156.二人の応酬
「さて、ローディス侯爵殿。何かおっしゃりたいことはございますか?」
「……私はいかなる罪も犯してはおりません。ザイン王家に忠誠を誓い、これまで尽くしてまいりました。もちろん、これからもです」
ローディスは額に脂汗をにじませながら、それでもはっきりと己の無実を主張する。
先代の宰相ロックウッド・マーセルの地位を長年狙い続けてきた老獪な貴族は、この状況であっても表情を変えることはない。
それでも……心中はやはり穏やかではなかった。
(何故だ、レイドールの奴め。どうやって貴族らの不正を……!)
ローディスの内心には、もはや王族であるレイドールに対する敬意など欠片も残ってはいなかった。
あるのは純粋な疑問。レイドールがどうやって貴族らの不正を暴く証拠を得たかである。
(帝国との内通について知っていたことは、おかしくはない。連中と和睦が成立してしまったのだ。遅かれ早かれ事は露見するだろう)
だが……横領や人身売買など、帝国との関わりがない不正の証拠まで、どうやって得たというのだろう。
グラナードやロックウッドでさえも捉えることができなかった不正を、どのようにして暴き立てたのかがわからない。
(よほど優秀な密偵を飼っているのか? それとも、何らかの魔法を? クソッ、まさか私のことまで調べてはいまいな!?)
「私は帝国と内通などしておりません。もちろん、貴族として唾棄すべき不正も犯してはおりません。証拠があるのでしたら見せて欲しいですな!」
ローディスはレイドールに挑みかかるような目で睨みつけるが、それに応えたのはレイドールではなくスヴェンだった。
「なるほど……確かに、ローディス侯爵殿が何らかの不正を侵したという証拠は見つかっていませんね」
「ならば、この下らぬ茶番を終わりにしていただきたい。私はアテルナ王国や神皇国とも交易がある由緒ある貴族。証拠もなく犯罪者のような扱いをすれば、他国の有力者が黙ってはいませんぞ!」
「ふふっ……」
やんわりと脅しの言葉を入れてくるローディスに、スヴェンが噴き出すように笑った。
まるで無駄な抵抗を嘲笑うかのような笑みに、ローディスは額に青筋を浮かべる。
「……何が可笑しいのかお聞かせ願いたいものだ。小さな宰相殿?」
「いえいえ。その交易についてですが、面白い情報が入っておりまして。ローディス侯爵殿、こちらの植物に見覚えがありますか?」
「それは……!」
スヴェンが懐から取り出したのは、『緋麻』と呼ばれる麻薬である。
ローディスがアテルナ王国との交易で取り寄せているものであり、もちろん、見覚えがあった。
「……はて、交易品にそんな物があったような気がしますが? 西方の薬草でしょうか?」
ここで知らないと言ってしまえば、かえって緋麻を輸入した自分を追い詰めることになりかねない。
ローディスは素早く計算を働かせ――それが交易品であることを否定せず、効能については知らぬ存ぜぬを貫くことにした。
「やはり見覚えがあるようですね。こちらは『緋麻』と言って、西方の国々で育てられている薬草です。使用者に幸福感を与えるが、副作用として知能を著しく低下させる……一部の国々では売買が禁止されている麻薬です」
「ほほう……それは知りませんでした。そんな物を港に入れてしまっていたとは、このローディス、一生の不覚でございます。お叱りは甘んじて受けましょうぞ」
ローディスは両手でカツラを被った頭を覆い、芝居がかった様子で首を振る。
いかにも嘆かわしそうに振舞ってはいるが……ローディスの瞳には、賢しげな光が宿っていた。
「しかし……そちらの植物は、ザイン王国では売買を禁止してはおりません。それをうっかり仕入れてしまったくらいで、よもや先ほどの者達のように連行はされないでしょうな?」
そう――緋麻にどんな効能や副作用があったとしても、それが法律で禁止されていない以上、罰せられることはない。
せいぜい、今後は気をつけるようにお叱りを受けるくらいだろう。
「それよりも……スヴェン・アーベイル殿はなぜその薬草の効能をご存知なのですかな? よもや、お父上であるアーベイル伯爵が麻薬を常用されていたのではないでしょうな?」
ローディスはニヤリと鼻につく笑みを顔に貼りつけて、返す刀で反撃をする。父親のことを持ち出して挑発することも忘れない。
けれど、スヴェンは父親への侮辱に表情を一切変えることなく淡々と口を動かす。
「もちろん、違いますよ。私がコレのことを知っていたのは……とあるメイドの女性から聞いたからです」
「はあ? メイド?」
「まあ、長生きで物知りなメイドのことはいいですね……それでは本題に話を戻しますが、ローディス侯爵殿。貴方にはとある罪状について疑いがかかっています」
「罪状、ですと……?」
いったい、どの罪のことを言っているのだろうか。
ローディスは緊張にピクリと眉を跳ねさせる。
「その罪状は……宰相閣下の暗殺。先代の宰相であるロックウッド・マーセル卿の殺害についてですよ」
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