」」」
戦場の左側方でジャスティを先頭にした騎兵部隊が駆け抜け、アンデッド軍を引き裂いていく。
敵とまともにやり合うことはしない。脚を止めてしまえば、騎兵隊の強みである突進力が失われてしまうからだ。ただ敵陣の中央を駆け抜けるだけでも陣形が崩れ、相手を戦闘不能にすることができるのが騎兵隊の利点である。
ジャスティの突進によってアンデッド軍がことごとく崩れていく。そして、騎兵部隊の後方に続いている歩兵部隊が散り散りになった敵兵を討ち取る。
数の利で優っているはずのアンデッド軍が瓦解していき、戦況はザイン王国軍に大きく傾いていった。
「グヌヌヌヌ……人間どもめ、調子に乗りおって!」
城壁に立つ『戦争』の騎士――ガルボラスが地団太を踏む。
戦闘が始まってから勢いに乗り続けるザイン王国軍に、アンデッド軍はどんどん押し込まれている。
兵士が減っているわけではない。アテルナ王国の王都に住んでいる住民を丸ごと不死者に変えたアンデッド軍にとって、兵隊などいくらでも補充することができる消耗品だった。
しかし、王都の内部から兵士を補充するよりも、ザイン王国軍に討ち取られて倒されてしまうアンデッドの方が遥かに多いのだ。
戦場の味方は減っていき、敵は接近する一方であった。
「このままでは、ここまで押し切られる……! このワシが、下賤な人間ごときに敗れるとでもいうのか?」
ガルボラスが将として無能なわけではない。
癇癪を起こして顔を真っ赤にした老将は一見すると、プライドばかり高くて能力が伴わない老害のように見えなくもない。しかし、アンデッド軍がザイン王国軍の猛攻に持ちこたえているのは間違いなくガルボラスの手腕である。
だが……そんな言い訳は通用しない。納得できない。
『戦争』の騎士に敗北は許されない。
偉大な魔女。冥府の女王であるオスマンに仕える四騎士筆頭であるガルボラスにとって、敗戦は死よりも許しがたいことであった。
「有り得ぬ! ワシに敗北なぞ有り得ぬ! 偉大なる女王陛下に……オスマン様に敗戦を捧げることなぞできるものか!」
ガルボラスの胸にあるのは混じりけのない忠誠心である。
オスマンに仕える四人の騎士の中でも最古株であるガルボラスは、主君に仕えた年数に比例するように忠誠心は誰よりも深い。
狂気に至るほどの忠義にはわずかな揺らぎもない。
大人しく殺されずにあがいている敵に、主君の望む勝利を捧げられない己の不甲斐なさに、心から失望していた。
「下等な人間ごときには過ぎた力だが……やむを得まい」
ガルボラスはすぐさま切り札を使う決断をした。
出し惜しみなどするつもりはない。これ以上、主君に無様な姿は見せられない。
「目覚めよ、邪悪なる意志。冥府を住処とせし悪霊よ……『テュポーン』!」
ガルボラスの頭部が肥大していく。胴体はそのままに頭だけが風船のように大きくなり、関節が外れたように口を大きく開いた。
「ガグッ……!」
極限まで開かれた口から真っ赤な血液とともに毒蛇が這い出してくる。
ベリベリとガルボラスの身体が口を起点にして裏返っていき、老人の体内に姿を潜めていた怪物が本性を現していく。
『ギギギギギギギギギギギイイイイイイイイィィィッ……!』
絶叫を放ちながら現れたのは見上げるほどの大きさの巨人であった。
肩や足から無数の毒蛇を生やしており、背中の翼が風を巻き起こして広がっていく。鬼のようなおぞましい顔面は火炎で覆われており、真っ赤な瞳がジャスティ・オイギストを見下ろしていた。
冥界の怪物。
神すら恐れし怪物の父。
大地に産み落とされた地獄の魔人――テュポーンの顕現である。
「やはり変身したか……! これがガルボラスの本性……何というおぞましい姿か!」
敵軍に突撃していたジャスティであったが、ガルボラスの変身を見て馬を止めることになった。
「『飢饉』と『疫病』の二人が変身していたのだから、この老人も追い詰められたら姿を変えるとは思っていたが……思ったよりも、早く正体を現したな!」
「オイギスト千騎長! 如何いたしますか!?」
「狼狽えるな! 手はず通りに戦闘を継続する!」
ジャスティは動揺する部下に大声で指示をして、槍を強く握りしめる。
そんなジャスティ率いる騎馬隊を見下ろし……怪物となったガルボラスが巨大な口を開いた。
『脆弱なる人間が……! 偉大なる冥府の女王に楯突いた愚かさを思い知るがいい!』
「ムウッ!?」
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
巨人が地の底から響いてくるような低い声音で怒鳴りつけ、裂けた口から真っ赤な炎を噴き出した。
灼熱の業火がジャスティらの頭上から浴びせられ、周りにいたアンデッドもろとも一帯が炎の海に包まれる。
「今だ! 進軍せよ!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」
『ヌアッ……!?』
しかし、炎の中からジャスティが飛び出してくる。
背後には配下の騎兵部隊も続いており、灼熱の火の息を浴びせられながら目立ったダメージもなさそうである。
「悪いな、『戦争の騎士』よ! この数ヵ月、我らは座して時を待っていたわけではない!」
よくよく見てみると……ジャスティの身体の表面をうっすらと半透明の膜が覆っていた。全身を包み込んでいるそれは魔力で生み出した膜であり、炎による攻撃を遮断してジャスティの身体を守っている。
配下の騎士も同様である。魔力によって自分達の身体をコーティングすることにより、炎の中を怯むことなく突き進むことができていた。
「聖剣の加護を持たぬ我らであるが、魔力を極限まで練り上げれば、己が身を守ることくらいはできる。身体の表面に魔力を留めるのは思いのほかに神経を使い、修得には難儀したがな!」
それは『飢饉』の騎士への敗北を経て、ジャスティが新たに生み出した戦闘技術だった。
聖剣保持者であるレイドールは聖剣の加護によって高い魔力抵抗を持っている。ジャスティはそれを参考にして、自分自身の魔力で身体を包み込むことによって自身の魔力抵抗を上げる技術を修得した。
単純に火や土を放つよりもずっと繊細な技術であったが……幸か不幸か、ジャスティは前の戦いで負傷した怪我の手当てで臥せっていた。大好きな筋トレも槍の練習もできず、やれることが魔力操作くらいしかなかったため、覚えることができた技である。
ジャスティは修得したその技を配下の騎士にも徹底的に叩き込んだ。修得できた者は多くはなかったが、覚えることができた精鋭だけを決死隊として率いてきたのである。
「貴様がテュポーンという古代の怪物に変身することは、ネイミリア殿から聞いてわかっていた。火を噴くことも。なれば……対処法の一つや二つ、用意してしかるべきだろう!」
『人間がああアアアアアアアアアアアアッ! 大人しく殺されろおおおおおおおおおっ!』
「敵の周囲を旋回! 攻撃を開始せよ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
ジャスティを先頭にした騎兵部隊が巨人の周囲を駆け抜ける。
馬を走らせながら、足から生えた毒蛇を剣や槍で斬り落としていく。
『このっ……チクチクと鬱陶しい……』
「【地砲】!」
『グガアッ!?』
ジャスティが撃ちだした特大の土の弾丸がガルボラスの顔面に突き刺さる。これもまた対・巨人に編み出した魔法であった。
『このっ……このこのこのこのこのおっ! 虫ケラガアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
ガルボラスが癇癪を起こしたように地団太を踏む。
巨人が脚を踏み鳴らすだけでも十分な攻撃だったが、騎兵部隊は踏みつけてくる足を避けていく。
それどころか、ガルボラスを翻弄するように馬を走らせて、挑発するようにチクチクと剣や槍で攻撃する。
怪物と化したガルボラスにとって、騎兵部隊の攻撃はさしたるダメージにはないものだった。脚から生えた毒蛇を斬り落とされたりはしているものの、すぐに新しい蛇が生えてきておりダメージにはなっていない。
ジャスティの魔法攻撃はまだマシであったが、こちらも致命打になっているかと聞かれると首を振るしかなかった。
『こんな程度の攻撃でオスマン様の片腕……この『戦争の騎士』たるワシを倒せると思ったか!? 人間ふぜいが舐めるでないわ!』
とはいえ、足を虫にまとわりつかれては面白くない。
ただでさえ短気なガルボラスはますます怒りに喚き散らして、どうにか足元の騎士を叩き潰そうとしている。
『いつまでチョロチョロと逃げ回っているつもりじゃ!? 逃げているだけで勝てると思っているのか!?』
「無論、我らの目的は貴殿を倒すことではない。『終末の四騎士』をこの程度で倒せると思うほど驕ってはおらぬ!」
『何じゃと……!?』
「上ばかり見て歩いていては足元の小石に躓いてしまう。なれば、逆のこともあるだろう! 違うか、『戦争の騎士』よ!?」
『ヌウッ……!?』
ジャスティに気を取られていたガルボラスであったが、頭上で爆発するように噴き出した魔力の気配を感じて頭上を仰ぐ。
「どうやら……十分に力は貯まったようですな。ネフェルテ殿下」
ジャスティもまた頭上に顔を向ける。
ガルボラスとジャスティの視線の先、空をうっすらと覆っている雲に隠れて、宙に立っている小さな人影があった。
「貴公の助力に感謝しよう……ジャスティ殿!」
霧を翼にして空に浮かんでいるのはネフェルテ・アテルナ。『水』を司る聖剣――ミストルティンの寵愛を受けた聖剣保持者である。
「貴方が敵を引きつけてくれたおかげで、この難敵を屠るだけの魔力を練ることができた! 故郷と民を踏みにじった罪……その命をもって償ってもらう!」
『貴様……!』
ガルボラスがうめく。
ネフェルテが掲げたダガーから膨大な魔力が噴き出し、空に巨大な刃を生み出していた。
戦いが始まってから、ずっと雲に隠れて力を貯めこんでいたのだろう。ダガーから発せられる膨大な魔力はガルボラスの命を刈り取るのに十分な量があった。
『何故じゃ……何故このワシが気づかなんだ!? このような愚かなミスを、オスマン様の配下たるこのワシがするなんて……!』
ガルボラスが醜悪な顔をさらに歪めて、己の失態をなじる。
聖剣保持者は『破滅の六魔女』にとっても『終末の四騎士』にとっても、天敵と言ってよい相手だった。もちろん、ガルボラスとてその存在は常に警戒していた。
本来であれば、ミストルティンを無視などできるわけがない。それなのに……これまで、その存在を忘れていた。
(コイツらだ……この虫共さえいなければ……!)
そう……ガルボラスが有り得ないミスをしてしまったのは、ジャスティをはじめとしたザイン王国軍に気を取られていたからである。
彼らがこれ見よがしに奮戦し、ガルボラスを追い詰めなければ。
巨人となったガルボラスの足元をチクチクと攻撃して、神経を削るようなことをしなければ。
ガルボラスは確実に気がつくことができた。たとえ雲に隠れていようとも、ネフェルテを発見することができたのだ。
『嵌められたのか……百年も生きておらぬ餓鬼どもに、このワシが……!』
敵の掌の上で翻弄させられていたことに気がつき、ガルボラスは奥歯が割れるほどに噛みしめた。
「終わりだ……消えるがいい、『戦争の騎士』ガルボラス!」
『だが……まだ終わってはおらん! ワシは負けるわけにはゆかぬのじゃあああああああああああアアアアアアアアアアアアッ!』
ネフェルテがダガーを振り下ろすと、巨大な刃がギロチンのようにガルボラスの頭部めがけて落ちてくる。
ガルボラスは頭上を仰ぎ、口から灼熱の火を吐いて迎え撃とうとした。
「【地砲】!」
『グバアッ……!?』
しかし、ネフェルテを援護するようにジャスティが下から魔法を放つ。
巨大な石の弾丸がガルボラスの顎を下から撃ち抜き、強制的に口を閉じさせる。
吐き出そうとした炎が口の中で爆発して、ガルボラスの舌と喉を黒い炭になるまで焼き尽くす。
頼もしい戦友の援護に感謝しつつ、ネフェルテは言葉と共に水の刃を振り下ろす。
「【水の断葬】!」
『…………!』
最後の抵抗すら封じられたガルボラス。
その頭部に水のギロチンが叩きつけられ、頭部を真っ二つに両断するのであった。
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