152.帝国嫁選び騒動・結……?
本日、一迅社ノベルスより書籍が発売いたしました!
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連続投稿4日目になります。
読み飛ばしにご注意ください。
「なっ……窓から入ってくるなんてはしたないですよ、アルクス!」
窓から少女が飛び込んでくるという異常事態に、意気消沈していたマリアステラも流石に反応をする。
『虹』と呼ばれた少女へと、まなじりを吊り上げてお叱りの言葉を放つ。
「よろしいではないですか、姉上。そもそも、妾を除け者にして、このような大事を話しているそちらが悪いのです。窓の外で話は聞かせていただきましたぞ!」
「窓の外って……まさか、壁に貼りついていたのですか!?」
ここは王城の三階である。下に落ちればケガでは済まない可能性もあるというのに、アルクスは平然と胸を張る。
「無論。妾にかかれば容易いこと。おかげで、仔細は承知しております!」
アルクスは「フフンッ!」と得意げに笑った。
あまりに悪びれることのない態度に、マリアステラは呆れ返って言葉を失ってしまう。
現れた少女――口ぶりからして帝国皇女の一人に違いないのだろうが、その行動はあまりにも荒唐無稽である。
「うっわ……」
「…………」
ベアトリスはあからさまに引いた様子でさりげなく椅子を移動させ、アルクスから距離を取る。
エイシアンもまた、無言で立ち上がって壁際へと移動していく。
「あ、あわわわわわわっ!」
窓からの侵入者に驚いて尻もちをついていたキャロライアは、涙目になり、両手で這って部屋の隅まで逃げていく。
四本足で移動する姿は、とてもやんごとない血筋の人間とは思えない有様だが……それを咎める人間はこの部屋にはいない。
この部屋にいる誰もが、エルフによく似た少女――アルクスと関わることへの危険性を十分にわかっていたのである。
〇 〇 〇
アルクス――アルクス・ラインマキナ=アマルトゥ・アルスラインは、帝国の南にある『亜人諸国』から嫁いできたエルフの王女が産み落とした皇女である。
『亜人諸国』は複数の亜人国家が集まった連合国であり、連合には獣人やエルフ、ドワーフ、ホビットやジャイアントなど、様々な種族による国が参加していた。
今でこそ帝国は亜人諸国と血で血を洗うような戦争をしているのだが、ザーカリウスが即位する以前、戦争を好まない先代皇帝の時代は穏健な外交策がとられていた。
当時、皇太子だったザーカリウスがアルクスの母を娶ったのも、縁戚関係を築くことにより平和的に両国の摩擦を緩和することが目的である。
王女を妻として受け入れたことで、エルフの王国――アマルトゥ王国と帝国との間に友好関係が結ばれた。戦争をすることなく、亜人諸国との敵対関係は取り除かれたかのように思われたのである。
だが、両国の蜜月は長くは続かなかった。
亜人諸国の一つである狼獣人の国――マルドゥーク王国が、自国の民が奴隷狩りにあったことを理由として、帝国に戦争を仕掛けてきたのである。
アマルトゥ王国は娘の嫁ぎ先であるアルスライン帝国と、盟友の亜人国家であるマルドゥーク王国との間で板挟みになってしまった。
そして――最終的にはアルスライン帝国との友好関係を破棄して、マルドゥーク王国に与することを選択したのである。
祖国の裏切りによって立場を失ったアルクスの母は、生まれたばかりの娘の助命嘆願を手紙にしたため、責任をとるために自ら命を絶つことを選択した。
結果――アルクスは母のいない皇女として、敵国である亜人国の血を引く娘として、帝国で育てられることになったのである。
人間と亜人が子を成した場合――生まれた子供が男児であれば父親の、女児であれば母親の特徴を受け継ぐことが多い。
女児として生を受けたアルクスはエルフの種族的特徴を受け継いでしまい、帝国において蔑まれる存在であった。
皇帝の娘であるがゆえ、あからさまに迫害を受けることこそなかったが……その立場は針の筵のようである。
誰の目から見ても、恵まれない星の下で生きることになった皇女アルクス。
だが……幸か不幸か、彼女は決して悲劇のヒロインではない。その性格はとんでもなく逞しかったのである。
アルクスは十八年の生涯で、様々な問題を引き起こしてきた。
例えば――書庫で魔導書を読むと、うっかり魔法を発動させてボヤを起こした。
例えば――剣術の訓練で近衛騎士と戦うと、目つぶし金的という卑怯な方法で相手をボロ雑巾のように叩きのめした。
例えば――侍女が自分の悪口を言っているのを聞くと、相手のベッドの中に蛇や毒虫を仕込んで報復した。
例えば――貴族の少年に「汚れた血の子供」などと侮辱を受けると、その少年を木に逆さ吊りにして、桶に入れた豚の血をバシャバシャと浴びせかけて「血に汚れているのはお前だ、ざまあみろ!」と高笑いをした。
容姿は可憐なエルフの母親に瓜二つなのだが、内面はザーカリウスのほうに似てしまったらしい。
その行動はとんでもなく突拍子がなく、苛烈で、好戦的で、敵とみなした相手に対しては手段を問わずに追い詰める人格に育っていたのである。
〇 〇 〇
「さて……我が父よ、どうして妾を除け者にして隣国との婚姻という重要な話をしているのか、聞かせていただこう!」
部屋に飛び込んできたアルクスは、ザーカリウスに詰め寄って問いただす。
「レイドールという隣国の王子と妾は同い年。母はエルフの王女なので、身分も釣り合いがとれるはずだ。にもかかわらず、貴方は妾を政略結婚の駒から除外した。よもやエルフの子である妾を蔑んでのことではあるまいな!?」
「……挨拶もなしに、随分ではないか。アルクスよ」
ザーカリウスは苦笑しながら、困ったように頭を掻く。
意外なことであるが……皇帝は自分とよく似た性格の娘を、苦手としていた。
それが同族嫌悪にも近い苦手意識なのか、それとも、理由はどうあれ母親を自害に追いやってしまったことへの自責の念なのか。それはザーカリウス自身、よくわかっていない。
ともあれ――皇女らしからぬ破天荒ぶりを見せるアルクスには、常勝不敗の皇帝もたじたじになっていた。
「そんなに腹を立てるとは意外だな……お前、まさか結婚に興味があったのか?」
「結婚などに関心はないとも! だが……妾もまた帝国の皇女。生まれ育った祖国のために尽くす機会をみすみす逃すなど、許しがたきこと! 『エルフの娘は政略結婚の道具にもならない』など敬愛する母の血を侮られるのは、ハラワタが煮えくり返ることではないか!」
「つまり……レイドールに嫁いでも構わないということか? 話を持ち込んだ余がこんなことを言うのはおかしなことだが、ザイン王国はかつての敵国。居心地が良いとは限らないぞ?」
「ハハッ!」
ザーカリウスが訊ねると、アルクスは細身の身体を反らせて凶暴な笑みを浮かべる。
「それこそ今更の話ではないか! 父よ、妾にとってこの国が居心地の良い場所だと思っているのか?」
「む……」
娘の反論に、ザーカリウスは不覚にも納得させられてしまう。
アルスライン帝国は現在も亜人諸国と交戦中であり、エルフの血を引くアルクスに味方する者は少なかった。
アルクスが必要以上に逞しく育ってくれたのも、周囲が敵だらけという環境の中で生き残るための自衛手段であったのかもしれない。
ザイン王国がある大陸西部には、亜人の数は少ない。
亜人という未知の種族に馴染みがないため、かえって差別感情もまた希薄だった。
(ザイン王国に嫁いだほうが、コイツのためにはいいのかもしれないな。レイドールが亜人をどう思っているのかは知らんが……自分の妻を虐待するような奴ではあるまい)
ザーカリウスがレイドールと会話をしたのはわずかな時間である。皇帝は隣国の王弟に対して、共感に近い感情を抱いていた。
レイドール・ザインという男は、ザーカリウスと同じ人種だ。
敵と味方を明確に分ける人間。敵に対しては徹底的に容赦をせず、味方に対しては寛大に接することができる――そういうタイプに思われた。
あの男ならば、エルフの血を引くアルクスも受け入れてくれるかもしれない。
「…………」
ザーカリウスは挑みかかるような目でこちらを睨んでいる娘の瞳を、上から見下ろす。
アルクスはエルフという帝国では差別される種族であったが、それでもザーカリウスの血を引く娘である。不幸になって欲しいとは思わない。
ザイン王国に嫁ぐことがアルクスのためになるならば、喜んで送り出すべきだろう。
だが……
「……さっきの質問に答えよう。『どうしてお前をここに呼ばなかったのか』だったな?」
「む……確かに訊いたが?」
突然、話を戻した父親に、アルクスは怪訝に眉根を寄せた。
不思議そうな顔をしている娘に「やれやれ」と溜息をつき、ザーカリウスは低い場所にある頭部をわしゃわしゃと撫でる。
「お前を呼ばなかったのは……お前がちんちくりんのチビだからだ」
今年で十八歳になるアルクスであったが……その背丈は、皇帝の腰元までしかなかった。
年齢に対して小柄過ぎる体格、凹凸が乏しい平坦な身体つきはとても結婚適齢の女性には見えない。
ザーカリウスがアルクスをこの部屋に呼んでいなかったのは、エルフの娘である彼女を疎んでいるからではない。
子供にしか見えない容姿であるがゆえ、政略結婚の候補者から自然と外していただけなのだ。
「……エルフは成長が遅いのだよな。いい加減に自覚してくれ」
「何を言っているのやら。身体が小さくとも子が産めれば関係ないであろう。先週、月の障りがやってきたから、孕むことに問題はないぞ?」
「…………そりゃ、おめでとう。今夜はケーキを出すようにシェフに伝えておく」
十歳を過ぎた程度の年齢にしか見えない娘の頭を撫でながら、ザーカリウスは何とも言えない微妙な顔つきで溜息を吐いた。
条件が合う他の娘達からは断られた。嫌がる娘を無理やりに送り込んだとしても、レイドールの性格からして、かえって不興を買うだけ。若き王弟とザイン王国をつなぎとめる楔には成りえない。
そういう点では、アルクスがその気になっているのは非常に有り難いのだが……はたして、子供にしか見えない皇女のことをレイドールは気に入ってくれるだろうか?
(……気に入ったとしたら、それはそれで面白くないな。息子になる男が幼女趣味とか、心底、気持ちが悪いではないか)
地上最強の聖剣保持者――ザーカリウス・ヴァン・アルスラインは、義理の息子になるかもしれない男の顔を思い浮かべ、ゆっくりと首を振ったのであった。




