229.英雄の出陣
いよいよ、西方に遠征する時がやってきた。
目的はアテルナ王国を占領して、無数のアンデッドを生み出している元凶――『土』の魔女オスマンの討伐である。
目的を果たすまで帰還するつもりはない。確実にオスマンを打ち倒し、大陸西方地域をアンデッドの脅威から救ってみせる。
「例の大地震に始まって、さんざん煮え湯を飲まされてきたからな。この因縁に終止符を打ってやる!」
馬に跨ったレイドールが宣言する。
漆黒の鎧に身を包み、腰に聖剣を佩いてマントをなびかせる姿はまさに英雄。
かつて開拓都市で冒険者をしていた頃よりも、その身体から発せられる覇気は格段に磨きがかかっている。幾人もの強者との戦いがレイドールという英雄の原石を磨き上げ、大粒の宝石へと作り変えていたのだ。
「レイドール殿下、出発の準備が整いました!」
レイドールの側近にして将軍であるダレン・ガルストがやってくる。
白馬に跨ったダレンはまさに貴公子。血生臭い戦場に赴くとは思えないほど美麗な姿をしていた。
「ああ、ご苦労。それにしても……何度見ても壮観だよな。自分に付き従う軍隊というやつは」
レイドールの前には武装した兵士が整列していた。西方遠征のために数ヵ月かけて編成されたザイン王国軍である。
居並ぶ王国軍は大きく三種類の部隊から構成されていた。
元々、レイドールに率いられてアンデッド襲撃に立ち向かうためにやってきた部隊。一部の貴族が起こした反乱の後、新たに援軍として送り込まれてきた部隊。そして、オスマンが原因で家族や故郷を亡くした者達を中心とした義勇兵による部隊である。
義勇兵は最初こそ練度が低く、明らかな素人兵士だった。
しかし、遠征の準備が整うまでの数ヵ月間にダレンが厳しい訓練を施しており、精鋭部隊と呼べるまでに鍛え上げられている。
家族や故郷を失い、復讐に燃える彼らの士気は全部隊の中でも随一かもしれない。槍と鎧で武装した兵士達の瞳には復讐の炎が燃えていた。
「ウムウム、良い具合に気合が入っているようですな。頼もしい限りではありませんか!」
千騎長の一人であるジャスティ・オイギストがレイドールの横に馬を進めて、満足そうに頷く。
先の戦いでは腕を折る重傷を負ってしまったジャスティであったが、すでに傷は快癒していた。一時は細くなってしまった腕も、連日の筋トレによって隆起を取り戻して精悍なラインを描いている。
「皆、レイドール殿下の御言葉を待っているようですな。出立の前に、激励の言葉を贈っては如何ですかな?」
「そうだな……軽く説教でもしてやるか」
ジャスティに勧められ、レイドールは馬で小高い丘を登っていく。
高所より兵士らの隊列を見下ろして……厳かに口を開いた。
「諸君、俺は争いが苦手だ」
「「「「「…………?」」」」」
誰もが認める英雄である王弟の言葉に、兵士らの頭に疑問符が浮かんだ。
困惑した顔つきになる兵士にレイドールはなおも言う。
「美味いものを喰らうのは好きだ。良い女を抱くのも好きだ。だが……死んでしまったらそれもできなくなる。だから俺は争い事が嫌いだ。戦争というものを何よりも憎んでいる」
「「「「「…………」」」」」
「だが……争いはどうやら俺のことを愛して愛して堪らないらしい。聖剣を初めて手にしたときから、俺の周りは戦いだらけ。血生臭くって敵わない。要するに……俺は戦争に愛された闘争の申し子だ。ゆえに、必ず戦いに勝利する。何故なら愛されているからな!」
自信に満ちあふれた傲慢にも似た言葉。
聞く者によっては鼻に突くようなセリフであったが、誰もそれが間違いなどとは思わなかった。
ああ、そうだ……この男ならば本当にどんな戦いだって勝利する。そんな確信が兵士らにはあったのだ。
「これから行くのは戦場。それも死者が立ち上がって向かってくるような最悪の地獄だ。俺はお前らに『死なせない』などという出来もしない約束はしない。『生き残ってくれ』などという欺瞞に満ちた言葉も贈らない。だが……一つだけ、確実に約束しよう!」
レイドールは腰の聖剣を抜き放ち、空に向けて大きく掲げた。
馬が前足をあげて、天に向けて大きくいななく。
「勝利することをだ! 俺が戦場にいる限り、お前達が敗軍の兵になることは断じてない! たとえ敵の槍に貫かれて命を落とすことになったとしても、決して無駄死ににはならない! 何故なら勝利するからだ!」
「「「「「…………!」」」」」
「俺はこの場において絶対の勝利を約束する! だから、剣を取れ、前に進め、そして敵を打ち破れ! たとえ道半ばで倒れたとしても、お前達の魂を必ずそこへ連れていく!!」
「おお……」
「おおおおおっ!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」
一人の兵士の口から漏れた感嘆の声は、やがて血を震わせるような鬨の声へと変わっていく。
この場にいる誰もがレイドールの言葉を耳にし、噛みしめ、理解する。
生死にかかわらず自分達が勝者であることを。
聖剣の英雄がそこにいる限り、自分達が無意味な死を遂げることは決してないということを。
(……危ういな。なんと危ういことだ)
天地を揺さぶるような大音声を耳にしながら、ダレンが小さく肩を震わせた。
レイドールの言葉には力がある。人々から死の恐怖をぬぐい取り、戦場に向かわせる『熱』が宿っていた。
それはまさしく英雄の才。乱世を切り裂き、新時代を築き上げる覇王の才覚といえるだろう。
(頼もしい……だからこそ、危うくて恐ろしい。狂奔に駆られたこの軍は、レイドール殿下の勢いだけに支えられているようだ……)
熱に突き動かされた軍隊は『攻め』に出ている間は能力以上の力を発揮するが、一度『守り』や『逃げ』に回ってしまうと途端に瓦解する。
兵士らはレイドールが勝利を与えてくれることを信じているからこそ恐れることなく戦うことができるが、仮にレイドールが敗北したら総崩れになってしまうことだろう。
「『強過ぎる王』は時に国を滅ぼす、か……」
ダレンがつぶやいたのは、かつて父――バゼル・ガルストから教えられたことだった。
国を滅ぼす王は四種類に分けられるという。
愚かな王。利口過ぎる王。弱き王。そして……最後が強過ぎる王である。
愚かな王は愚かさゆえに。弱き王は弱さゆえに国を守りきれずに崩壊させてしまう。
利口過ぎる王は諦めが良く、痛みを伴ってまで踏みとどまろうとしない。少しでも痛みを軽くするために、国すらも投げ出してしまう。
そして……強過ぎる王は弱気を嫌い、無理な攻めに出ることで決定的な敗北をもたらしてしまう。
戦争に勝つことは容易くとも、永遠に勝ち続けることは不可能。たった一度の敗北によって全てを失ってしまうこともあるのだ。
(……今の殿下はまさに『強過ぎる王』の姿ではないのか? ひょっとしたら、このまま破滅するまで無茶をしてしまうのではないのか?)
「大丈夫ですよー、ダレンさん」
「ッ……!?」
「ご主人様はダレンさんが心配するようなことにはなりません。だって、私がいますから」
ダレンの不安を見透かしたように声をかけてきたのは、いつの間にか横にいたメイド服の女性――ネイミリアだった。
ネイミリアは馬と同じほどの大きさがある巨大なカラスに跨っており、何故か「エヘンッ!」と胸を張っている。
「夫の至らぬところを支えるのは妻の役目。そして、主人が汚したベッドを整えるのはメイドの役目です。両方持った私は無敵といえるでしょう!」
「ネイミリアさん……?」
「ご主人様の危なっかしいところは私達で補えば良いんですよ。それが出来ないというのなら、側近の意味がないんじゃないですか?」
「それは……!」
ネイミリアは言いたいことだけ口にすると、大きなカラスを飛ばしてレイドールのところに行ってしまう。
どこまでも能天気で気の抜けるような口調であったが、その内容はダレンの胸に刺さるものがあった。
「……情けない。浮足立っていたのは私の方か」
ダレンは首を振って、胸中に湧いた不安を消し去った。
レイドールは強い。
それ故に、一度の敗北で足元から崩れてしまいそうな危うさがある。
(ならば……側近である私が殿下の足元を支えれば良いだけのことだ。それが出来ずして、どうして側近を名乗れるというのだ)
「ダレン! 出陣だ、指揮を執れ!」
「承知しました、殿下!」
ダレンは主君の命に応えて、馬を走らせた。
大陸西域の運命を決定する一戦。
魔女オスマンとの決戦の時が刻一刻と近づいてきていた。
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