20.王都に差す影
そして、数日後。レイドールは馬車に揺られるままに5年ぶりの王都へと足を踏み入れた。
王都の町並みはレイドールが知るものと大きく変わったところはない。しかし、大通りをゆく人の数や、道の左右に並んでいる出店の数は明らかに目減りしており、都全体にどことなく暗い影が差しているように感じた。
(戦時中だから空気が悪くなるのは無理もないんだろうが……戦況が芳しくないのかね?)
もしも戦況が優位に進んでいるのであれば、ここまで人々の顔が暗くはならないだろう。彼らの顔がここまで沈んでいるのは、ザイン王国が追い詰められているのを民衆なりに感じとっているからに違いない。
レイドールは馬車の窓から顔をのぞかせて、そんなふうに戦局を予想した。
それだけザイン王国が追い詰められているのであれば、二度と顔を見たくないであろう自分を呼び戻すこともありうるだろう、と。
「このまま屋敷までお連れいたします。国王陛下との謁見は明日になりますので、どうぞゆるりと旅の疲れをとってください」
「屋敷? 王宮に行くんじゃないのか?」
ダレンの説明に、レイドールは眉間を寄せた。
てっきりこのまま王宮まで連れていかれると思っていたのだが、どこに連れていこうというのだろうか?
「王宮のほうはいろいろと立て込んでおりますので、貴族街にある屋敷を殿下のためにとご用意いたしました。王都での滞在中はそちらの屋敷をお使いください」
「……なるほど、な。ちっとも信用されていないわけか」
レイドールは忌々しそうに唇を歪めた。
レイドールは王都から追放されて辺境送りにされたものの、王族としての身分まで取り上げられたわけではない。ゆえに寝泊まりも王宮でするものだとばかり思っていた。
しかし、兄王はどうやらそれが許せないほどに弟を疎んでいるらしい。
レイドールが反逆して寝首をかいてくることを恐れているのか、それともたんに弟の顔を見たくないだけなのか。理由は判然としないものの、自分と同じ屋根の下に入れることさえしたくないようである。
「いえ、決してそういうわけではなくて……」
「別に取り繕わなくても構わない。兄が俺を憎んでいることくらい、5年前から知っているからな」
「…………」
レイドールは窓の外に顔を向けてそっけなく言った。ダレンは沈痛な面持ちで目を伏せて、申し訳なさそうに押し黙る。馬車の中を長い沈黙が包み込んでガタガタと車輪が地面を掻く音だけが鳴り続ける。
しばらく馬車は走り続け、やがて貴族や有力商人の屋敷が並ぶ区画へと差しかかった。人通りがグッと減り、代わりに閑静な空気が辺りを包み込む。
馬車は貴族街を奥へ奥へと進んでいき、やがてひときわ大きな建物の前で止まる。
「と、到着しました。こちらのお屋敷になります」
ダレンが沈黙に耐えかねたように言葉を発する。周囲を囲んでいた騎士の一人が馬から降りて、馬車の扉を開いてくれる。
我先に降りたダレンに続き、レイドールとネイミリアが外に出る。
「へえ……なかなかのものじゃないか」
目の前に立つ大きな屋敷を見上げて、レイドールは感嘆の溜息をついた。
その屋敷はいかにも大貴族の邸宅といった佇まいをしており、広大な庭には手入れされた植木と季節の花々が咲き誇っている。白亜の壁と青く塗られた屋根は相当に手間暇をかけて手入れされており、シミの一つも見当たらなかった。
これほどの屋敷を金銭で購入しようと思えば、開拓都市の1年の税収が吹き飛ぶかもしれない。
(なるほどな……兄貴の胸の内が透けて見えやがる)
壮大で豪奢な屋敷を見上げながら、レイドールは兄王グラナードが自分をどう思っているのかを推測する。
レイドールのことを恐れ疎んでいるがゆえに王宮には入れたくない。しかし、それでも力は貸して欲しいので甘い飴は与えておく。
レイドールに消えて欲しいという悪意と、聖剣保持者を手懐けたいという打算。相反する二つの感情を天秤にのせて葛藤しているに違いない。
「この屋敷は好きにしてもいいんだろうな」
「もちろんです。好きに使うようにと陛下からの御申しつけです」
「そうかよ、じゃあそうさせてもらおうか」
レイドールは騎士が開いてくれた門扉へと無遠慮に足を踏み入れた。その背後には影のようにネイミリアが付き従っていく。
「…………」
屋敷の中へと消えていく二人の背中を見つめるダレンの目にもまた、不安と希望の二つの感情が揺れ動いていた。
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