19.王都への道
千騎の兵士に迎えられて、レイドール・ザインは用意された馬車へと乗り込んだ。
開拓都市についてはギルドマスターのザフィスに任せておいた。
もともとレイドールが辺境送りとなって領主になる以前は、ザフィスを始めとした古株の冒険者達が領主の代わりとなって町を治めていた。レイドールがいなくとも十分に町の運営は可能だろう。
(兄貴や宰相がおかしな企てをしないとも限らないが……さすがにそこまで愚かではないと信じたいが……)
開拓都市はザイン王国南方にある密林から魔物が流れてくるのを防ぐ役割を持っている。
ヘタに開拓都市に手を出してしまえば、王国内部に魔物が流入してくることになり、帝国と魔物の群れに挟撃されることになってしまう。
兄王グラナードや宰相はレイドールを追放した。
それはグラナードの私怨が入ったことかもしれないが、聖剣保持者の出現によって政争が起こることを思慮してのものである。
レイドールからしてみれば許せることではないものの、彼らが本気で国を守ろうとしていることは疑いようがない。
開拓都市を害するようなことをして、わざわざ国を滅ぼすことはしないはずだ。
(なにはともあれ……ここから先は敵地だ。気を引き締めないとな)
レイドールは馬車の窓から睨むような眼差しを外に向けながら、心中で改めて腹をくくる。決然とした瞳になる若き王子に、隣から案じるような声がかかった。
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
「いや……問題ない」
レイドールはメイド服の少女に軽く手を振って応える。
自分を排斥した兄のお膝元に乗り込もうとするレイドール、その隣にお供として帯同しているのはネイミリアただ一人である。聖剣保持者の青年とかつて『破滅』と呼ばれた魔女は二人並んで馬車に座っている。
そして、二人の向かいに座っているのは二十代の青年。この部隊の責任者である千騎長ダレン・ガルストであった。
「ご気分がすぐれないようでしたら、すぐに言ってください。レイドール王弟殿下」
顔色をうかがいながら言ってくる若き騎士に、レイドールは皮肉そうに唇を歪めた。
「へえ、一応は王族として敬うつもりはあるわけだ」
「当然です。貴方は間違いなく、ザイン王家の血を引く正当な王族なのですから」
「ふっ……それじゃあ、俺が兄と争うことになったら味方してくれるのかよ」
「……殿下、どうぞ滅多なことは言わないでくださいませ。たとえそれが冗談であっても、聞き流せる者ばかりではございませぬゆえ」
顔をしかめて苦言を呈するダレン。レイドールは肩をすくめて冷笑する。
「このくらいの愚痴は許せよ。無用な王子として捨てられて、そっちの都合で呼び戻されてるんだ。思うところくらいあるに決まってるだろう?」
「……殿下。私がこのようなことを言うのも差し出がましいことかもしれませんが、グラナード陛下は殿下と和解してともに帝国に立ち向かうことを心より望んでおります。どうぞその気持ちを汲んでいただけると有り難いのですが」
「気持ちねえ、清々しいほど勝手な言い分だと思うがな」
聖剣保持者となって邪魔になったから辺境に追放して切り捨てて。
今度は聖剣の力が必要になったから、頼んでもいないのに和解を求めてくる。
それはどちらも王国の都合。兄王グラナードの勝手なエゴである。
(こっちは放っておいて欲しかったよ。そうすれば、兄弟で争うことなんてなかっただろうに)
「ネイミリア」
「はい、かしこまりました」
レイドールが自分の喉を指さして従者の名前を呼ぶと、ネイミリアが微笑みとともに頷いた。
開拓都市から持ってきたバッグの中から水嚢と木のコップを取り出して、馬車の中で紅茶を淹れだした。
「温めますので、少々お待ちください」
「ああ」
ネイミリアが紅茶の注がれたコップを両手で握り締めると、コポコポと中の液体が泡だっていく。やがてコップから湯気とともに芳醇な香りが立ち上る。
「はい、できました。ミルクは……まだ出ませんのでお許しください」
「……余計なことを言うな。ありがとうよ」
「なんと! そちらの女性は魔術師だったのですか」
レイドールに紅茶を手渡すネイミリアに、ダレンは驚いて目を見開いた。
この世界において魔法を使うことができる人間は魔術師と呼ばれている。
魔術師は千人に一人しかいないとされており、貴重な人材として国や貴族によって囲われていることが多かった。
(魔法……それも無詠唱魔法! どうしてそれほどの魔術師が辺境に!?)
魔術師の子供は魔法の素養を受け継ぎやすいということもあり、たとえ王宮に仕えずとも結婚相手に困ることもない。詠唱なしで魔法を使えるとなればなおさらである。
貴族や豪商などから縁談は選び放題なのだから、わざわざ危険な辺境の開拓都市にそれほどの魔術師が住んでいる理由がわからなかった。
驚きのあまり言葉を失っているダレンに、レイドールは悪戯っぽく苦笑しながらネイミリアから紅茶を受け取った。
「どうした? そんなに驚くものを見せた覚えはないんだが?」
「なるほど……合点がいきました。どうして殿下が彼女一人を連れてきたのか」
「ほう?」
「無詠唱魔法を使いこなすほどの魔術師は宮廷にも十人といません。それほどの人材を護衛として侍らせているというのであれば、他の護衛は必要ありませんな」
ダレンは頷き、実直そうな面差しをわずかに緊張に引き締めた。
ネイミリアと名乗ったメイドが指折りの魔術師であることは理解できた。問題はどうしてレイドールがそれをダレンに明かしたのかである。
(決して紅茶が飲みたかったなどという理由ではあるまい。これは警告だ……!)
自分の側には優秀な魔術師が護衛についている。だから、馬鹿な真似はするな。
レイドールは言外に指を突きつけてそう宣言しているのだ。
(そして……これは殿下が我々を信用していないということでもある。このお方は私のことも、国王陛下のことも欠片も信じてはいないのだ。王都に同行していただけたのも、本気で国を救おうとしているのではあるまい。いったい、なにが目的なのだ……?)
ダレンは黙り込んだまま悶々と考え込む。考えれば考えるほどに思考は暗い方向へと沈んでいってしまい、臓腑に鉛を詰め込まれたように懊悩が込み上げてくる。
そんな若き千騎長の内心を知ってか知らずか、レイドールは穏やかな表情でコップに口をつける。
「うむ、やはりネイミリアが淹れた紅茶は美味い」
「もったいないお言葉です。特製の蜜を入れた甲斐がありましたわ」
「……前言撤回だ。お前、いったい何を入れやがった!」
レイドールとネイミリアはまるで夫婦漫才のように馬車の中で言い合いを始める。
そんな二人を見つめながら、ダレンは重々しい顔つきでレイドールの思惑について考えこんだ。
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