232.衝突
「さあ、我が軍勢よ! 偉大なる女王に仇なす敵を打ち砕くのだ!」
「「「「「カタカタカタカタカタカタッ!」」」」」
「「「「「アアアアアアアアアアアッ!」」」」」
『戦争』の騎士――ガルボラスの命令を受けて、王都の外に現れたアンデッドの軍勢が雄叫びを上げた。
ガルボラスに率いられたアンデッドの群れは恐れることなく進軍していく。すでに死んでおり、魂を縛られて操られているのだから当然である。
「全軍、前へ! 敵を迎え撃て!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオッ!」」」」」
一方、将軍ダレン・ガルストによって指揮された兵士の士気も負けてはいない。
ここに至るまでに幾度となくアンデッドとの戦いを経ており、連戦連勝。破竹の勢いでここまで進んできたのだから、こちらも当然だ。
また、ザイン王国軍の兵士には『疫病』、『飢饉』の二人の騎士の侵略によって仲間や家族を奪われた者も多数おり、復讐に燃える兵士達は恐怖よりも闘志が優っていた。
「進め! 生きとし生けるものを噛み砕け!」
「ザイン王国軍よ、進軍せよ! 進軍!」
指揮官の指示を受けた両軍が一斉に突撃し、ぶつかり合う。
ザイン王国軍の総数は一万。騎兵三千、歩兵七千によって構成されている。
対するアンデッド軍は現在、姿を現している者だけでおよそ三万。今も王都の城壁から這い出してきており、どんどん数を増していた。
かつて王都に住んでいた住民のうち、どれほどの人数が避難することができたかはわからない。しかし、仮に半数が逃げ遅れて殺され、アンデッドになっていたとしても十万を超えるはず。まだまだ増える可能性はあった。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ! 野郎共、ビビってんじゃねえぞ! アンデッド共を槍で突き殺してやれ!」
だが……そんな数の不利を知りながら、部隊指揮官の一人が果敢に指示を出していた。
乱暴な口調で檄を飛ばしているのは、この数ヵ月間で新しく千人隊長に任命された男である。初老に足を踏み入れた年齢の強面の男で、短髪の頭部には白髪も目立っている。
男の名はアーヴィング・ボニート。少し前まで、ザイン王国西部にある小さな町でギャングのボスをしていた。
金貸しや賭博をしのぎにしてそれなりに成功していたボニートであったが……アンデッドの襲撃によってナワバリにしていた町が滅ぼされてしまい、手下の無法者を大勢失ってしまう。
やられた手下の仇討ちのために義勇兵としてザイン王国軍に参加し、親分肌で面倒見の良い性格から若い兵士らの信頼を集めて千騎長にまで昇進した。
職業柄、荒事にも慣れており、兵士に指示をする姿はなかなか様になっている。
「いいか、野郎共! 喧嘩も戦争も変わらねえ、ビビった奴から死んでいくもんだ! 死にたくなけりゃあ、やられる前にぶっ殺せ! 敵を皆殺しにしちまえば、誰も俺達を殺るこたあできねえんだからな!」
「おおっ! やってやるぜ!」
「薄汚ねえアンデッド共を皆殺しだ!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオッ!」」」」」
指揮官の怒鳴り声を受けて、配下の兵士が果敢に敵に立ち向かっていく。
ボニートが指揮しているのは若い新兵ばかりだが、経験の浅さに反して士気は高く、勢いがある。
指揮官の影響を受けたのかガラが悪いのが玉に瑕だったが……猪のような勢いでアンデッドを打ち破っていた。
「槍を構えなさい、迫ってくる敵を順番に突き殺すのです!」
「「「「「ハッ!」」」」」
一方、少し離れた場所では女騎士サーラ・ライフェットが冷静に指揮をしている。
サーラに率いられた兵士は密集陣形を取っており、前方に立った歩兵部隊が槍を前方に構えて『槍衾』を構築していた。
アンデッドの兵士には恐怖という感情はない。「進め」と命じられれば、たとえ壁にぶつかろうと真っすぐに進み続ける。
それは強みと言えなくもないのだが、時には弱点にもなる。
こうして槍を構えているだけで、敵から飛び込んできてくれて、勝手に串刺しになってくれる。密集した槍にアンデッドが次々と飛び込んできて、穂先に貫かれて絶命していく。
「他愛もありませんね……速度も遅く、武器をまともに扱う脳もない。おまけに弱点もわかっているとなれば虫の駆除よりも簡単です」
「「「「「アアアアアアアアアアアア……」」」」」
兵士の槍に貫かれたアンデッドは灰になって消えていく。
ザイン王国軍の兵士が装備している槍や剣には特別な仕掛けがしてあり、アンデッドに対して特攻を付与されていた。
『疫病』と『飢饉』の騎士の襲撃から数ヵ月。レイドールは兵士を集めて逆侵攻の準備を進めていたが、同時にアンデッドに対抗するための武器も作成していたのだ。
「不死者を殺す武器」などと言えば大げさに聞こえるだろうが……実のところ、アンデッドというのは弱点だらけの存在である。
太陽の光がある日中は弱体化してしまうし、銀製の武器や清められた水や塩にも弱い。事実、銀製の穂先に貫かれたアンデッドがどんどん消滅していた。
「いくら数が多くとも、数だけの烏合の衆に破られるほど私の兵は……そして、将軍ダレン・ガルストの軍は弱くはありません! 敵を殲滅なさい!」
サーラは堂々として言い放ち、配下に敵の殲滅を命じた。
三倍という数の差を覆し、ザイン王国軍はどんどんアンデッド兵を駆逐していく。
もちろん、それを敵の指揮官であるガルボラスが座して傍観しているわけはなかった。
「グヌヌヌヌ……回り込んで敵を包み込め! 数の差で圧殺するのだ!」
「「「「「アアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」
ガルボラスの指示を受け、アンデッド兵がザイン王国軍を取り囲むように左右から回り込もうとする。
兵数の利はアンデッド兵にある。周りを囲み、押し潰してしまえばザイン王国軍はひとたまりもないだろう。
「焼き払えよ、お前ら!」
だが……もちろん、それを予想していないダレン・ガルストではなかった。
戦場に爆炎が生じ、ザイン王国軍の右側に回り込もうとしていたアンデッドが炎に包まれる。
火も不死者にとっては絶対の弱点の一つ。炎に包まれたアンデッド兵は抵抗する暇もなく真っ黒な炭に変貌した。
「ハハッ! 腐った薪のくせに、なかなか良い色の火になるじゃねえか! なかなか燃える仕事だなあ!」
タバコを咥えながら器用に笑い転げているのは、かつて『火喰い鳥』と呼ばれていた男。現在は「フレアバード」と名乗っている中年男性だった。
元・宮廷魔術師だったフレアバードの背後には二十名ほどの若い男女が続いている。いずれも魔法の才能を見出され、新設された魔術部隊のメンバーとして選りすぐられた魔法使いだ。
「さあ、燃やせ! 焼いて焼いて焼きまくれ! 腐ったゴミ共は焼却処分だ!」
「「「「「ファイアボール!」」」」」
フレアバードの指示の下、若い魔法使い達が一斉に魔法を放つ。
無数の火球がアンデッド兵へと投じられて、あちこちから火柱が上がる。
フレアバードの魔術部隊に所属しているのは、いずれも十代の若者ばかり。彼らはアンデッドによって住んでいた村や町を失い、行き場を無くしていた者達だった。
復讐、あるいは食事目当てで義勇兵となった彼らから魔法の才能がある者を選別して、この数ヵ月間で特殊部隊として鍛え上げたのだ。
通常、いくら戦力になるからといって、平民に魔法を教えることはまずない。
優れた魔法使いは単独で一個中隊にも匹敵する戦力になる。平民が魔法を習得すれば、貴族や王族の地位が危ぶまれると考える権力者が多いからだ。
しかし、レイドールはそんな不文律をあっさりと破って平民中心の魔法部隊を編成した。
おまけに、同意を得た者にフレアバードがしているのと同じ『精霊との融合』という禁術を施し、本来であれば数年単位かかるであろう魔法の鍛錬を省略したのである。
「「「「「アアアアアアアアアアアア……」」」」」
焼き払われたアンデッドが消えていく。
ザイン王国軍の右側に迂回していたアンデッド兵が消滅した。残るは左側だが……。
「ヌオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
一人の騎士を先頭にした騎兵部隊が左側に回り込もうとしていたアンデッド兵を薙ぎ倒し、恐るべき勢いで進軍していく。
「前回は後れを取ったが、今回はそうはゆかん! 汚名返上、名誉挽回の時は今ぞ! 敵軍を斬り裂け!」
騎兵部隊の先頭に立って槍を振るっているのは、眼鏡をかけた大柄の騎士――千騎長の一人であるジャスティ・オイギストである。
ジャスティを先頭にした騎兵は敵軍を真っ二つに割って、逆に敵軍の後方へと回り込んでいく。
「このまま敵将――『戦争』の騎士の首を獲る! 者共、続けえええええええええええっ!」
「ぐぬう……人間ごときが、何という小癪な!」
自軍の兵士を次々と討たれて、ガルボラスが頭部に憤怒のシワが生じる。
兵数の優位さを覆され、追い詰められつつあるガルボラスであったが……決して、その男が指揮官として無能というわけではない。
ガルボラスは『戦争』の名を冠する騎士。最も長い年月をオスマンのために捧げ、仕えてきた人妖である。
他の三人の使徒が一、二万のアンデッドしか操ることができないのに対して、ガルボラスが指揮できるアンデッド兵は十万。その魔力量は『四騎士』の筆頭。オスマンからの信頼も厚かった。
ただ……今回の戦場はあまりにも状況が悪すぎた。
時間は正午過ぎ。やや雲がかかっているが日も高く、アンデッド兵は弱体化している。
おまけに王都での戦いだというのに城壁や防衛兵器はことごとく壊れており、使い物にならない。
そして、何よりもアンデッド兵は数が多いだけで質が悪い。兵士一人あたりの強さは粒ぞろいのザイン王国軍には遠く及ばない。
おまけに、知恵を持たないスケルトンやゾンビなどの下位アンデッドによって構成されたガルボラスの配下には、現場指揮官もいない。
小隊長や中隊長を欠いた部隊は戦略的な行動をとることができないため、ザイン王国軍のように生き馬の目を抜くような軍事行動がとれないのである。
天の時。地の利。人の和。
全てにおいてザイン王国軍が優っており、ガルボラス率いるアンデッド軍は後れを取っていた。
「まだだ、まだ終わってはおらぬ……偉大なる女王オスマン様に無様なところは見せられぬ……!」
そうだ、まだ終わってはいない。
王都の内部にはまだアンデッドの兵士が大量に残っている。動きが鈍くて城壁の外に出すだけでも一苦労だが……まだ勝敗はわからなかった。
(それに……忌々しいが、『死』の騎士もここにはいる……!)
今回の戦いではガルボラスが主将。副将として『死』の騎士――ザン=シャもいた。
ザン=シャはガルボラスの頭を抜いて魔剣を与えられた気に入らぬ男だが、それでも今はガルボラスの部下である。
ザン=シャの力を借りれば、容易に戦況は覆されるだろう。
「不愉快なことじゃが、ここは若造の力を借りるとしよう…………ん?」
そこでふと横を見るガルボラスであったが……思わず、目を見開いた。
「なあっ!? ザン=シャ!?」
先ほどまで副官として控えていたはずのザン=シャが、いつの間にか消えていたのである。戦場に気を取られていたとはいえ、まるで気がつかなかった。
「や、奴め! どこへ行きおった!?」
慌てて左右を見回すガルボラスであったが、ザン=シャの姿は何処にもなかった。
「邪悪なる騎士よ、覚悟おおおおおおおおおおおおっ!」
「グッ……!」
そうこうしているうちにも、アンデッド軍を蹴散らしながらジャスティ・オイギストが迫ってくる。
ガルボラスは奥歯が軋むほど噛みしめながら、シワクチャの顔面をこれでもかと歪めた。
「この若造どもがあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
老人の絶叫がこだまする。
ガルボラスの怒りに応えてアンデッドが壁として立ちふさがるが、ジャスティによって次々と破られていった。
ザン=シャという副官の不在に動揺するガルボラスであったが……老将は気がついていなかった。
いなくなっているのはザン=シャだけではない。ザイン王国側にも異変が起こっていた。
ザイン王国軍の後方、馬に跨って立っていたはずの大将――レイドール・ザインの姿もまた消えていたのである。
「進め、進め、進めええええええええええええええっ!」
「ぐぬう、守れ! 守れええええええええええええっ!」
両軍における重要な将を欠きながらも、戦場は新たな局面へと向かっていった。
戦いが始まってから、わずか二時間後の出来事である。
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