158.愚か者の末路
「し……調べる!? 私の屋敷をですか……!?」
レイドールの提案を受けて、ローディスは思わず声を上擦らせる。
それもそのはず。ローディスは『宰相殺害』に対しては正真正銘、無罪だが……それ以外には数えられない罪を犯しており、屋敷の隠し金庫や地下室にはその証拠品が収められていた。
「そ、それはちょっと……私の潔白を信じていただけるのは有り難いのですが……」
「何故だ? お前が真に無罪であるというのならば、隠すことなどあるまい? 腹を裂いて中を見せろと言っているわけではない。俺の部下に屋敷を調べさせろと言ってるだけだろうが」
「そ、それは……」
ローディスは顔を蒼褪めさせながら、この場を逃れる言い訳を探す。
しかし、都合のいい言葉はまったく出てこなかった。ここで屋敷を調べることを拒めば、完全に有罪であると言っているようなものである。
「はあ……」
脂汗を流して言葉に詰まるローディスに、レイドールはあからさまに溜息をついた。
「非常に残念だな。俺はお前を信じていたのだが……こうなった以上、強制的に家宅調査をするしかあるまい? 安心しろ、証拠が出てこなければいいだけだ」
「そうですねえ……不正の証拠、それにまだ見つかっていない凶器のナイフが出てこなければいいだけですよ。ローディス侯」
「貴様、まさか……!」
スヴェンがダメ押しのように放った言葉に、ローディスの怒りが頂点に達する。
『凶器が出てこなければ』などと都合のいいことを言ってはいるが、ローディスの屋敷から不正や犯罪の証拠が出てこなければ、ロックウッドの命を奪ったナイフを仕込むつもりなのだろう。
どちらにしても、ローディスの破滅は決まっていることだった。
「忌々しい餓鬼め! 貴様さえいなければこんなことには……高貴なるこの私が宰相となって、この国を正しい方向に導くことができたというのに……!」
「生憎ですが……沈みゆく泥船の船主に、国の舵取りを任せるわけにはまいりません。レイドール殿下が創る新しい国に貴方の居場所などありませんよ」
「くっ……このおおおおおおオオオオオオオオオッ!!」
いよいよ激昂したローディスは、懐から取り出した短剣を片手にスヴェンに飛びかかっていく。
聖剣の英雄ではなく少年宰相に向かっていったのは、ローディスに残っている最後の理性だったのかもしれない。
「あーあ、そっちはハズレだ」
だが……スヴェンに掴みかかろうとするローディスを冷めた目で見据え、レイドールが憐れむように首を振る。
「……そいつには、怖―い保護者がついてるんだ。心から同情するぜ」
「オオオオオオオオオオオッ!」
「…………」
狂ったような叫びと共に、ローディスの右手がスヴェンへ伸ばされた。握られた短剣が細い首に向かって突き出される。
スヴェンは迫る魔の手から逃げることも忘れて……あるいは、逃げるまでもないとばかりに立ち尽くしている。
「狼藉者がっ! スヴェンに何をするのですか!?」
しかし――切っ先が喉元に突き刺さる寸前、上方から振り下ろされた『何か』がローディスの右手に叩きつけられる。
短剣を持った手に打ち込まれたのは飛び込んできた女性の左足。即ち、アンジェリカ・イルカスが放った踵落としであった。
「ギャアアアアアアアアアアッ!? わたしの、私の腕があああああアアアアアッ!?」
アンジェリカ・イルカスは帝国との戦争により、左目と左足を失う重傷を負っている。彼女の左目には眼帯が嵌められており、左足は作り物の義足が装着されていた。
その義足は一般的な木材で造られたものではなく、戦闘で使用することを想定された『鋼鉄製の義足』である。
岩盤を蹴り砕く威力の踵落としを打ち込まれた結果――ローディスの右腕は前腕部分がポッキリとへし折れ、皮膚を突き破って骨が剥き出しになっていた。
「離れなさいっ!」
「ゲフウッ!?」
アンジェリカの攻撃は終わっていない。
一足一眼の女傑は、振り下ろした義足の左脚を軸にして、クルリと身体を反転。右足による回し蹴りをローディスの腹部へと叩き込んだのである。
ローディスは毬のように床を跳ねていき、慌てて退避した貴族らの真ん中へと転がり込む。
「ゲハアッ……ゲフッ、ガハッ、ハッ……!」
「私の可愛い弟に手を出すなど言語道断! すり身にして豚のエサにしてやりましょう!」
痛烈な打撃によって内臓が損傷したのか、ローディスはうずくまって口から血を吐いていた。
そんな死にぞこないの姿を見てもまだ気が済まなかったらしく、アンジェリカはローディスが落とした短剣を拾い、カツカツと床に転がる愚者に向けて歩いていく。
殺意を全身から噴き出したその姿はまるで死神。
無関係な他の貴族まで、背筋を凍らせるような姿であった。
「……スヴェン。まだ殺らせるな」
「……わかりました」
レイドールが短く命じると、スヴェンは渋々といった風に頷いた。
そして――両手を広げてアンジェリカの背中に呼びかける。
「お、お姉ちゃーん。僕のところに帰ってきてー?」
「はーい!」
悪鬼のごとき凶相が、コインが裏返るようにとろけきった満面の笑顔に変わった。
アンジェリカはローディスにとどめを刺すことにまるで未練を見せず、スヴェンの腕の中に飛び込んでいく。
少年宰相の小さな身体を抱き上げ、スリスリと顔に頬ずりをする。
「ふふふ、お姉ちゃんはまたスヴェンの敵をやっつけましたよー? えらいでしょー?」
「う、うん。ありがとう。お姉ちゃん」
「「「「…………」」」」」
ぬいぐるみでも抱えるようにスヴェンに抱き着くアンジェリカに、玉座の間にいた貴族らは茫然とする。
自分達は、いったい何を見せられているのだろうか――彼らの顔には、ありありとそんな疑問が貼りついてた。
「さて……どうやら、真偽は定かになったようだな」
疑問、混乱、動揺、恐怖――様々な感情に包まれたその場の雰囲気を切り裂くように、レイドールがパンパンと手を叩いた。
前に進み出てきた騎士が倒れるローディスの両足を掴み、引きずるようにして玉座の間から連れ出していく。
「クロウリー・ローディス侯爵はこのまま拘束の上、騎士による取り調べを受けてもらう。屋敷の家宅捜査も並行して実行するものとする」
レイドールは冷たい口調で言い、唖然としている貴族らを見回す。
「それで……他にスヴェンの宰相就任に反対する奴はいないな? いるなら、さっさと名乗り出な」
「「「「「…………」」」」」
有無を言わせることのない口調に、残った貴族達は恐怖に顔を引きつらせ、黙って頭を下げたのであった。
その後――いくつかの連絡を挟んで、レイドールが宣言した通りに宴が開かれる。
集められた貴族らは、まるで最後の晩餐のような暗澹とした空気のまま、味のわからない料理と酒を口に入れたのであった。




