228.禁欲の夜明け
今日から10月になりました。2022年も残り3ヵ月。
頑張って更新していきますので今後ともよろしくお願いします。
「ハッ……!」
急な悪寒が背筋を襲う。
レイドールはベッドから跳ね起き、慌てて周囲を確認した。
「何だ……今、とんでもなく嫌な予感がしたぞ……!」
気がつけば、全身にビッショリと汗をかいていた。
まるで背中に剣を突きつけられたような感覚である。
「どうかしましたか、ご主人様?」
隣で眠っていたネイミリアがシーツの中から顔を出した。
タレ目がちな目をこすりながら、「ふあ……」と大きなアクビをする。
「いや……何でもない……はずだ」
答えながら、レイドールは額に手を当てて汗をぬぐう。
何者かから襲撃を受けたのかと思ったが、特に襲撃者らしき気配は感じない。
そもそも、レイドールが滞在している屋敷には少なくない兵士が警備についており、魔法の達人であるネイミリアが結界を張っている。侵入者など入れるわけがない。
だが……背中を撫でる嫌な予感は消えない。これはもはや予感というよりも確信に近かった。
「何というか……知らない場所でとんでもないことが起こっているような気がする。まさか、オスマンの襲撃か?」
「そうですか? オスマン姉さんが何かしているのなら、私が気がつかないわけがないんですけど……?」
ネイミリアが不思議そうに首を傾げた。
『土』の魔女であるオスマンはネイミリアの実の姉。同じ魔女だからという以上に、感じ取るものがあるのだろう。
ネイミリアが大丈夫だというのであれば問題ない。そのはずだった。
「そうだな……気のせい、だよな」
レイドールは深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。
時間が経つにつれて悪寒も引いてきた。やはり、夢見が悪かったのだろうか。
「悪かったな、騒がせた……ところで、ネイミリア。お前はそこで何をやってんだ?」
当然のように隣に眠っていたネイミリアに、レイドールは白い目を向ける。
今日は大事な日。余計な疲れを残さないように別室で眠ったのだが……いつの間にか、レイドールのベッドの中にネイミリアが潜り込んでいた。
「どうして当たり前みたいに裸なんだよ……目的はなんだ!? さっさと口を割れ!」
「もうっ、ご主人様ってばわかってるくせに」
ネイミリアが形の良い乳房を隠すことなく、堂々と胸を張ってくる。
「『今日は夜伽はいらない。寝室に来るな。絶対に来るな』……つまり、逆に『やれ!』っていうフリですよね?」
「どこの大道芸人だ!? ゆっくり寝たいから来るなって言ったんだよ!」
「またまた、口ではそんなことを仰っているくせに、こっちは元気になってますよ~」
「ぐおっ!?」
ネイミリアが手を伸ばし、レイドールの身体の一部を掴む。
朝の生理現象が生じていた箇所への突然の攻撃。さすがのレイドールもうめき声をあげる。
「おまっ……いい加減にしろよ! 今日は大事な遠征だぞ!?」
そう……今日は重要な遠征がある日だった。
遠征。すなわち、魔女オスマンによって支配されたアテルナ王国へ逆侵攻を仕掛ける日がやってきたのである。
ここに至るまで長い時間がかかった。
『魔女の復活祀』での大地震。そこから大量発生した魔物の襲撃。西方のアテルナ王国からのアンデッドの襲撃。その隙をついて起こった一部の貴族の反乱。
荒廃した村々の復興を終えて、軍備を整えるのに長い労力と時間がかかった。
フェルニゲシュ連峰を支配していた黒竜を倒して……少年宰相であるスヴェン・アーベイルの活躍によって兵糧などの物資も集まり、ようやく反撃できるだけの準備が整ったのである。
「遠征前の朝に気が抜けるようなことをしてんじゃねえよ! いや、正直予想はしてたがな!」
レイドールとて、ネイミリアの性格は理解している。
どうせまた夜這いを仕掛けてくるかもしれないと、部屋の前に見張りの兵士を立てておいたのだが……。
「フフッ……私だって、いつまでも同じ場所で足踏みをしているわけではありません! 日々、成長しているのですよ!」
ネイミリアは不敵な笑みを浮かべて……レイドールの影の中に潜り込んだ。
『私は長年の研究により、ご主人様の影の中に自立した亜空間を生み出すことに成功したのです! さらに私の影と繋げることで、いつでもどこでもご主人様の所にご奉仕に行けるのです!』
「とんでもない魔法をくだらない目的に使うな!」
自分の影から響いてくる声に怒鳴り返す。
影の中に亜空間を生み出す魔法だなんて聞いたことがない。
おまけに、複数の人間の影をつなげるだなんて二重で驚きである。
さすがは『破滅の六魔女』の一人。さすがの魔法であると褒めたいところだが……動機が非常にくだらない。
「むう……隣で添い寝していただけなのに、そんなに怒らないでください。昨夜だって、その気になれば好きにできたのに我慢したんですよっ!」
ネイミリアが影から首だけを出し、不満そうに頬を膨らませた。
ベッドに落ちた影から生首が出ている姿はとても不気味な光景である。
「それよりも……出発まで時間がありますよ? 一発抜いていきませんか?」
「何をだ! 少しは恥じらえ!」
「先っちょだけ。先っちょだけですからっ! 私のことはちょっと変わった厠だとでも思ってくれていいですからっ!」
「変態か、お前は! 眼え輝かせて低俗な口利いてんじゃねえよ!」
淫行に誘うネイミリアの顔はキラキラと輝いた最高の笑顔。
純粋で汚れのない笑みで卑猥なことを口にするネイミリアに、レイドールは大いにドン引きする。
「はあ……帰ってきたら好きなだけ遊んでやる。オスマンを倒すまでの我慢だ」
「ああんっ!」
レイドールはネイミリアを振り払い、逃げるようにベッドから出た。さっさと服を着て支度を整える。
「戦の前に毒気を抜いてどうすんだよ。戦う前は飢えておくくらいが丁度いいんだ」
「むう……残念です……」
いくら誘っても無駄だと悟ったのだろう。ネイミリアが唇を尖らせてガックリと肩を落とす。
しかし、すぐに持ち前の明るさで気を取り直したのか、両手を握りしめて頭上に突き上げた。
「わかりました! だったら、ご褒美のために一生懸命、働きますよ! ご主人様に抱いてもらうためにオスマン姉様をぶち殺しますねっ!」
「………………そうか」
家族の絆って何だろう?
レイドールは亡き兄の顔を思い出しながら、そっと顔を引きつらせたのであった。
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