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231.軍と群

 レイドールに率いられたザイン王国軍は破竹の勢いで進軍していく。

 ザイン王国とオスマン帝国の国境にあるフェルニゲシュ連峰は魔女オスマンの手によって拓かれ、道ができている。進軍を妨げる壁はない。

 途中で村や町、砦もあったが、そこには兵士どころか生きた住民の姿すらなかった。

 かつて人々が暮らしていたであろう場所を彷徨っているのは物言わぬ死者ばかり。やってきたレイドールらに襲いかかってきたものの、愚直に向かってくるだけの彼らは槍の穂先を前に出しているだけで自分から貫かれ、動かぬ屍へと還っていった。

 レイドールは途中の町々をつなげて物資や兵糧の補給路を築きながら、まっすぐに王都に向けて前進していく。


 兵を挙げ、国境を越えてから七日ばかり。

 あっさりと、拍子抜けするほど簡単にアテルナ王国王都の鼻先へと到着することができたのである。


「あれがこの国の王都か……随分と容易くたどり着いたものだな」


 馬に跨ったレイドールが前方にある都市を見つめてつぶやく。後方には、ダレンをはじめとした将に率いられた兵士が続いている。

 ここまで何の妨害も受けることなく進軍することができていた。軍はほぼ無傷。生水を飲んで腹を壊した者はいても、戦いで負傷している者はいない。

 まだ敵将である『終末の四騎士』は半分が残っている。

 てっきり、途中で襲撃があるものだとばかり思っていたのだが……驚くほど何事もなく、王都に到着してしまった。


「俺達のことを歯牙にもかけていないということか? 舐めてくれるじゃないか」


「あるいは……我々を警戒しているが故に戦力を温存しているのかもしれません」


 同じく馬に乗ったダレン・ガルストが進み出てきた。貴公子のような美男子の騎士がレイドールの横に並ぶ。


「戦力を分散しても各個撃破されるだろうと判断して、王都に集中させているのかもしれません。実際、ここに『土』の魔女オスマンと『四騎士』の残る二人が集まっているとなれば、相当な脅威となることでしょう」


「なるほど……そういう見方もあるのか。さすがはダレンだな」


 レイドールは感心して頷いた。

 聖剣に選ばれた無双の戦士であるレイドールであったが、戦術や戦略の知識はダレンの方が上である。護国の対象であるバゼル・ガルストの息子として生まれ、騎士を率いるべく英才教育を受けてきたダレンには敵わなかった。


「ならば敵はどう出ると思う? 打って出てくるか、それとも王都に籠城をするか」


「おそらく、打って出て野戦に出てくるかと。王都があの様子では籠城も困難でしょうから」


「それもそうか……奴らには城壁を補修するという考えはないようだな」


 その場所からはすでに王都の外観が見えているのだが……城壁に囲まれた王都は見るも無残な有様であり、とても籠城できるような状態ではなかった。

 オスマン率いるアンデッドの軍勢が王都を襲撃した際、破壊した壁や門がそのまま放置されているのだ。

 大きな穴の開いた城壁の防御力は紙同然。容易く内部に侵入することができるはず。


「王都の防衛機能が麻痺しているとなれば、気にするべくはアンデッドの軍勢。魔女と『四騎士』の二人だな」


 レイドールが重々しい口調でつぶやいた。

 アンデッドは率いてきた兵士に任せるとして、問題となるのは魔女と『四騎士』である。

 世界に終わりをもたらすとされる『破滅の六魔女』であるオスマンの力は言うに及ばず、『終末の四騎士』もまた油断ならない力を持っていた。

 彼らの相手をまともにすることができるのは、聖剣に選ばれた英雄――レイドールとネフェルテ・アテルナの二人である。

 レイドールはともかくとして、ネフェルテはまだ聖剣の力に目覚めたばかりで不安があった。


「オスマン姉様だったら心配する必要はありませんよー。どうせ出てきませんから」


「ネイミリア?」


 レイドールの後ろからネイミリアが顔を出した。いつの間に回り込んだのか、馬の後ろに乗ってきて抱き着いてくる。


「オスマン姉様は地震を起こしたり、山を動かしたりでかなり消耗しているはずです。怠惰な人ですから、当分表には出てきませんよー」


「目先で戦いが起こっているのにか? アンデッドや『四騎士』がやられたら、今度は自分が殺られるかもしれないんだぞ?」


「自分が死ぬかもしれないことよりも『動くのが面倒くさい』というのを優先させる人なんですよ、姉様は。自分しかできないことなら自分がやるけれど、人に押しつけられることなら人任せにする。失敗して死んだら「まあ、仕方ない」。そう考える人なんですー」


「変わった女なんだな。この妹にして、その姉ありか……」


 レイドールが呆れたように溜息をついた。

 怠惰な姉に対して、色欲に満ちた妹はレイドールの背中に抱き着き、メイド服に包まれた胸部を押しつけている。

 その両手はレイドールの胸をまさぐっており、心なしか鼻息も荒い。


「それに……何だかんだ言っても、姉様は配下の『四騎士』を信頼していますから。彼らが負けることは想定していませんよ」


 ネイミリアがレイドールの背中に頬を擦りつけながら、補足する。


「オスマン姉様が手を出せば、それは『四騎士』の力を疑うことになります。姉様は信頼した相手を疑いません。『任せる』からには自分の命ごと相手にゆだねる。そういう重たい女なのですよー」


「重いのはお前も似たようなものだけどな……ともあれ、敵が出てきたようだ」


 破られた城門、城壁の穴から這い出るようにしてアンデッドが現れる。

 まるで蟻の巣から溢れ出るようにして……アンデッドはどんどん数を増やしていった。


「陣形を整えなさい! 戦闘準備!」


「ハッ!」

 ダレンが背後の兵士に指示を飛ばす。

 兵士らを率いる将が慣れた様子で兵を操り、陣形を整えていく。


「それでは……敵の軍勢はお任せを。レイドール殿下は存分に戦われませ」


「ああ、任せたぞ」


 レイドールは軍の指揮権をダレンに託して、腰の聖剣を握りしめる。

 今回の戦いでは、ザイン王国軍の指揮をダレンに任せて、レイドールは自分が戦うべき敵との戦いに専念するつもりだった。

 レイドールが戦うべき敵……その姿は、すでに崩れかけた城壁の上に見えている。


「不死の軍勢よ、前に進み出よ! 我らが女王オスマン様の命を狙う怨敵であるぞ!」


「…………」


 城壁の上に立っているのは二人の人物。

 やかましく喚いている神経質そうな老人と、無言で直立している黒髪褐色肌の陰鬱そうな青年である。


『戦争』の騎士――ガルボラス


『死』の騎士――ザン=シャ


 魔女オスマンの最側近。

『破滅の六魔女』によって生み出された魔人である『使徒』が、レイドールの視線の先に立ちふさがっていた。


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