200.亡き友に捧ぐ
ザイン王国に放たれた二人の使徒は討滅された。
『疫病』と『飢餓』を司る『終末の四騎士』は打ち倒され、彼らが率いていた二万の死者の軍勢も残らず駆逐された。
レイドール率いるザイン王国軍と、オスマン率いるアンデッド軍。
両者の初戦となる戦いはザイン王国軍の勝利に終わったのであった。
「そうか……ルールーブとウィルフレッドが逝ったか」
ザイン王国より西。大陸西方地域にあるアテルナ王国にて。
仲間の敗北に最初に気がついたのは、彼らの主である『土』の魔女オスマンではない。同じく『終末の四騎士』である『死』の騎士──ザン・シャである。
かつてネフェルテが暮らしていた王城。その頂である尖塔の屋根の上に立った黒髪褐色肌の男は、遥か東を見つめながら哀しげに目を細めた。
『土』の魔女オスマンに仕える四人の騎士であったが、彼らは決して仲良しこよしの親しい仲というわけではない。
喧嘩をすることはしょっちゅう。特に険悪な『戦争』と『飢饉』などはオスマンの歓心を得るために積極的に功を競い、足を引っ張り合うことすらあるのだ。
その関係は三百年前の『大災厄』の頃から変わっていない。むしろ、かつての敗北を経て酷くなっているとさえ、ザン・シャは思っていた。
「……魂よ、安らかなれ。同胞よ、あとのことは我らに任せろ」
それでも……意志や想いは違えど、同じ主君に仕える仲間である。同胞の死を知ったザン・シャの心中には虚ろな穴が開いており、悲しみや寂しさにも似た感情が穴の底から湧き出してくる。
ザン・シャの主君であるオスマンもまた、すぐに二人の死に気がつくことだろう。
だが……ザン・シャは確信していた。
使徒の死を知ったとしても、オスマンは決して悲しむことなどない。数百年の付き合いである忠臣が死んだところで、いっさい心を痛めることはないだろう。
それが非情であるとは思わない。オスマンは最初からそういうふうにできているのだ。
『土』の魔女にして、死者の国の女王であるオスマンにとって、『死』は公平かつ平等なもの。森羅万象、万物に等しく訪れるものであり、例外などは存在しない。
故に、オスマンは仲間や部下の死であっても当然のごとく受け入れる。悲しむことも、涙を流すこともあり得ないのである。
「ルールーブ、お前は気がついていたな……オスマン様が謳っている『人類廃絶』という目的が上っ面のものでしかないことを。ウィルフレッド、お前は知らなかったな……オスマン様が我らのことを少しも愛してなどいないことを」
オスマンの目的は人類廃絶。魔女として、厄災として人類を滅亡に追いやること。
だが……それは本心からの目的ではない。あくまでも魔女の長である『光』の魔女──グラスリードの命令に従った結果である。オスマン自身が望んだことではなかった。
そもそも……オスマンは究極的に怠惰な性格なのだ。
オスマンは何物も望まない。何物も求めない。
大地が全てを受け入れるように、『死』が何人も拒まないように……オスマンは人も動物も魔物も否定することなどないのである。
「女王は我らを愛してはいない。だが……それでも、騎士には忠義を誓う主君が必要だ」
ザン・シャは騎士である。
使徒となる以前──生前はとある国の君主に仕えて、命懸けで忠義を貫いていた。
だが……ザン・シャがいくら尽くしたとしても、主君はそれに応えてはくれなかった。ザン・シャは自らが信じた主君に裏切られ、全てを奪われて追放されてしまったのだ。
仕えるべき主君を無くして、荒野をさまよった果てにザン・シャが出会ったのが……『破滅の六魔女』の一角であるオスマンだった。
犬が飼い主を求めるように。幼子が親を求めるように。
ザン・シャはオスマンを新たな主君として見出し、前回の『大災厄』、そのまた前の『大災厄』から、五百年以上も忠義を果たしてきた。
たとえ、それが主君の心にまったく響かないと知っていながら。
「我らが尽くす忠義に意味などない。オスマン様の心に響くことはないだろう。それでも、我はこの身を捧げねばならん。そうでなければ騎士でなくなってしまうから」
ザン・シャよりも二百年以上も遅れて使徒となったルールーブやウィルフレッドは、権力者に対する恨みを晴らすために『終末の四騎士』になることを選択した。
対して、ザン・シャがこの道を選んだのはただ『騎士として在れ』という自己肯定の目的でしかない。
騎士であり続けるために主君が必要だった。ただそれだけのことである。
「亡き同胞よ。我らの進む道に救いなどない。大義など欠片も存在はしない。しかし……それ故に我は卿らを心から悼み、その志を引き継ごう。必ず仇はとってやる」
ザン・シャは腰に納めていた剣を引き抜き、東の空に切っ先を向けて掲げる。
「女王より授かりし魔剣──『ゲイボルグ』に誓おう。聖剣に選ばれし英雄は我が討つ。お前達の死が我に力を与える。その敗北を無駄にはするまい」
ザン・シャは静かな口調で言い放ち、亡き戦友の冥福を祈るのであった。
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