153.摂政レイドール
連続投稿5日目になります。
読み飛ばしにご注意ください。
レイドールが摂政となり、宰相ロックウッド・マーセルの死が公表されて半月後。
先の戦いによる傷跡が修繕された王宮へと、ザイン王国の主だった貴族らが集められた。
現・国王であるグラナードが病という名目で隠れ、レイドールが国政の中心に立ってから、大規模な集まりが開かれるのはこれが初めてのことである。
玉座の前に列を成した貴族らの顔には、期待以上に不安が強く前に出ていた。
「国王陛下が病となり、おまけにマーセル卿がお亡くなりになって……いったい、この国はどうなってしまうのだろうか……」
「レイドール殿下は聖剣に選ばれた英雄だが……しかし、ずっと辺境で過ごしてきたお方に、国を立て直すことができるのか?」
「それよりも、誰がマーセル卿の後任となるのかね? ひょっとして、それを話し合うために集められたのだろうか?」
玉座の間に、いまだレイドールは姿を現さない。
主君の目がないのをいいことに、貴族達は口々に勝手なことを口にしていた。
「ふむ、マーセル卿に不幸があったのは嘆くべきこと。だが……そんなときであるからこそ、我らが結束せねばなるまい」
「貴方は……ローディス侯!」
不安を口にする貴族らに得意げに胸を張ったのは、でっぷりとした身体つきの壮年の男だった。
居並ぶ貴族らの中で一際豪奢な服装に身を包み、頭には丁寧に整えられた巻き毛のカツラを乗せている。
男の名前はクロウリー・ローディス侯爵。
ザイン王国の北方――北海に面した沿岸地域に領地を持つ大貴族である。
港町を領有しているローディス侯爵家は、ザイン王国最大の貿易港である『ラドックホルン』を支配下に置いている。
西方のアテルナ王国、北方の神皇国との貿易によって莫大な財を築いており、その資金力は王家であっても無視できないものとなっていた。
「ロックウッド・マーセルは間違いなく、偉大な宰相であった。国家存続のために犠牲となったあの御方のためにも、レイドール殿下の治世を我らでお支えせねばなるまいな!」
「…………」
得意げなローディスの言に、周囲の貴族は苦々しく表情を曇らせる。
表向きはロックウッドの死を嘆いているような言動をとるローディスであったが、それが形だけのものだということを、この場にいる誰もが知っていた。
ローディスはかつてロックウッドから宰相の役職を奪うために暗躍して、一時は暗殺まで企んだことがあったのだ。
証拠不十分により捕らえられることこそなかったものの、暗殺に失敗したローディスが宮廷内での地位を追われることになり、そのことでロックウッドを逆恨みしていたことは公然の秘密である。
ロックウッドの死を嘆くローディスの顔にはまるで悲しみの色はない。
待ち望んでいたチャンスがようやく巡ってきたとばかりに、満面の笑顔を浮かべていた。
「それにしても……いったい、誰が宰相の後任となるのだろうなあ。この国にいる貴族の中で、それだけの力と見識を持った人間がどれほどいることやら」
ニマニマと嬉しそうに笑うローディス。
おそらく、この男は自分こそが宰相の地位を継ぐことを疑っていないのだ。
実際、この場に集められた貴族の中で、もっとも力を有しているのはローディスだった。
責任ある役職に就くだけの人格を有しているかは激しく疑問だが、貿易で蓄えた財をふんだんに使って賄賂をバラまけば、大抵の人間は黙らせることができる。
(やっと我が世の春がやってきたか! マーセルめ、ようやく死んでくれおった!)
ローディスは腹のうちで喝采して、タプタプと膨らんだ贅肉を上下に揺らす。
(レイドール殿下は比類なき英雄。なれど……しょせんは田舎育ちの猪戦士に過ぎない。国を差配することなどできるものか! 私のように選ばれた高貴な者が、代わりに支配者となって国を動かしていかなければな!)
大貴族であるローディスの心中にあるのは、どこまでも高まった自尊心と権力欲だった。
ロックウッドが忠義の貴族であったのに対して、ローディスは権力を握って私腹を肥やすことしか頭にない。ザイン王家に対する敬意や忠誠も皆無だった。
底無しの欲望は怪物のように肥大しており、もはや『侯爵』という地位では満足できないまでに成長していたのである。
(今度こそ、宰相の地位は私がいただく! そして……摂政となったレイドール殿下を傀儡にして、私こそがザイン王国の頂点に立つのだ!)
「レイドール殿下の御来場です! 一同、跪かれたし!」
「っ……!」
玉座の間の入口で、騎士が声を張り上げる。
列を成していた貴族らが一斉に膝をついて頭を下げた。ローディスもまた、それに続いていく。
扉が大きく開け放たれ、一人の青年が颯爽と登場する。
豪奢な衣装に身を包んだ男は、ザイン王国王弟にして摂政――レイドール・ザイン。数人の従者を引き連れたその男が、肩で風を切るようにして玉座の間の中央を歩いていく。
その堂々たる振る舞いは、まさに君主にふさわしい威容である。
(むう……これは……)
威風堂々と部屋を突っ切るレイドールをこっそりと一瞥して、ローディスは内心で顔をしかめた。
ローディスは帝国との戦争が始まってから、己の保身のためにずっと領地に籠もっていた。王宮から送られてくる援軍や軍資金の要請を飄々と躱しながら、自分が生き残るために暗躍をしていたのだ。
そのため、辺境の開拓都市から帰還したレイドールの姿を見るのは、これが初めてのことである。
五年という歳月を辺境の開拓都市で過ごしたレイドールは、ローディスの想像を超えて逞しく、堂々たる姿に成長していた。
(これは……傀儡とするのに、少々手こずるやもしれんな。まあ……方法はいくらでもあるわ)
どれほど誇り高い人間であろうと、どれほど清廉な人間であろうと。この世に欲望のない人間などいるわけがない。
他者の欲望を刺激して理性を奪う方法を、誰よりも欲深い性格であるローディスは熟知していた。
酒と美女、金銀財宝――若いレイドールに取り入る方法など、いくらでも思いつく。
(それに……いざとなれば、『緋麻』を使えばよい)
『緋麻』は西方の国々で栽培される嗜好品であり、ギザギザの赤い葉が特徴的な薬草である。
それは乾燥させて香として焚くことで、興奮や多幸感をもたらす効能があり、大陸西方では貴族から下民まで広く愛用されていた。
非常に中毒性が高く思考を麻痺させる副作用があるため、一部の国では違法薬物として使用や流通を禁止されている場所もあるのだが……ザイン王国では、まだ知られていなかった。
(アレを献上して殿下を虜にしてしまえば、もはや私に逆らうことなどできまい! 緋麻を入手することができるのは、西方の国々とパイプを持つ私だけだからな!)
レイドールに緋麻を献上して、常用するように仕向ける。
そうすれば、中毒症状を起こしたレイドールはより多くの緋麻を求めて、ローディスを重用せざるを得なくなるだろう。
宰相となって宮廷内で実権を握ったローディスは、緋麻の副作用で思考能力を落としたレイドールに代わって国政を担うようになり、名実ともにザイン王国の頂点に立つのだ。
ローディスの頭の中では、そんな未来の絵図が描かれていた。
「皆の者、面を上げよ」
玉座の横に立ったレイドールが、短く命じる。
ローディスは腹のうちに煮詰まった野心に気づかれないよう卑屈な笑みを顔に貼りつけ、ゆっくりと顔を上げた。
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