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159.理想郷を目指して


「やれやれ……一仕事が終わったな」


「お疲れさまでした。ご主人様」


 王国中の貴族を集めての集会。レイドールが摂政となり国政の中心に立ってから初めて開かれるイベントは、滞りなく……というには不穏な空気のままお開きとなった。


 自分の執務室に戻ってきたレイドールはどっかりとソファに座り、メイドであるネイミリアから飲み物を受け取った。

 魔法によって冷やされた果実水に口をつけると、柑橘系の爽やかな味わいが心地良く鼻に抜けていく。


「肩が凝るような集会だったが……ともあれ、これで改革の第一段階が完了したな。反抗的な貴族どもを一掃することができた」


「おめでとうございます、我が王よ。これでザイン王国に溜まった膿も少しはなくなりますね」


 穏やかな口調で主を労ったのはネイミリアではなく、部屋の壁際にいる少年である。

 本日、正式にザイン王国の宰相となったスヴェン・アーベイルは、姉代わりであるアンジェリカ・イルカスに背中から抱き着かれて立っていた。

 アンジェリカの豊かな胸がスヴェンの後頭部に押しつけられて煽情的に形を変えているが……過剰すぎる愛情表現に慣れてしまったのか、もはやスヴェンには照れも羞恥もないようだ。


「フッ。摂政なんて面倒な仕事だと思っていたが……兄貴やロックウッドでさえ成し得なかったことをやり遂げたってのは悪くない気分だな」


 レイドールは感慨深げにつぶやき、くつくつと愉快そうに笑う。


 ザイン王国は王政国家であったが、必ずしも国王が強権を振るうことができるわけではなく、内情は一枚岩とはほど遠かった。

 権力の最高峰として国王が君臨してはいたものの、貴族らを無視した専制政治が行えるわけではない。

 グラナードやロックウッドは有能な政治家であったが、彼らはたびたび貴族らの妨害を受けており、練りに練った政策を実行できずに潰されたりしていたのだ。


 そもそも……あらゆる体制、法や規則の背後には、そこから既得権益を得ている有力者の存在がある。

 誰の目から見ても『悪法』といえる制度でさえ、改革のためには既得権益を守ろうとする有力者との対決は避けられないのだ。

 レイドールは本格的な改革を始めるよりも先に、邪魔になるであろう反乱分子を潰すことに成功した。


「国を蝕む『膿』を早い段階で処理することができたのは、レイドール殿下にとって幸運なことですね。こればかりは帝国に感謝しなくてはいけません」


「むう……スヴェン、敵国を褒めるのは感心しないわね」


 スヴェンのつぶやきに、アンジェリカがあからさまに顔をしかめる。

 帝国によって家を滅ぼされ、家族を失った二人であるが、帝国に対する態度は対照的であった。

 スヴェンは内心はどうあれ帝国との関係に利用価値を見出しており、和睦に対しても前向きに受け止めている。対するアンジェリカは帝国と友好関係を築いたことに不満を持っており、それを隠そうともしていない。

 溺愛する『弟』がいるためにあからさまな行動に移すことはしていないが……スヴェンがいなければ、帝国と和睦を結んだレイドールにさえ憎しみの感情をぶつけた可能性がある。


「とはいえ……まだ改革は始まったばかりだ。帝国との戦争のおかげで生まれたチャンス。きっちりと活かさないとな」


「ですね……戦禍による混乱が収まっていない状況ですから、強引に改革を進めても問題はないでしょう。反逆者として粛清してしまえばいいんですからね!」


 スヴェンが年相応の無邪気な笑みで首肯する。


 ザイン王国はアルスライン帝国との戦争を終えたばかり。グラナードやロックウッドの死による影響も、まだ完全には収まっていない。

 そんな状況であるからこそ、逆に力押しで改革を進めることができる。

 改革に反発する貴族が目立った不正や反逆などを犯していなくとも、混乱に乗じて処分してしまうことが可能なのだ。


 それはいわゆる『独裁政治』と呼ばれるもの。後世の歴史家から非難を受けかねない蛮行である。

 だが……レイドールは、これまで許されてきた貴族の横暴や圧政を正すためには、必要なことだと考えていた。


「この国は貴族の力が強すぎる。地方を治める貴族が好き勝手に税を課して私腹を肥やし、治安維持の名目で領軍を組織して力を蓄えている。そのくせ、他国から侵略を受けている情勢下でありながら、王の臣下であるはずの奴らが好き勝手な理屈をほざいて国防への協力を拒んでいやがる。正気の沙汰じゃねえな」


「貴族が裏切れば、その領軍がそのまま敵国の軍隊になってしまう……貴族の特権を排除して経済力を削ぎ、軍権は国王が完全に掌握して反乱を防止する必要があります」


 人の歴史では古来より多くの国が興亡しているが、他国の侵略などの外因的な理由のみで滅んだ国は意外と少ない。国家の滅亡は多くの場合、複数の内憂外患が重なったことで生じるのである。

 事実、先の帝国との戦争では、帝国からの侵略に乗じて多くの貴族らが暗躍していた。

 そんな『内憂』を潰して、国家の危機である『外患』に一丸となって立ち向かうことができる強い国をレイドールは目指しているのだ。


「とはいえ……いたずらに粛清を繰り返せば民に不安を与えて、治安の低下を招くことでしょう。改革は一度に、一気に終わらせなくてはいけませんね」


 スヴェンがアンジェリカの腕に抱かれた間抜けな格好のまま、真剣な顔つきになって持論を語る。


「その通り。表立って反発する奴らはあらかた潰したが……本格的に改革に手をつければ、また反抗する者が出てくるだろう。奴らが反逆の準備を整えるよりも先に、貴族の特権を一気に剥ぎ取って丸裸にするぞ!」


 レイドールは傲然と宣言をして、ネイミリアから渡された果実水を一気に口に流し込んだのであった。


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[一言] 目指すは中央集権・絶対王政か。
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