157.宰相の遺言
「なあっ!?」
宰相ロックウッド・マーセルの殺害。
予想だにしていなかった罪状を突きつけられて、ローディスは脳天から声を出す。
横領、密輸、収賄……様々な悪事を犯して、ザイン王国の陰の支配者とまで謳われるクロウリー・ローディスであったが、『宰相暗殺』だけは叶えることができなかった『未遂の悪事』だったからである。
「ば、馬鹿なっ! マーセル卿は自殺……いや、病死であると発表されたはずではないですか!?」
ロックウッド・マーセルの突然の死。それは混乱を避けるために、表向きは病によるものであると公表されていた。
しかし、ローディスは独自の情報網を用いて、それが自害であることを調べ上げていたのである。
先ほどまでは余裕の態度を貫いていたローディスであったが、流石に焦りに顔をひきつらせた。いくら山ほど罪にまみれてきた生涯であったとしても、ありもしない濡れ衣を着せられたら堪ったものではない。
だが……ローディスの焦燥をよそに、スヴェンは余裕に満ちた不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「確かに……マーセル前・宰相は病によって命を落としたものとしています。ですが、実際は異なります。刃物によって刺されて自宅で倒れているところを、御息女であるメルティナ・マーセル嬢によって発見されているんです」
スヴェンは、手元の書類を軽く手の甲で叩き、まるで法廷で弁論する敏腕法律家のように朗々とした口調で語っていく。
「そして……現場からは凶器の刃物は見つかっていません。明らかな殺人。自殺や病死ではありえません」
「それはっ……!?」
聞いていた話と違う。
ローディスが現場検証をした騎士に金を握らせて聞き出した情報では、ロックウッドはナイフを腹部に刺して椅子に座っている状態で見つかったはず。
明らかに、ローディスが調査した情報とスヴェンの語る内容は食い違いがあった。
(まさか……私は嵌められているのかっ!?)
ようやく、ローディスは自分が置かれている状況を正確に把握した。
ローディスは現在進行形で、宰相殺害の罪を被せられようとしているのだ。
(この私が……! ザイン王国の真の支配者たる私が……高貴なるこの私が、こんな餓鬼に嵌められているというのか……!?)
激しい屈辱と怒りに、ローディスの額に青筋が浮かぶ。
これまで散々他者を陥れてきたローディスが、レイドールの忖度だけで宰相になった年端もいかない少年に追い詰められている。
こんな汚辱を受けるのは初めてのこと。栄えあるローディス侯爵家の当主である自分人生に、あってはならない汚点であった。
「何を根拠に……! それはデタラメです! 仮にマーセル卿の死が病や自害でなかったとしても、この私が殺害したという証拠にはなりませぬ!」
「おや……マーセル卿と貴方はかつて宰相の座を争った政敵同士。恨みは浅からぬものだったのではないですか?」
「フンッ! そんな大昔の噂話など何の根拠にもならぬわ! 道理を知らぬ餓鬼は黙っているがいい!」
ローディスは噛みつくようにスヴェンに反論して、レイドールのほうを向き直る。
「殿下! このような戯言に惑わされてはなりませぬぞ! やはりこのような子供に宰相は務まりませぬ! 私のような経験豊富で由緒ある貴族こそが、国王を支えるにふさわしいのです!」
「なるほど……確かに一理あるな」
レイドールはローディスの必死の弁を否定することなく、鷹揚に頷いた。
どうだとばかりに得意げな顔になるローディスであったが、レイドールの言葉には続きがあった。
「だが……スヴェンの言い分はまだ終わってはいないようだぞ? 最後まで聞いてやったらどうだ?」
「は……?」
「もちろん、証拠もなしのこじつけで罪を問うたりはしませんよ。証拠だったら、もうここに出しているではないですか」
スヴェンはスタスタとした軽い足取りでローディスに歩み寄り、手に持っていた書類を差し出した。
「これは前・宰相が死の直前に書き残したもの。つまり、遺書のようなものです」
「何ッ……!?」
ローディスはスヴェンの手から書類を奪い取る。
そして、そこに踊る文面に目を通して、顔を真っ赤に染めた。
「馬鹿な……! どうしてこんなデタラメが……!」
そこには――宰相ロックウッド・マーセルの署名と、自分が命を狙われていること。自分を狙っている首謀者がクロウリー・ローディスに違いないとまで、はっきりと書かれていた。
皮肉なことに――長年、ロックウッドを陥れるために暗躍して、弱みを探していたローディスにはわかってしまう。ここに書かれている文字の筆跡が、ロックウッド・マーセルのものに違いがないと。
「よくもこんなものをっ……!」
「破るつもりだったら、やめておいた方がいいですよ? 証拠隠滅の罪が上乗せされてしまいますから」
「っ……!」
怒りのままに書面を破ろうとしていたローディスであったが、大勢の人目があることを思い出し、慌てて手を止める。
「ちなみに……前・宰相の遺書はそれだけではありません。マーセル卿は死の間際、交流があったいくつかの貴族家の当主に同じ書面を送っています…………そうですね?」
「…………」
スヴェンの問いに、この場にいた貴族の何人かが首肯する。
いずれも宮廷貴族。ロックウッド・マーセルと共に、グラナードの治世を支えていた貴族らだった。
ローディスの背中に大勢の人間の視線が突き刺さる。
疑いと侮蔑の視線。この場にいるものの大半が、ローディスが宰相殺害の犯人であることを信じてしまっているようだ。
「っ……!」
流石に旗色が悪くなっていることを悟り、ローディスが大きく表情を歪める。
このままでは、本当にありもしない罪で地位を失うことになるかもしれない。
「っ……か、仮にその書状が、本当にマーセル卿が書いたものだったとしても……私が暗殺を実行したという証拠にはならぬ! マーセル卿の思い込みということもあるではないか!?」
完全な逆風の中、ローディスはそれでも諦めることなく抗弁する。
数えきれない悪事を働いてきたローディスだが、今回は本当に無罪なのだ。罪から逃れるために必死になるのも当然であった。
「私は誓ってやってはおりませぬ! この身は潔白、決してマーセル卿の殺害には関わっておりませぬ……!」
「そうだなあ……確かに、スヴェンの言い分はちょっと強引かもしれないな」
「おおっ……!」
ローディスを弁護する発言。それを発したのは、まさかのレイドールであった。
レイドールは戦場で魅せる凶暴な表情とは真逆の……公明正大な君主の顔で、スヴェンとローディスを交互に見やる。
「前・宰相ロックウッド・マーセルの手紙は、確かに一つの証拠になるだろう。だが、決定的な証拠とは言い難い。疑わしいというだけでローディス侯爵を断罪するのは、少々、公平性に欠けているな」
「れ、レイドール殿下……!」
ローディスは感動に声を震わせる。
目尻に涙すらにじませる男の心境は、まるで地獄に落とされようとしていた亡者に、救いの手が差し伸べられたようだった。
そもそも、スヴェンを宰相に任命したのがレイドールであること。自分が薬物を使ってレイドールの傀儡化を目論んでいたことすら、ローディスの脳裏からは抜け落ちていた。
「そうだな……それじゃあ、こうしようか」
だが……すぐにローディスは気がつくことになる。
レイドールは決してローディスの味方ではない。自らトドメの一撃を放つために、あえて会話に割り込んできたのだと。
「これから、ローディス侯爵の屋敷を調べさせてもらおうか。そこで暗殺に関わる明確な証拠が出てこなければ、侯爵は無罪とする」
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