227.姉妹の会話
お待たせして申し訳ございません。
更新再開となります。
書籍2巻が発売中!
コミカライズ版も11月から連載開始予定になります!
今後とも本作をよろしくお願いします!
セイリアの目の前に奇妙な風体の少女が立っている。
エメラルドのように緑色で半透明のおかっぱ髪。真珠のように白く、スベスベの卵肌。両の眼は蒼穹のように青く澄み切っている。
十二、三歳ほどにしか見えない小さな身体に着けているのは、下着のような上下の白ビキニ。その上に極彩色のガウンをマントのように羽織っている。
年頃の令嬢としてはあるまじき露出過多な服装。ギリギリで踊り子……場合によっては娼婦と間違えられない格好だった。
そして……緑色の髪からのぞいた耳はツンと尖っている。それは少女が人間とは祖を異なる別種族――エルフと呼ばれる亜人の血を引いていることを示している。
「ちょ……アルクス! あなた、どうしてここにいるの!?」
意図せず現れた妹――アルクス・ラインマキナ=アマルトゥ・アルスラインの姿にセイリアは泡を食ったように叫んだ。
「あなたは帝国の皇女なのよ!? こんな辺境まで気楽に外出なんてしたらダメでしょうが!」
セイリアが大きなブーメランを放った。
そもそも、家出同然に城を飛び出して冒険者生活をしているのはセイリアの方である。
「仕方ないではないか! 私は姉上のことを探していたのだから!」
長命のエルフの血を引いているためか年齢以上に小柄な妹は、チョコチョコと小さな歩幅でセイリアの前に歩いてくる。
平たい胸をグッと突き出してふんぞり返り、自分よりも背が高い姉のことを上に見下す。
「それに……別に一人で来たというわけではない! ちゃんと護衛を連れてきているので心配御無用!」
「そうなの? それなら、えっと……良いのかな?」
セイリアが首を傾げるが……もちろん、良くなどはなかった。
帝国皇帝の血を引く皇女が二人して田舎の地方都市に滞在しているなど、立派な異常事態である。
純粋で天真爛漫なセイリア。傲岸不遜を絵に描いたようなアルクス。
容姿はもちろん、性格もまったく似ていない姉妹であったが……意外なことに、彼女達の仲は悪くはなかった。
権謀術数、様々な陰謀が渦巻いている王宮の中で彼女は数少ない権力闘争と無縁な皇族である。セイリアにとってアルクスは一緒にいて苦にならない数少ない人物であり、王宮ではそれなりに親しく交流していたのだ。
「私に用事って……まさか、帝都で何かあったの?」
「そうだね……話せば長くなるので場所を変えよう。ゆっくり話をできる場所は……」
「あ、ギルドの会議室がありますけど。使いますか?」
蚊帳の外に追いやられていた受付嬢がおずおずと手をあげて提案してくる。
「本来は貸し出しはしていないんですけど……皇族であるお二人ならばギルドマスターもノーとは言わないはずです。セイリアさんには急な依頼を受けてくれた恩もありますし、部屋を借りてきますよ」
「うむ、良きに計らえ。あとで褒美を遣わす」
アルクスが可愛らしい外見とは似合わない渋めな口調で命じる。
「構いませんよ。よければお茶菓子などもありますけど?」
「結構だ。話が済んだら疾く出ていくゆえ、気持ちだけ頂戴しておこう」
「そ、そうですか? 新作のクッキーとかもあるんですけど……」
「あう!」
アルクスではなく、セイリアが思わずといったふうに声を漏らす。
物欲しげな瞳。甘党の皇女の瞳から万感の思いが伝わってくる。
「……お土産に包んでおきますね。後で食べてくださいな」
「ありがとう! ルーシャってば大好き!」
セイリアが受付嬢に抱き着いた。
受付嬢は困ったような顔になりながら、まんざらでもないという表情でセイリアの背中を叩く。
「姉上、時間は有限だ。早く部屋で話そうではないか」
「はーい」
どこか呆れたような調子でアルクスが姉をたしなめる。セイリアも気のない返事をしながらルーシャから離れた。
いったい、どちらが年上なのかわからない有様である。
あまり似ていない姉妹は連れたって受付嬢が用意してくれた部屋に移動した。アルクスの護衛としてついてきていた兵士はギルドの入口に待たせている。
通されたのは応接室らしき部屋。テーブルを挟んで置かれた柔らかなソファに対面になって腰かけて、本題へと入る。
「それで……私に何の用なのかな? まさか連れ戻しに来たというわけじゃないよね?」
「うむ、違うな。私の用件は……そうだな、何から話せばいいやら」
セイリアの問いにアルクスが首肯して、考え込む。
「うーん」と唸りながら、頭の中で考えをまとめている。
「……姉上、貴女は『破滅の六魔女』が復活したことは知っているな?」
ようやく切り出された話題にセイリアは曖昧な表情で頷く。
「知ってるわよ。あの地震の夜のことでしょ?」
聖剣保持者であるセイリアは父親から三百年ぶりの魔女の来訪――『魔女の復活祀』について聞いていた。
数ヵ月前の赤い月の夜。大陸西部を大地震が襲った夜に魔女が復活したことにも感づいている。
『土』の魔女であるオスマンが引き起こした地震は大陸中央の帝国ではそれほど被害はなかった。むしろ、地震直後から現れた魔物の群れの方が、すでに冒険者として活動を始めていたセイリアにとって重要なことである。
「魔物が増えているのも魔女が復活した影響なのよね。本当に許せない…………いや、魔女にも良い子はいると思うんだけど」
セイリアの脳裏にとあるメイドの姿が浮かぶ。
あの能天気でエッチなメイドが世界を破滅に導く存在であるとは、セイリアには少しも思えなかった。
(ネイミリアはどうしてるのかな? あの子のことだから、今日だってお兄さんとイチャイチャして……ああ、もう! 何かムカッとするんだけど!?)
「どうかしたか、姉上?」
「……何でもない。それで魔女の復活がどうしたの?」
胸のざわつきを感じながらセイリアが訊ねると、五女は説明を再開させる。
「先日のことだが……姉上も知っているザイン王国にアンデッドの軍勢が攻めてきたようだ。発生源は大陸西方にあるアテルナ王国だな」
「え……アンデッドって……?」
「どうやら、アテルナ王国で死者の女王とも称される『土』の魔女――オスマンが甦ったようだ。未確認だが、アテルナを滅ぼしたオスマンがザイン王国にも攻撃を仕掛けてきたようだな」
「…………!」
セイリアが瞳を見開く。
思わず叫びそうになるが……それよりも先に脳裏に浮かぶ一人の男の顔。
セイリアを破り、皇帝ザーカリウスに認められた男。あの男がいて、易々とアンデッドの侵略を許すわけがない。
「だけど……勝ったんだよね、ザイン王国は。お兄さんがいて簡単に負けるわけがないもの」
「姉上の慧眼の通り。王弟であるレイドール・ザインを中心とした軍によってアンデッドは撃退されたそうだ。現在はアテルナに逆侵攻すべく準備を整えているとか」
「ふうん、やっぱりね!」
セイリアは頷いて、得意げに胸を張る。
予想通り。レイドールはアンデッドの軍勢を打ち破ったようである。
何故か誇らしい気持ちになってくるセイリアは「ふふんっ!」と胸を張り、顔に満足げな笑みを浮かべた。
「ま……お兄さんだったらそうだよね! 私に勝った男だもん。それくらいしてくれないと負けた私が弱いみたいじゃないっ!」
「どうして姉上がそんなにも自慢げなのかはわからないが……ここからが本題だ。レイドール殿下と面識がある姉上に、彼の御仁の為人を教えて欲しい。何を好み、何を嫌うのか。どんな信念をもってして貫く御人なのかを伝授願いたい」
「それは別にいいんだけど…………えっと、なんで?」
セイリアが形の良い眉を寄せて、怪訝な顔になる。
どうしてアルクスがレイドールのことを知りたがるのだろう。理由が思い浮かばなかった。
「この度、アルスライン帝国からザイン王国へと援軍を送る計画が出ている。ただでさえあちらは地震の被害も大きくて大変だろうから、今のうちに恩を売って外交上の優位を得てしまおうということだな。その先遣隊の責任者を私が任されることになったので、姉様にレイドール殿下についての事前情報を聞きに来たのだ」
「へえ、援軍……ふーん、そうなんだ……」
セイリアは少しだけ考えこみ、腕を組んで唸る。
「うーん……お兄さんがそんなの受けるかな? お兄さんは目的のためにわりと手段を選ばない人だけど、変にプライドが高かったりするし。そのくせ慎重なところもあるから、帝国の支援を受けることを断るかもしれないけど?」
「まあ、この間まで敵国だったからな。疑うのも無理はあるまい。だから、姉上にはレイドール殿下との仲立ちになってもらいたいのだ」
「なるほどね……ところで、援軍を送るのは良いとして、どうしてアルクスが責任者なのかな? お父様が貴方に外出の許可を送るだなんて珍しいじゃない」
アルクスはエルフと人間の混血である。
帝国は南の亜人国と敵対している関係もあって、亜人差別が激しい風潮があった。
そのため、見るからに亜人そのものの外見をしたアルクスはほとんど帝都から出ることはなく、他国に送り込まれるなんて初めてのことに違いない。
「ああ、このたび私がレイドール殿下の婚約者に選ばれたのだ。その顔合わせも兼ねて責任者に任命されたのだよ」
「ふーん……婚約者ね。そういうことなら確かに…………って、婚約者!?」
遅れて言葉の意味を理解し、セイリアが思わず立ち上がった。
「婚約者って……あの婚約者!? アルクスが、誰のっ!?」
「もちろん、レイドール殿下だ。殿下は王弟ではあるが実質的な支配者。国王であるグラナードや幼い王太子よりも重要な存在。帝国から嫁を送り込むのは自然なことだろう?」
「え……ええええええええええええええええええっ!?」
セイリアの絶叫がギルドの内部に響き渡る。
レイドールの許可なく選ばれた婚約者――五女アルクス・ラインマキナ=アマルトゥ・アルスライン。
彼女が夫となる男と邂逅する日が、刻一刻と近づいてきているのであった。
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