17.魔女と運命
「やばかったな………死ぬかと思ったぜ」
黒髪の男性――まだ少年といっていい容貌のその男は、数百年のあいだ誰も入ったことがなかった建物の中に土足で踏み込んできた。
見れば、少年は身体のあちこちに傷を負っている。腕についているのは獣の爪痕のような三本の傷で、どうやら魔物に襲われて遺跡に逃げ込んできたようである。
少年は遺跡の入口をぴったりと閉じて外から魔物が入ってくるのを防ぎ、魔法を使って火を点す。
「『灯火』………ふう、これでとりあえず安心だな。ここでしばらくやり過ごして…………は?」
そこでようやく少年はネイミリアの存在に気がついた。
遺跡の奥に鎖で吊るされている美貌の魔女の全身を上から下まで見やり、しばし言葉を失った。
「あ……」
ネイミリアの口から思い出したように声が漏れる。
あまりにも唐突に現れた少年に思考が停止しており、なんと声をかけていいのかわからなくなってしまった。
少年と魔女はしばし、魔法で生み出された火の明かりの下で見つめ合う。
そして――
「…………」
少年は無言のまま踵を返して、遺跡の扉に手をかけて外へ出ていこうとする。
久しぶりに出会った人間が去ろうとしていることに気がついて、ネイミリアは慌てて声を張り上げた。
「ちょ、待って待って! 行かないで!」
必死な叫びが石造りの建物の中に反響する。自分の口からこんな大声が出るのかと、ネイミリア自身が一番驚かされてしまった。
「なにもしないから! 怖くないから! ほらほら、裸のお姉さんですよ!? キレイなおっぱいですよー!!」
「……いや、裸の女がいるから出て行くのだが」
少年は振り返って正論を口にする。その瞳はネイミリアを直視することなく宙をさまよっている。
「どうかしたの? ほらほら、怖くないですよー」
「どうかしてるのはお前だ。パンツくらい履けよ」
鎖に拘束されたネイミリアは一糸まとわぬ姿であり、おまけに両手両足を縛られているために身体を隠すこともままならない状態であった。
魔法で生み出された明かりに胸や脚、もっと際どい部分までもがこれでもかとばかりにさらされてしまっている。
少年は目を逸らしたまま頭を掻いて、石の床にどっかりと腰を下ろした。
「まあ……いいか。どうせ外には魔物の群れがいるだろうからな。もうしばらく、お付き合いさせてもらおうか」
「ありがとう、嬉しいっ! お礼におっぱい触ってもいいよ!」
「……やっぱり、出てってもいいか?」
少年は微妙そうな顔で扉のほうをチラチラと見た。
やっぱり出て行こうかとしばらく迷っていたが、やがて諦めたように肩を落とした。
「それで……君はいったいなにをやってるんだ? 念のために聞いておくけど、おかしなプレイじゃないよな?」
「むう、ある意味ではSMというかDVというか放置プレイではありますけど……さすがに長すぎますよう! ずっとここに縛られているんです。何百年も前から!」
「なんびゃく………………いや、そうか。そういうこともあるか」
少年は怪訝そうに眉を寄せながらも納得して頷いた。あまりにも物分かりの良い少年の態度に、今度はネイミリアのほうが首を傾げた。
「納得してくれたんですか? 自分でもおかしなことを言っていると思うんですけど」
「まあ、そういうこともあるだろ。伝説の聖剣があるんだから、他にも不思議なことはあるだろうよ」
少年は遠い目をしながら言って、懐から茶色い物体を取り出した。それは羊の肉を燻した保存食で冒険者達がよく持ち歩いているものであった。
「んぐっ……食うか?」
「いい……それよりも、もっとお話ししたいな」
「話ねえ……君がなんでそんな目に遭っているのか気になるところだが………」
少年はネイミリアに目を向けて、再びその裸体を見てしまい慌てて顔を伏せる。
「ま、まあ、女の事情を詮索するのは野暮な男がすることだからな。俺のほうから身の上話でもさせてもらおうか」
少年はぽつぽつと、この遺跡を訪れることになったいきさつについて語りだした。
この密林でしか取れない貴重な薬草を採取しに来たこと。その帰り道で、この時期に出るはずのない規模の魔物の群れに遭遇してしまったこと。
魔物から逃げるうちに密林の奥へ奥へと入り込んでしまい、とうとうケガを負ってしまったこと。
そんな時にこの遺跡を見つけ出して、慌てて逃げ込んできたこと。
「この遺跡には、封印の魔法がかけられていたはず。どうやって入ってきたの?」
「封印? さあな、押したら開いた。だから入った。それだけだよ」
少年は負傷した腕や足に常備していた薬を塗りながら、なんでもないことのように言ってのけた。
簡単に入れるわけがない。そんな簡単に破れる封印であるならば、もっと早く誰かがこの場所を訪れていたはずである。
ちなみに、ネイミリアも知り得ないことであったが、この遺跡の周囲には人払いの結界が張られていたため、これまで開拓都市の冒険者も見つけられなかったのだ。
「それで……俺の身の上だったな」
少年はさらに話を続けていき、自分がかつて王族であったこと。聖剣保持者に選ばれたことがきっかけで王都から追放されたこと。家族や友人、臣下からこぞって見捨てられてしまったことにまで話が続いた。
そして――最後にいまさらのように少年の名前を聞いて、ネイミリアはぽろぽろと涙の粒をこぼした。
「おいおい、どうした!?」
「なんでも、ない……」
ネイミリアにも自分がどうして泣いているのかわからなかった。
独りぼっちになった少年と自分を重ね合わせたのか。
少年が聖剣保持者であることを聞いて、自分をここに閉じ込めた男を思い出したのか。
少年が名乗っていた姓が『彼』と同じであることを聞いて、愛した男が他の女と結ばれたことを悟ったからか。
理由は定かではないが、ネイミリアは体内の水分が枯れるまで泣き続けた。
そんな彼女をあやしながら、少年――レイドールはオロオロと遺跡の中を右往左往する。
「こんな陰鬱な場所に閉じこもってるから情緒が馬鹿になるんだ。俺の町まで連れて行ってやるから、さっさと出ようぜ!」
「嬉しいよう……でも、鎖が……」
「ん、鎖がどうしたよ。千切ればいいだろ?」
「え……?」
レイドールは腰の剣を抜いて、何事もないかのようにネイミリアを拘束する鎖を断ち切った。
数百年間、ビクともしなかった魔法の鎖がいともたやすくバラバラになる。
「そんな……どうして……」
「さて、それじゃあさっさと行こうぜ……って、しまった。魔物はどうするかな?」
レイドールは自分の上着をネイミリアの頭にかぶせて、どうやって魔物から逃れて町に帰るべきか悩み込んだ。
そんな彼の横顔を見ながら、ネイミリアは天啓のように納得した。
(そっか……私はこの人のために生きればいいんだ)
母親に従って人類を滅ぼそうとして。家族を裏切って愛する者のために戦って。
そして、愛する者に裏切られて数百年の虜囚の身となった。
そんな馬鹿げたくだらない人生に意味を見出すとしたら、それくらいしか理由が思い浮かばなかった。
(この人のために生きよう。この人を守ろう。この人の意志を貫こう……私の全身全霊をかけて尽くして、いつかこの人の子供を産もう。私は、きっとそのためにここで彼を待っていたんだ)
元々ネイミリアは重度のロマンチストであり、偶然を『運命』と勘違いしがちな性格であった。
そんな性格ゆえに恋人のために家族を裏切ったりしたのだが、数百年の幽閉生活を経ても根本的な性格は変わることはなかった。
かくして、『破滅の六魔女』の一人、『闇』の魔女ネイミリアはレイドールの従者となり、彼女の存在は後にザイン王国の運命を大きく狂わすことになるのであった。
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