18.鉄の令嬢は熱されて
メルティナがレイドールを訪ねて開拓都市にやってきてから2週間後。
ザイン王国軍千騎長であるダレン・ガルストが開拓都市レイドへとやって来た。馬を駆る若き将の後方には、彼が率いる一千の兵が続いている。
「へえ……想像以上に動きが早いな」
城壁の上から外に居並ぶ兵士を見下ろして、レイドールは鼻を鳴らしてつぶやいた。
追放されたとはいえ王族を迎えようというのだ。穏便な手段をとるにせよ、乱暴な手段に及ぶにせよ、もう少し準備を整えたうえでここにやって来ると思っていた。
「それだけ、我が国が追い詰められているということですわ……レイドール殿下」
レイドールの隣に立って、メルティナがそう補足した。
端正な顔つきの貴族令嬢の首には奴隷用の首輪がかけられており、金属製の枷からは細い鎖が垂れ下がっている。
まるで犬のような扱いは宰相の娘である彼女に対してあまりにも酷なものであったが、王族に対して呪いをかけるという不敬に及んだのだから当然といえば当然である。
「我が国は帝国の侵略により追い詰められていて、もはや殿下に縋る以外に救う手立てが……んっ!」
「誰の許しを得て口をきいていやがる。俺はそんな許可を出した覚えはないぜ?」
「も、申し訳ございま……ひぐっ!?」
メルティナが細い身体がビクリと跳ねさせ、そのまま力を失くして崩れ落ちた。
外壁の上に両手をついて肩を小刻みに震わせるメルティナの白い肌はほのかに紅潮しており、薔薇のような唇からは熱い喘ぎが漏れ出ている。
まるで発情したようにはしたない風体となったかつての婚約者を見下ろして、レイドールは嘲るように唇を歪めた。
「なかなかいい姿じゃないか。今のお前を宰相殿が見たらどんな顔をするかな」
「…………」
レイドールの嘲弄にメルティナは悔しそうに唇を噛み、うずくまった姿勢のまま幼馴染の青年を見上げる。
上目遣いに睨みつけてくる青い眼差しには不当な扱いへの遺恨だけではなく、媚びるような情欲の色が浮かんでいることをレイドールは見逃さなかった。
レイドールを呪いで拘束しようとして失敗したメルティナであったが、逆に捕らえられた彼女は厳しい尋問を受けることになった。
呪いをかけたことが王や宰相の命令ではなく己の独断であると認めているメルティナは甘んじて激しい尋問に立ち向かい、貴族令嬢とは思えないような扱いを受けることになった。
レイドールはすでに王都に戻って理不尽を押しつけてくる兄王と対決する覚悟を決めている。ゆえに、王や宰相の情報を喉から手が出るほどに欲していた。
そのため、メルティナから少しでも情報を集めようと拷問じみた尋問をしてやったのだが……彼女は貝のように口を閉ざして一切の情報を漏らすことはなかった。
(この幼馴染のことは気に食わないが、こういうところは尊敬に値するよな。どれだけ国への忠誠心があったらこんな女に育つのやら)
滅私奉公を絵に描いたような人格を持つメルティナに、レイドールは感心して頷いた。
はたして宰相はどんな教育を施して、彼女のような鉄の令嬢を作り上げたのだろうか。
それはとても気になるところだが、このまま情報が得られないままに敵地となった生まれ故郷に戻るのは避けたいところである。
レイドールは頭を悩ませた結果、ネイミリアにメルティナを預けることにした。
『むふふふ、女の泣き所は全て心得ております。この娘をご主人様に忠実な犬に仕立てて御覧に入れます!』
そう言って力強く肉付きの薄い胸を叩いたネイミリアは、囚われの令嬢の身体に様々な魔法を重ねてかけた。
精神を衰弱させる呪い。
警戒心や反抗心を削ぎ落とす呪い。
痛みや快楽に対して無防備にさせる呪い。
そして――レイドールと言葉を交わし、触れられることで激しい快楽を得る呪い。
ネイミリアがメルティナに呪いをかけたのは1週間ほど前だが、すでに屈強な精神を持つ宰相令嬢は陥落しつつあった。
『人間は苦痛には抗うことができますが、快楽や幸福に対して逆らうことができません。どれほど拷問に堪える訓練を受けていたとしても、それは変わりません』
レイドールに声をかけられるだけで性交に近い快楽に襲われるのだから、貞淑な生き方を強いられてきた貴族令嬢のメルティナには堪ったものではないだろう。
『破滅の魔女』の呪いによって精神を蝕まれたメルティナは、いまだ国への忠義は消えていないものの、着実にその心はレイドールの側に傾きつつあった。
実際、すでに彼女はザイン王国の内部情報のかなり深い部分まで口を割ってしまっている。決定的な機密については明かしていないものの、最初の頃と較べれば雲泥の差である。
『まだ反抗しているようですが、時間の問題ですね。もうしばらくすれば、ご主人様のために親でも殺すようになりますよ』
そう言って朗らかに微笑むネイミリアを見て、「ああ、こいつはやっぱり魔女なんだな」とレイドールは納得したものである。
「さて……予定通りに騎士が迎えに来たわけだが、あいつは本当に俺への敵意はないんだろうな?」
「んくっ……もちろん、でございます。国王陛下は、殿下が王都に戻られるようなら、丁重に連れてくるようにと、命じておられました……あっ!」
口を開く許可を与えられたメルティナは、快楽に身体を震わせながらレイドールの問いに答える。
「ましてや、ダレン・ガルスト千騎長は清廉なお方……決して、殿下に無礼は致しませんんっ!」
「フンッ、いまさらな話だな」
レイドールは酷薄な笑みを顔に浮かべて、城門の前に進み出てきた騎士を見下ろした。
どれほど清廉潔白な人間であったとしても、自分を追放した兄王グラナードに忠誠を誓っているだけでレイドールにとっては敵に違いない。
(すべてを飲み込み、喰らい尽くし、奪われたものを取り返してやる。覚悟していやがれ!)
「私はダレン・ガルスト。国王陛下の命により、レイドール王弟殿下を迎えに参上した! どうか門を開けていただきたい!」
レイドールの決意を知らず、ダレンが声を張り上げる。
レイドールは手で合図を送って城門を開けさせた。
それが王国の歴史の分岐点になるとは知らぬまま、ダレンに率いられた騎兵がゆったりとした足取りで開拓都市へと入ってきたのであった。
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