23.砕かれた想い
「さて……そういえば、使者として送ったマーセルの娘が無礼を働いたようだな?」
再会の挨拶を終えて、グラナードが思い出したように切り出した。話題として挙がったのは宰相の娘であるメルティナ・マーセルについてである。
レイドールを王都に連れてくるために使者として開拓都市に送り込まれたメルティナであったが、現在はレイドールに呪いをかけて拘束しようとした罪で拘束されている。その身柄は今も開拓都市にあり、ザフィスが管理する冒険者ギルドの牢屋へと放り込まれていた。
「はい、宰相であるマーセル閣下の娘を拘束するなどしたくはありませんでしたが、事が事ですので身柄を預からせていただきました。宰相閣下がお望みとあらば解放してお返しするつもりですが?」
「……いえ、その必要はございません」
しれっとした顔で訊ねてくるレイドールに、ロックウッドは顔色一つ変えることなく答えた。
「娘はザイン王家に仕える者として許されざる行為をいたしました。それが国を救わんとはやる気持ちからであるからとして、助命を乞える立場ではございません。どうぞ殿下の好きなようにお裁きください」
「へえ、宰相閣下がそうおっしゃるのであればそのようにさせてもらうが……いいのか? 手塩にかけた大事な娘だろう?」
レイドールは意地悪そうに唇を吊り上げて確認する。対するロックウッドは固い相貌を崩すことなく平然と答える。
「無論でございます、殿下。もはや娘はマーセル家の人間にあらず。煮るなり焼くなり好きにしてくださいませ」
「…………ああ、了承した。好きにさせてもらうさ」
レイドールはつまらなそうに鼻を鳴らした。
ここでロックウッドがメルティナを庇い立てするようであれば、宰相に対して王家への不敬を追及して追い落とす絶好の機会となった。
ロックウッドが処分されれば兄王グラナードの力をわずかでも削ぐことができたのだが、どうやらそう上手くはいかないようである。
(まあ、この男が国のために身内を切り捨てられる人間なのは知っていたからな。驚くほどのことではないか)
レイドールは心中で諦観の溜息をついて早々に気持ちを切り替える。
「それで、兄上。私を王都に呼び戻したのはいかなる用件でしょうか?」
すでにメルティナやダレン・ガルストから説明は受けていたが、レイドールはあえてそれを言葉にして問いかけた。本題を切り出されたグラナードはピクリと片眉を震わせる。
「そのことだが……お前もすでに聞いているとは思うが、東のアルスライン帝国が国境を侵してザイン王国へと攻め込んできた」
「…………」
「帝国は我が国よりも兵力が多く、おまけに今回の侵略には聖剣保持者まで追従している。すでに国境の要であるバルメス要塞は落とされており、王国の三分の一は制圧されてしまった。ガルスト将軍が敵軍を押さえてくれているが、このままでは王国の滅亡は時間の問題だろう」
「それで……兄上は俺にどうしろというのですか?」
問いながら、レイドールは拳を固く握り締めた。爪の先端が手の平に刺さって鋭い痛みが走る。それでも手の力を緩めることはしない。
(さあ、どう出る? ここが俺達にとって最後のターニングポイントだぞ?)
もしもレイドールとグラナードが和解して手を取り合うことができるとすれば、ここが最後の機会になるだろう。
グラナードが頭を下げて謝罪するのであれば、あるいは二人の間に刻まれた深い溝も少しは埋まることだろう。
グラナードがレイドールの予想している通りの言葉を口にしたのであれば、その瞬間、完全に兄弟の絆は断たれることになる。もはや修復は叶わない。
だからこそ、レイドールは固唾を飲んで兄の言葉を待った。
しかし――グラナードの口から放たれたのは、全ての希望を消し去る無情な言葉であった。
「聖剣保持者レイドール・ザインよ。ザイン王国を救うためにダーインスレイヴを手に取って帝国と戦うのだ!」
「っ……!」
レイドールは奥歯を噛みしめて、両目を固く閉じた。
その瞬間、レイドールの心にわずかに残っていた兄への想いが粉々に破壊される。
グラナードは己が王として君臨するために、そして聖剣を奪われた嫉妬からレイドールを辺境へと追いやった。
そして、そのことを謝罪して関係を修復することもなく、王としての権威を盾にとって一方的に国のために戦うように強要してきた。
もはや二人の関係は兄弟ではない。
利用する者と、利用される者。支配者と奴隷とという関係に成り下がったのだ。
(そうか……兄上は、グラナードはもう、俺のことを本当に弟とは思っていないんだな? ただの利用価値のある駒としてしか思っていないんだな?)
レイドールの心が、氷の塊を投げ込まれたように冷え切っていく。
幼い頃に兄と過ごした親昵の日々が頭の中をよぎっていく。それもすぐに記憶の片隅へと追いやられて消え去ってしまう。
(そちらがそのつもりならば、容赦はしない。奪われたものは取り返す、奪った奴は叩き潰す! 俺はもう、二度と己の居場所を奪わせはしない!)
業火のように燃え盛る決別の意志を固めてレイドールは顔を上げた。
お前が俺を支配する?
ふざけるなよ!
聖剣にすら選ばれなかった王が。弟への嫉妬から聖剣保持者を手放すことを選んだ器の小さい王が、どうして自分を支配することができるというのだ。
レイドールの目には、もはや視線の先にある玉座が奪い取るべき場所にしか見えなかった。
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