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160.夜半の独裁者


 王宮で行われた貴族の大粛清。

 それから、レイドールは宰相に任命したスヴェンに命じて、これまで放置されていた悪法の排除と貴族の権限縮小に取り組んだ。


 これまで、貴族は独自に『領軍』と呼ばれる武力を持ち、領民に税を課す権利を有していた。

 しかし、レイドールの治世下での改革によってそれらの権限は全て没収されることになる。

 領主が有していた領軍は国軍の指揮下に入ることになり、軍権をなくした貴族は一切の兵力を奪われた。

 税についても、貴族が領民に勝手に税をかけることは許されず、王国全体に一律した税制が敷かれることになった。

 貴族が有していたあらゆる特権が排除されて、彼らはあくまでも国王の代理で領地を管理する代官に近い立場にまで落とされたのである。


 もちろん、貴族らもそんな凋落を大人しく受け入れたわけではない。

 貴族の中にはレイドールに反発して、武力による反乱まで起こそうとした者までいるくらいだ。


 だが……それはレイドールにとって望んでやまない展開である。

 レイドールはアルスライン帝国の侵略を撃退して、今やザイン王国における兵力の大部分を掌握していた。

 反乱を起こそうとした貴族はすぐさま武力によって排除されて、領主の地位と土地を奪われることになってしまう。

 最初の粛清によってクロウリー・ローディスをはじめとした有力貴族が葬られていたことも、レイドールにとってプラスになった。残っている貴族は武力も財力も乏しい中小の貴族ばかり。レイドールに敵うはずがなかった。



 表だって反抗することなく、裏で暗躍している貴族もいたのだが……レイドールの配下には闇を司る魔女ネイミリアがいる。

 影に潜み、あらゆる場所に潜り込むことができる使い魔を操るネイミリアに、隠し事ができる人間などいなかった。

 貴族の領地はどんどん減っていき、代わりに王家の直轄地が増えていく。

 直轄地には貴族に代わる新たな執政官として『知事』と呼ばれる役職が置かれることになり、不定期の監査による自浄作用の下で地方政治を担うことになった。

 ザイン王国において国王と権力を二分していた『貴族』は力を無くして、名ばかりの地位と成り下がる。


 恐るべきことに――これらの改革が行われたのは、わずか二ヵ月という短期間でのこと。

 ザイン王国で二百年続いた王族と貴族の関係はそんなわずかな期間で崩壊して、中央集権による専制政治が完成されたのである。



     〇          〇          〇



「……支配者になんてなるもんじゃないな。戦場で剣を振ってる方がマシだよ」


 ザイン王国の頂点に立ったレイドールであったが、王宮の執務室で机に向かう表情は陰鬱なものだった。

 顔には色濃い疲労が貼りついており、普段は覇気に満ちた赤い瞳も光を失くして昏くなっている。


「ご主人様……少し休まれた方がいいのではないですか? よろしければ添い寝しましょうか? ほらほら、おっぱい枕ですよー」


 そんな主の肩を揉みながら、ネイミリアが労わるふりをして欲望を吐露する。


 すでに時間は夜半を回っている。

 昼間は文官がせわしなく働いている執務室も、今は部屋の主であるレイドールとメイドのネイミリアしかいなかった。

 レイドールは夜更けまで仕事をしており、憔悴した主をネイミリアが労わっていたのである。


「……どうして、こうも馬鹿ばっかりなのかね。貴族ってのはこれだから好かない」


 王族である自分の立場を棚に上げて、レイドールはそんな風に愚痴を吐く。


 先日も、とある貴族が反乱を起こそうとして、ダレン率いる騎士団に拘束されたばかりである。

 それもレイドールが予期していたこと。狙っていたことであったが、それでも後始末には手間を感じていた。

 レイドールの改革により、王国貴族の半数以上が爵位と領地を失っている。

 逆らっても勝ち目はないことは明白だというのに、それでも反逆する貴族が依然として残っていた。


(ここまで物分かりの悪い奴ばかりなのは、流石に予想外だったな。もう少し、賢い生き物だと思ったんだが……)


 レイドールとて、全ての貴族を排除しようとは思っていなかった。

 自分に従う貴族。重税を課すことなく領民に愛されている貴族。不正に手を染めていない貴族については、生活に困らないだけの収入と地位を保障するつもりだった。にもかかわらず……逆らう貴族は減る様子はない。

 権益を取り上げられた貴族はレイドールを憎み、反抗と暗躍を続けていた。


「でも……最初に比べれば、随分と反乱は減ったではありませんか」


「代わりに暗殺者は増えたけどな。スヴェンも苦労しているようだ」


 ネイミリアの言葉に、レイドールは苦笑を返す。

 貴族の表立った反抗はかなり減ってきたが、摂政であるレイドール、宰相であるスヴェンに向けられる暗殺者はかえって数を増していた。

 もちろん、それはまるで成功する様子はない。

 レイドールを襲った暗殺者は残らず聖剣のサビになり、また、スヴェンを狙った暗殺者はアンジェリカによって血祭りにあげられた。


「アンジェリカの恐ろしさは、十分に見せつけたと思ったんだがな。あの女は俺よりも恐ろしいだろうに」


「大切な(ヒト)を守る女は、人喰い鬼よりもずっと強くて恐ろしいですからね」


「大切な男って……アレは愛情というよりも執着だと思うがね」


 アンジェリカのスヴェンに対する態度は、ある種、狂気的なものがある。

 それこそ――数々の修羅場を潜り抜けたレイドールでさえ、背筋が凍るような。


「愛も執着も一緒ですよ。アンジェリカさんは、スヴェン君のことが好きで好きで仕方がないのです。スヴェン君のためならば国だって滅ぼしますよ?」


 ネイミリアがしたり顔で言い、後ろからレイドールに抱き着いてくる。

 首筋に押しつけられる柔らかな感触。普段であれば少しは色めき立つところだが、疲労が勝っているレイドールはわずかに表情をしかめた。


「アンジェリカは既婚者なんだがな。いや、あの夫婦のことはまるで知らないが」


 アンジェリカの夫――ブラッド・カルシファーには王国東方の管理を任せており、アンジェリカとは別居中である。

 新婚夫婦はあまりうまくいっていないのか、アンジェリカからブラッドのことを案ずるような言葉を一言も聞いたことはない。

 アンジェリカの口から語られるのは、スヴェンに対する異常な愛情だけだった。


「もっとも……それで不幸に見えないのがブラッド・カルシファーという男なんだが。あいつはどうして、自分の女が子供とはいえ、他の男にくっついていて平気なんだろうな?」


「寝取られ趣味なのではないですか? ちょっとだけわかるような気がします。セイリアさんが家にきた時、私もちょっとだけ嬉しかったですから」


 ネイミリアはレイドールに密着させていた身体を離して、うんうんと頷いた。

 このエロメイドは寝取られ属性まで持ち合わせているようである。レイドールは呆れたように唇を歪めた。


「……まあ、それはともかくとして、国がいい方向へ向かっているのは僥倖ぎょうこうだな。貴族の横暴によって餓死する人間もいなくなったようだし」


 独裁者となったレイドールであったが、その治世が不穏なものであるかと聞かれればそうとも言い切れない。


 これまで、貴族が勝手気ままに税を課すことが許されていた。一部の町や村では圧政が敷かれ、領民が貧困にあえいで餓死者まで出ていた。

 地税や労役、兵役などに加えて、『結婚税』や『初夜税』といった冗談のような税までかけられている地域もあり、領主やその親族が領民を攫って売り飛ばしたり、強姦したりすることまであったのだ。

 レイドールの改革によって貴族の徴税権が奪われ、税制度が一律化されたことにより、そういった横暴もなくなっている。

 特権を奪われた貴族には激しく憎悪されているものの、圧政から解放された民衆からは、レイドールは良き為政者として受け入れられていた。


「兄貴は穏健で良い国王だったんだろうな。あんなクズみたいな貴族連中とも、折衝して何とか上手くやっていたんだからな」


 グラナードは貴族の横暴を容認していたが、必ずしもそれが王として無能なことであるとは限らない。

 貴族の特権を奪えば反乱や反抗が生じることは避けられず、それこそ国を割る事態に陥りかねないのだ。

 もちろん、貴族が有する領軍よりも国軍のほうが遥かに強いが――貴族が結束して帝国に寝返るようなことになれば、ザイン王国は間違いなく滅亡していただろう。


 レイドールがこのように強気に改革を進めることができるのは、聖剣保持者として圧倒的な武力を有していること。何より帝国との和睦が成立していて『外患』を気にすることなく『内憂』の対処に取り組むことができていること。帝国への内通という貴族を処罰する大義名分を有していることなど、いくつもの幸運が重なった怪我の功名である。


 必ずしもグラナードよりもレイドールが優れているというわけではない。

 むしろ、為政者という立場になったことにより、グラナードやロックウッドがいかに苦労して国を治めていたかを理解できるようになっていた。


「そりゃあ、若白髪にもなるよな。馬鹿な兄貴だと思っていたが、あれはあれで苦労していたみたいだ」


 生きているうちは憎たらしくて仕方がない愚兄であったが、死んだ途端に良い部分が見えてくるのだから始末に悪い。

 レイドールは苦笑して、手に持っていた羽ペンを机に転がした。


「今日はこれぐらいにしておくか……寝ぼけ眼じゃあできる仕事もできやしない」


「はいはーい、お休みですねー! すぐにベッドと肉布団の用意をしまーす!」


「……何だ、肉布団って。疲れてるから普通の布団を用意してくれ」


「えー? せっかく柔らかくて、あったかーいお布団がここにあるのに―」


 ネイミリアは頬を両手で押さえて、「やん、やん!」と身体をくねらせる。

 レイドールはうんざりと肩を落として、いつもながらに平常運転をするメイドを嗜めようと口を開く。

 しかし――


「っ……!?」


 途端、激しい悪寒がレイドールの背筋を撫でた。

 ぶわっと全身の鳥肌が立ち、血液が凍りついたかのような錯覚を覚える。


「ネイミリア!」


「【影蛇獄門(シャドウ・プリズン)】」


 とっさにメイドの名を呼ぶが、すでにネイミリアは動き出していた。

 ネイミリアがしゃがみ込んで床に手をつき、魔法を発動させる。ネイミリアの足元から黒い蛇のようなものが無数に出現して王宮全体へ縦横無尽に伸びていく。


 次の瞬間――地面がひっくり返るような大地震がザイン王宮を襲った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 第160部分到達、おめでとうございます! 今話ラストの引きは秀逸。ちょっとビクッとなりました。 順調に絶対王政の道を邁進している様に見えるレイドールですが…… 今話を読んで、 「史実の…
[一言] 遂に本性を現したのか?いや、災害から主人公を護ろうとしているのか? ゾクゾクいたします。
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